第15話

───ピロロロ♪ピロロ♪ピューピュー♪



 騒がしい音が耳に飛び込んで来る。耳障りな音量ではないが、賑やかなのは間違いない。その音色に目を開けた瞬間、思わずパチンコ屋にいるのだと思った。


(パチンコ!?)


 考えたら久しくパチンコなどしていない。ということは教習所に通うどころか、その遥か昔に舞い戻ってしまったのではないかと呆然となりながら立ち上がる。そして、すぐに自分の着ている服を眺め、いつなのかと記憶を辿った。なんとなく見覚え

はある。


 周囲から聞こえる音に判断力が遮られたのか、明確な時間はわからなかったが、一先ず扉を開けて出ることにした。


 手を洗ってさらにもう一枚のドアを開けると、一気にボリュームを回したように音量が上がる。その大きさに私はたじろいだ。様々な光と音にそこは包まれていた。



(ゲームセンター!?)


 初めて来た年寄りのように辺りを見回しながらゆっくりと歩いて行くと、クレーンゲームのところでぼんやりと立っている女性を見つける。恵理香だ。


 同時に私に気付いたようでニコッと微笑んだ。


「待たせてごめん」と、私はとりあえず謝ってみる。


 騒々しいので口に出した私の声が聞こえたのかわからなかったが、恵理香は軽く頭を左右に振った。


「これ、やってみる?」

「私は見てるだけで」


 すぐに財布を取り出し、そこから小銭を摘んで機械の投入口に落とし込む。それから点滅するボタンを押すと、巨大なケースの上部にある機械が吊るしたクレーンと共にゆっくりと動き始める。明るく照らされたケースの中には様々な動物の縫いぐるみが所狭しと積み上げられている。狙いはあれだ。とばかりに次のボタンを押す。再びクレーン上部がスライドしてすぐに獲物を狙うかのように下がりながらクレーンの先が開いていく。不格好な体制になりながらも、狙いをつけた縫いぐるみにギュッとはまり込む。恵理香はその一部始終を熱心に見つめている。


 やがてゆっくりとクレーンが引き上げられる。と同時に縫いぐるみが空中に浮かぶ。恵理香の口がアッと開いた。それを横目で見ながらどうだと言わんばかりの表情を見せる。我ながら一発目にしては上出来だと、ゆらゆら揺れる縫いぐるみを目で追っていると、吐き出し口まであと一歩というところで、ぽろっと無残にも転げ落ちてしまう。


 呆然とその行方を見ている私に恵理香は楽しそうに手を叩いて笑った。


「けっこう簡単そうに見えてなかなか取れなかったりするんだよな」と次のコインを入れる。何度か同じことを繰り返した。一向にお目当ての縫いぐるみはゲット出来なかった。


「ちょっと両替してくるよ」そう言い残して足早に両替機に向かう。二千円ほど百円玉に両替した。


「アハ‥取れないように出来てるのよ。きっと」笑みを浮かべながら恵理香も不審に思ったのだろう。


「上手い人は簡単に取っちゃったりするんだけどな~」と私の表情もさえない。良いところを見せようという思惑よりも、ほんの少しだけ何かを変えたい気持ちが強かった。ほとんど意地だった。確かあの時もそうしてクレーンゲームをした。結局何も取れずに諦めたのだが、一つだけでも取って恵理香に渡せば何か変わるのではないかと思った。


 ポトン!と控え目な音を立てて真っ白いウサギが下の排出口から出て来たときには、既に三千円近く使っていた。


「高いウサギだな~」と笑いながらそれを恵理香に差しだす。


「私に?」


「俺がこんなの持ってたってしょうがないだろ」と苦笑を漏らした。その後、恵理香にも少し挑戦させたが、恵理香は何も取ることは出来なかった。それでもとにかく一回一回が楽しそうだった。


 次に行ったのはメダルコーナーだ。プラスティックの容器にメダルを詰め込んだものを二つ持って戻ると、一つを恵理香にそっくり手渡す。予想してた重さと違ったのか、受け取った手が二十センチほどグイと下がった。


「重~い」と恵理香は驚いた。


「まさか、箸より重いもの持ったことないなんて言わないよな」と、からかうと今度は何でもないかのように軽々と上げてみせる。私は目を見開いて驚く素振りをみせながらも、無理をしてと思った。両手がプルプルしてるのだから無理もない。


 最初は何が面白いのかわからない様子だったが、やっているうちに何かを掴んだのか、ダムのように溜まった場所にメダルを投入し、その押し出される様を熱心に見ていた。時折、ジャラジャラっとメダルが激しい音を立てて落ちると、やったとばかりに目を細めた。


 その後は両手にスティックを持って踊るゲームをした。正しくは画面に映るキャラと同じ格好をするのだ。私がやってから恵理香にもやらせた。ドギマギしながらも次第に要領を得たように得点を伸ばす。踊る格好もまんざらではないとその様子を見つめた。微笑ましく見つめる表情の裏では、この先に訪れる場所がどこになるのかを思い描いていた。


「ごめん。またちょっとトイレに行ってくるよ」


 恵理香にそう伝えると、私は先程出てきたトイレの便座に腰を下ろして目を閉じる。雑踏のような賑わいが徐々に薄らいで行くと、今度は洒落た音楽が聞こえ始めた。



『ロッサ』だとすぐにわかった。


(何日かまた飛んだんだな)


 と、何食わぬ顔でホールに向かい、そのまま恵理香の待つ奥のテーブルへと進む。そして、たぶんこんな話だったのではと切り出した。


「だけど卒検も場内でやるなんて知らなかったよ」

「え!?じゃあ、どこでやると思ってたんですか?」


「どこでって・・・・てっきり路上でやるのかなって・・・・でもそれだと車庫入れとか出来ないし、どうやるんだろって、ずっと考えてたんだよ」


「そうだったんですか。訊いてくれればよかったのに・・・・」


「そうか。働いている人が近くに居たんだったね」


 この会話も覚えがある。ここでウェイターが来る。筋書き通りだ。


「おまたせしました」白いクロスに料理を置いてウェイターが立ち去ると、


「また、ボンゴレなんですね」と恵理香は目を細めた。


「生まれ変わったらアサリになろうかな」と皿に目を移すとクスッと恵理香は肩を揺らした。

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