虎視眈々-弍
祭りが始まるのは夜が更けてかららしい。祭りを前に、社務所に村人が集い、ささやかな宴会が開かれた。客人である徹平も否応なく参加させられた。
「よぉアンタ、篤を訪ねてこんな山奥まで来たんだって? 物好きだな」
元より人の集まりが苦手な徹平は輪から離れ、隅で峰子が注いだ酒をちびちび舐めていた。そこへ、ほろ酔いの男が絡んできた。歳の頃は徹平よりも少し上、三十代前後だろうか。
「アンタは?」
「俺は
酔った勢いか、辰矢は聞いてもいないことをぺらぺらと喋る。村の内情を聞き出すには丁度いい相手だ。
「大役?」
「そ。各家庭から一人ずつ選出される大事な役目を仰せつかってたんだよ。鬼頭の家のな。なのにアイツ、それをほっぽって出てっちまった。そのせいで峰子おばさん――篤の母親な――もちょっとおかしくなっちまったし」
辰矢が示した先には、ニコニコと微笑んで村人達に酌をして回る峰子の姿があった。彼女の振る舞いは辰矢の云う通りにはとても見えないが、息子が家を出た寂しさを懸命に紛らわせているのだとすれば納得がいく。
それに、愛息子が先祖代々受け継がれた役目を放棄したとなれば、峰子が気に病むのも致し方ないことだ。何せ夜哭村は山奥の閉鎖空間。皆で決めた慣習を顔役の息子が放り出したと知った村人達の反発は大きかっただろう。溺愛する息子からは絶縁され、周囲からも白い目を向けられたであろう峰子の心情は計り知れない。
「それにしても、篤が結婚してるかもだなんてな。どこでそんな話聞いてきたんだ?」
「知人から聞いたんだよ。なあ、アンタは村を出た篤さんが結婚してたと思うか?」
「胴貫のおっちゃんはああ云ってたが、俺は結婚しててもおかしくないと思うね。アイツも顔は整ってる優男だからな。女の方から寄ってくるだろうよ。鬼頭のおじさん見ただろ、篤は父親似なんだ。親父の話だとアイツ、若い頃のおじさんそっくりらしいぜ」
「ふぅん……」
相槌を打ったその時だ。強い眩暈に襲われた。辰矢につられ、つい飲み過ぎただろうか。
片目だけの視界がぐるりと回る。気づけば床に伏していた。全身が痺れるような感覚。指の先までぴくりとも動かない。違う。酔いが回ったのではない。もっと別の何かが体の隅々まで回って自由を奪っている。
「ようやく効いてきたか」
床に頽れた徹平を、辰矢を始めとした村人達が冷たい目で見下ろしてくる。迂闊だった。一服盛られたのだ、と遅まきながら悟った。
「連れて行け」
先ほどとは異なる、凍てついた鬼頭の声。待て、どういう了見だ。問いが喉を震わすことはなく、徹平の意識は奈落の底へと落ちていった。
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