第6話 最初の晩餐
「ほら座って。はよ、食おう」
イーリスに促されるままに椅子に座る。
陽はすっかり堕ちていて外はもう真っ暗だ。それでも室内は明るい。もちろん蛍光灯で照らされた現代日本の夜とまではいかないけどね。
家の中が明るい原因は窓際に置かれている蓄光石とやらを加工した代物らしい。これは一つでそこそこ広い部屋の中を照らしている。
名前の通り明るい時は光を貯めて暗くなったら光を放つそうだ。
そんなことはおいておいて晩ご飯だ。卓上に並べられているのはパスタ。見た感じだとカルボナーラだ。たっぷり木製の皿に盛られたそれはなんとなく高級そうにみえるな。
「そうや、フロレス。今いくつ?」
「十五かな」
一旦台所に戻ったイーリスが声を張って聞いてくる。それに答えた途端に何故かオルテの顔が緩んだ。
「そういえばみんなはいくつ?」
「私は十四ですね。ここだと一番年下です」
パスタを取り分けながら答えるリリー。
「俺は三十。イーリスは二十一な」
「いやー、フロレスも成人しといてよかったわ」
お盆にコップを乗せたイーリスが戻ってきた。やっぱりコップは木製。この世界にガラスはないのかな。
あれ? さっき成人しているって言ってた?
「イーリス、俺まだ十五なんだけど」
「ほんならぎりぎり成人やろ? あー、……前の世界と違った?」
後半だけは声を顰めて耳打ちされる。ゆっくりと頷き肯定の意を伝える。それにしてもイーリスの察しがよくて助かるな。
「どうかしたか?」
「フロレス酒飲んだことないんやって」
不思議そうにしていたオルテに笑顔で答えるイーリス。切り替え上手だな。
「葡萄酒なんやけどいける? 無理っぽかったらゆってな」
そう告げながらコップを並べていくイーリス。
「いってみる」
飲んでもいいなら飲んでみたいよね。舐めるように飲めば急には酔わないはず。
「なあ、レオンはご飯たべれるん?」
「はあ? いくらガキでも少しは食うだろ」
そう言うオルテの前には三人前はありそうなパスタが置かれている。
「いや、ご飯とか必要なん? だって人やないわけやし」
「は?」
「え?」
オルテは首を傾げ、リリーは持っていたトングを落としすっとんきょうな声をあげる。
たしかにレオンはこんな格好だが正体は剣だっだ。……忘れていたなんて言えない。でも食事は必要ないのか?
「レオン、ご飯食べる?」
「食べる」
「じゃあどうぞ」
リリーは半人前くらいのパスタを皿に盛ってくれた。
「ありがと」
ご飯の後にちゃんとレオンのあれこれについて調べよう。人の子どもと同じ扱いでいいなら分かりやすくて楽なんだけどな。いや、それだとろくに着替えすらない今だと虐待になるのか? 早いうちに作ってあげよう。裁縫は得意なんだよね。
なにせ、母親が服飾系の仕事だったからね。縫い物が好きだった母親は家でも色々作っていたんだが、そんなところを幼い頃から見せられ続けたら興味持つよね。
今ではほぼ何でも作れる。俺の唯一の特技だな。せっかくだしレオンに似合うような可愛い服作ってあげたい。
「まあ色々気になることはあると思うけど、まず食べよ。いただきます」
フォークを手にするイーリス。
「そうだね。いただきます」
俺もフォークを手に取る。
「優雅に飯食ってられねーよ。意味わかんねーよ。人じゃねーなら何なの? それ」
立ち上がるオルテ。そしてコップを手にして葡萄酒を一気飲み。
「話してあげるから座り。ほんでリリー戻ってき」
一同を落ち着かせてイーリスは俺らについての諸々を話す。俺も説明に加わろうとしたら目で制されたので相槌を打つだけにしておいた。余計なことは言うなよってことだろう。
イーリスの説明では、レオンはアウルム様に下賜されたことになっていた。
異世界から来たというのはもちろん隠していた。そのため過去の話はうやむやにしていた。
「これは面白いやつ拾ってきたな」
「やろ?」
なんとか二人とも理解してくれたみたい。過去の話はうやむやにしたけどいいの?
「あのさ、昔の事は気にならないの?」
「別に。言わないってことはそういうことだろ。無理に首突っ込まないのが冒険者の暗黙の了解なんだよ。たまにすげー爆弾抱えている奴もいるしな」
都合が良い風潮があってよかったな。余計な詮索はしない方がいいってことだよな。俺も気をつけよう。
「そんなことより食ってるか? 飲んでるか?」
すでに顔を赤らめたオルテが言う。
「食べてるよ」
飲んではないんだけどね。そろそろいってみようかな。
コップを手にして中を覗く。コップを口元に運び一口。
なんだろうこの味。葡萄ジュースみたいな味と思っていたんだけど違うな。苦味とか酸味とかが付け加えられたって感じ。まあまあ好きな味かもだ。
ただ、アルコールの影響が分からないからもう一口だけ飲んで一旦コップをおく。今のところ全く影響は無いんだけどね。酔うってどんな感じなんだろう。
「あの、フロレスさん。これ使います?」
リリーから布巾を受け取る。リリーの視線の先にはレオンが。
ああ、すごくすごい。わやわやだ。
口元も大分汚しているし、パスタはいくらかこぼれている。……麺類は難しかったかな。
「レオン、こっち向いて」
とにかく口元をタオルで拭ってやる。そして机も拭く。
「ほら、食べさせてあげるからフォーク貸して」
うん、と言ったレオンは差し出した俺の手にフォークを置く。
「はい、あーん」
レオンがあむあむしている間に俺もパスタを食べる。で、俺が噛んでいる間にレオンのパスタを巻き取る。
何度も繰り返すうちにレオンが餌を求める雛みたいになってきた。こういうのは彼女ができたらやるもんだ、と思っていたんだけどな。彼女無し歴と年齢がイコールで結ばれる前に育児する羽目になるとはな。
ああ、なんか悲しくなってきたな。
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前回はタイトルをつけ忘れていました。気をつけます。
カクヨムコン7短編部門に一作出していますので読んでくれると嬉しいです。
次回は2月11日金曜日です。
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