第7話 めんどうなやつら


 その日、俺はいつも通りギルドで受付をしていた。

 本日はどんな依頼を受けようか。どんな魔物をテイムしようか。

 そんなことを考えていると、急に肩を叩かれた。


「テメェ、アルガだろ?」


「追放テイマーのアルガだろ?」


 振り向くと、そこには2人の巨漢。

 2人とも180センチほどの身長はあり、2人とも上半身裸だ。


「えっと……誰ですか?」


 こんな巨漢の知り合いなど、俺にはいない。

 というより、半裸の巨漢など知り合いにいて欲しくない。


「俺はラズル、こっちはノルシだ。俺たち、テメェと話したいことがあってな」


「話……? なんでもいいですけれど、お手短めにお願いしますね」


 こんなガラの悪い連中とは、できることなら話したくない。

 話す必要があったとしても、数秒で話を終えたい。


「俺たちはよォ、カナトさんのファンなんだわ」


「18歳にしてS級に上り詰めたカナトさん!! しかも何人もの女をはべらせて!!」


「はぁ……誰を好きになるかは個人の勝手ですけれど、アイツだけはやめておいた方がいいと思いますよ」


「そんなカナトさんの偉大なパーティに、1人不純物が生まれた」


「クソみたいな不遇職【テイマー】、その上万年E級とかいう皆無の戦闘力。こんなゴミがカナトさんのパーティにいていいハズがねェんだよ!!」


「はぁ……あ、もしかして俺のことですか?」


「お、自覚はあるんじゃねェか。だったら話は早いぜ」


「今すぐカナトさん達に謝れ!! 詫びて死ね!!」


「え、嫌ですけれど」


 なんだろう、この会話が通じない感覚。

 言葉は確かに通じるが、会話が成り立っている気がしない。


「素直に謝れないから、追放されたんだろうな。自分の弱さを認めて、粛々と貢献していれば追放されることもなかっただろうに!!」


「俺たちの憧れのカナトさんのパーティに加入しておいて、まるで役にも立たずに追放されるなんて……俺たちはテメェが許せない!! カナトさんのところに加入したくても、できないヤツらがどれだけいると思っているんだ」


「別に許してもらうつもりなんて、これっぽっちもないですけれど」


 カナト達から追放されたのは、別に俺の責任じゃない。

 むしろ勝手に加入させて、最後まで面倒をみないカナトが全て悪い。


「ゴチャゴチャうるせェ!! とにかく、俺たちはテメェに”教育”してやるぜ!!」


「身の程のわきまえ方、わからせてやる!! クソテイマー!!」


「……最初からそうしろよ」


 ゴチャゴチャと大義名分を申し立てたのは、そちらだろう。

 理由がある暴力であれば、何をしてもいいと考えているのだろう。

 まぁ……それはこちらとしても、好都合なのだが。


「お前たち、ランクはいくつだ?」


「テメェより高いB級だ!!」


「魔物に頼るしか能のないお前よりも、俺たちの方が強いんだよ!!」


「そうか……だったら、今回は魔物を使わないでやる」


 気が付くと、俺たちを囲うようにして人だかりができていた。

 今後こいつらみたいなバカが絡んでくる可能性も、十二分に考えられるからな。

 ここらで俺の強さを証明して、めんどうなやつらから回避するのもアリかもしれない。バカは自分よりも弱い相手には吠えるが、強者には萎縮するものだからな。


「かかってこいよ、三流ども」


 ナイフを片手に、挑発した。



 ◆



「調子に乗ってんじゃねェぞ!!」


「死ねェエエエエエ!!」


 2人が大剣を構え、駆けてくる。

 俺は普通に1人目の斬撃をナイフで受け止め、そのまま普通に払った。

 2人目も同様に、ナイフで受け止めて払う。


「うぉッッッ!!」


「な、なんだこいつ!!」


 すると、2人は普通に体制を崩し、尻もちをついた。

 ……? これはおかしい。

 B級にもなろう者が、この程度で体制を崩すなんてあり得ない。

 

「……あぁ、なるほど」


 俺の油断を誘う、そういう算段なのだろう。

 勝利を確信し、慢心したところを狙うつもりなのだろう。

 見た目や言動こそ品性を感じないが、頭脳は中々に狡猾なようだな。


 いや……あるいは別の策を講じているのか?

 上記の作戦自体がブラフであり、本当は別の思惑があるのかもしれない。

 ここで慢心をせずに追撃することさえも、彼らの計算の内なのかもしれない。

 

「……その策、あえて乗ろう!!」


 短剣を片手に駆ける。

 2人は……以前として、変わらず尻もちをついている。

 若干表情に変化が見られるが、誤差の範囲だ。


 まずはラズルの懐に潜り込み、一閃。ついでに発勁も与える。

 ラズルは……身体を「く」の字に曲げ、そのまま吹き飛ばされた。苦悩の表情を浮かべているが、これは罠に違いないな。


 次にノルシの顎にアッパーを食らえる。

 ノルシは……天井に突き刺さった。頭だけが天井に刺さっており、身体はプラプラと揺れている。罠だな。

 

 鮮血と臓物を撒き散らし、壁にめり込むラズル。

 壊れたおもちゃのように、天井でプラプラと揺れるノルシ。

 聡明な俺には、これが罠であることはお見通しだ。勝利を確信して慢心した途端、俺に襲いかかってくる算段なのだろう。

 B級がそんな簡単に死ぬわけないのだから、これは罠に違いないのだ。


「フゥ……」


 ここまで0.01秒。

 当然ながら俺はまだ勝利していないので、最後の追い討ちをかける必要がある。

 相手はB級だ。殺すつもりで相手をしなければ、敗北するのは俺だ。


「ハッ──」


 短剣を片手に、攻撃を仕掛ける。

 狙うは首筋──


「──そこまで!!」


 その時、静止の声が聞こえた。

 ふりむくと、群衆をかき分けてやってくる巨漢の姿。

 ギルドマスター、ネミラスさんだ。


「アルガさん……」


「お久しぶりです、ネミラスさん」


「これは……なるほど、彼らが絡んできたのですね」


「えぇ。ですけれど、まだ決着はついていませんよ」


 ナイフを再び構え、今度こそ首筋に──


「ま、待ってください!! 殺すつもりですか!?」


「え。だって、彼らはまだ戦意喪失していませんよ。俺が勝利を確信して慢心した途端、襲い掛かってきますよ!!」


「よく見てください。2人は既に気を失っていますよ」


「え?」


 ラズルの姿は凄惨そのものだ。

 血が流れすぎたのか、肌は土気色に変色。

 臓物を失った影響か、生気を感じない。

 傷口から徐々に腐敗しており、死を迎える瞬間は残りわずか。

 ノルシは天井からぶら下がり、外傷は少なそうだ。


「ですけれど……、この程度でB級が敗れるわけないじゃないですか!!」


「この程度でB級は敗れるのですよ。周りの声も聴いてみてください」


 ネミラスさんに言われるがまま、周りの冒険者たちの声を聴いてみる。


「おいおい……あのテイマー、魔物も使わずに圧勝したぞ?」


「ラズルさんって……確かSSS級の弟がいたよな? それに本人もB級だが、A級にもっとも近い強さを誇るって噂だったぞ?」


「当然、ノルシさんも強いハズ……なんだけどな。少なくとも、E級の一撃ごときで敗れるような、軟弱者ではないハズなんだけどな……」


「あのテイマー……何者だよ。盗賊以上の速さと戦士以上の力を発揮していたぞ?」


「しかもギルドマスターのネミラスさんと知り合いみたいだし……人脈もあって実力もあるなんて、本当にアイツ不遇職のテイマーか?」


「テイマー如きであんなに強いなんて……俺、戦士として10年過ごしてきたけれど、この10年なんだったんだよ……。結局は才能かよ……」


「なんか……スゲェな。あそこまで強いと、逆に憧れるぜ」


 俺の思っていた反応と違う。

 これまで俺に浴びせられるのは罵倒がほとんどだったが、これは……なんだ? 賞賛とも違うよな。

 

 しかし……彼らの反応から察するに、俺は本当にB級の彼らに勝利したのか。

 カナト達がB級になった時は、もっと強かったと思うんだがな。

 遥か遠いところにいってしまい、俺では一生届かないと絶望したんだがな。


「わかりましたか? アルガさんの圧勝です」


「見たいですね……実感はわきませんが」


「アルガさん、あなたは見違えるほど強くなりました。規格外、常識の外にいる。そんな言葉がふさわしいほどに、今後も強くなっていくことでしょう」


「はい……そうだと嬉しいですね」


「ですが……どうかお願いです。自重してください」


「……はい」


 自重……これまでの俺の人生で、一度も使ったことのない言葉だ。

 そうか……俺はそんな言葉を必要とするほど、B級を相手に圧勝できるほど強くなったのか。

 相変わらず実感はわかないが、その事実が嬉しい。

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