第226話 結界 1

 前夜の雨が全てを洗い流したかのように、翌日のゲウェーニッチの空は快晴だった。

 王城のある山を下り、馬車を三十分ほど走らせたところにある高原に宗徒たちが簡易的な礼拝空間を作った。


「あんなに立派に設えなくても良かったのに。」


 里桜が零すと、ロベールは笑った。


「女神祭りの時もいつも以上に装飾に凝ったでしょう?」


 先だって行われた五月の女神祭りで、里桜はプリズマーティッシュの結界を張り直していた。

 これは、里桜が他国の結界を張り直す事への不満を自国民に持たせないためと予行演習を兼ねたものであったが、虹の女神が張った結界は劣化しないと言い伝えがあるため、国民はこの事を大いに祝った。


「あの後、ゴーデンの町は一週間もの間お祭り騒ぎだったそうですよ。」


 リナは里桜のカップにお茶を注ぎながら言った。アナスタシアとロベールと里桜は神殿の装束を纏っている。


「みんなが思っているよりずっと結界を張る事は難しくないのよ…だから何だか大げさに騒がれているのが申し訳なくて。」

「お前は簡単だと言うが、かなりの魔力がないと国に結界を張る事は出来ないからな。国民にはやはり有り難いのだろう。」

「そもそも白金の力があった時にお養父とう様が結界を張り直せば召喚は行わなくても良かったのでは?」

「だから、それは…結界の劣化は建前で…。」


 里桜はクスリと笑う。


「そう言えば、エシタリシテソージャとゲウェーニッチの問題は大丈夫だったのかしら?」

「陛下の元へエシタリシテソージャより遺憾の意を表明する手紙が届いたそうだが…」

「えっ?それは大丈夫なのですか?」


 里桜は一度手に持ったカップを置いた。


「まぁ、大丈夫だろう。ウルバーノ殿下もはるばるお越しになっているし。」

「エシタリシテソージャは自国の力だけでは渡り人を召喚できないゲウェーニッチに、また従属関係に戻せば渡り人をエシタリシテソージャで召喚し、ゲウェーニッチに派遣すると提案をしていたのでしょう?」


 ロベールは小さく頷いた。


「あぁ。リオの無償の奉仕はゲウェーニッチには渡りの舟、エシタリシテソージャには花に嵐と言ったところか。もともとあの国が甘い蜜を吸おうとしていただけで、我が国からすれば、ゲウェーニッチに責められる筋合いなどない。それに、エシタリシテソージャとて、我が国と面と向って戦うつもりなどないだろう。しかし、ゲウェーニッチには多少の威信を見せつけたい。それで、手紙を出してきたのだろう。陛下が対応したから問題はない。」

「どう言う落とし所を見つけたにせよ、争いが起らないのならそれで良いのですけど。」


 ロベールは、お茶を一口飲むと立ち上がった。


「私とアナスタシアは先に会場へ行っている。」

「はい。分かりました。」

「では、後ほど。」

「はい。」




 ウルバーノは、ゲウェーニッチが用意したガゼボのような観覧席で待っていた。


 ‘私の娘は今のところ他国に嫁がせるようなつもりもございませんので’…渡り人ごときが。

 あの国は…我が国の歴代の王たちが領土を広げ、あの国に負けないような大国にするべく力を注いできたが、未だに我が国を大昔のまま小国と軽んじ、私までも…舐めきった真似を。


 通常、白金の力を持った救世主ならば、大結界は数百年保つと言われている。白の力の渡り人でも二百年程度は綻びなく存在するだろう。

 あの、厚顔な渡り人も魔力は白。異世界召喚が成功したからと、四方八方に出張り、出過ぎた真似を。たかが白の魔力を持ったくらいで。


 まぁ、良い。レオナールとあの渡り人の子だったら間違いなく濃い赤の魔力を持って生まれてくる。私の第二王子と縁組みさせ側妃にでもすればその子どもはまた赤の魔力を持って生まれてくる。

 その子供は渡り人の強い力を受け継ぎながらも、我が国の兵士として使える。渡り人は戦争には使えないが、その子や孫は道義上の問題だけで、協約には反していない。




 そこに、身震いしてしまいそうなほど、肌寒く強い風が吹いた。

 その中を薄赤紫色の装束を着た里桜が歩いてきた。風に揺れる装束は銀糸の刺繍が光を受けてキラキラと輝いていた。


 ウルバーノは、何故かその姿に見入った。

 

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