第8話 変化と進化
その日の晩、俺は謎の火照りで目が覚めた。
「熱い……自律神経しっかりしろよ……」
自身の自律神経に苛立ちを覚えながら、水を飲むためにベッドから起き上がる。
その時、ふと鏡に目が向いた。否、向いてしまった。
そして、気付いてしまったのだ。
「……え?」
鏡に映る俺が、
◆
「……どういうことだ?」
部屋の明かりをつけて、再度鏡を見る。
うん……見間違いじゃない。明らかにおかしい。
寝る前までの俺との乖離が、あまりにも激しい。
「パジャマが縮んでいる……、いや違う。身体が大きくなっているんだ」
パツパツになり、一部千切れてしまったパジャマ。
俺のパジャマをそんな姿にしたのは、変わってしまった俺の身体だ。
ヒョロヒョロでガリガリだった身体は、線こそ細いがしっかりと筋肉を蓄えた細マッチョに。腕も脚も胸も肩も首も、数段太くなっている。
ヒョロヒョロでガリガリ故に浮いていた腹筋は、きちんと鍛え上げられてシックスパックを形成している。まるで6LDKのようだ。
スクっと立つと、視線が高くなっていることに気づく。
地面が遠い。天井が近い。ギリギリ天井に頭頂部が届かないが、軽く背伸びをするとガンッとぶつかってしまう。
この部屋の天井は2メートルだから、察するに俺の身長はおよそ197センチほどなのだろう。
顔の変化は少ない。
だが若干だらしなくニへっとしていた俺の顔は、力を籠めなくともキリッとした。
相変わらず
「……あ、これが容姿の変化か?」
【種族スキル:配合魔人】の説明に、『自身に配合を施した初回時は、容姿変化が起きる』と記載されていたことを思い出した。
いや……変化が起きるなら、もっと早く起きてくれ。どうして10時間以上が経過してから、変化が起きるんだよ。
「強そうな身体になったことは嬉しい……。が、これからどうしよう」
一番の問題は服だ。
確か現代の男性の平均身長は160センチ程度だから、合う服を探すのに苦労するだろう。190センチを超える男性なんて、18年の人生で1度か2度しか見たことがないからな。
最悪……蛮族のように半裸で闊歩するしかない。
その他にも問題はいくつかある。
天井に頭をぶつける問題。視点の変容で酔う問題。
様々な問題が俺を悩ませるだろうが、衣服以上の問題は起こらないだろう。
「とりあえず……もうひと眠りするか」
ただ今の時刻は午前2時。
今から服を買いに行っても、店はやっていないだろう。
「ベッドから脚がはみ出るな……」
火照る身体とベッドから出る脚。
あぁ……寝付けない。
◆◇◆◇◆◇◆
あれから1週間が経過した。
幸いなことに服はすぐに揃えられた。俺と同じように身長で服に悩む人は意外と多いらしく、そういう悩みを持つ人向けの店があったのだ。
他にも身長が変わったことで知人の反応が変わったりするだろうと思ったが、よくよく考えると俺は友達も知人も家族でさえもいない為にその問題とは無縁だった。
……自分で言っていて、悲しくなるな。
天井に頭がぶつかったり、視点の変容で酔ったりはしたが、もう慣れた。
1週間もすれば、人間あらゆる変化に慣れるのだ。
そして俺たちは今、森の中にいる。
この1週間、俺たちはほとんど休むことなく依頼を受注して、数多くの魔物を討伐した。
「ガ、ガババ……」
2メートルほどの大きさのトカゲ、リザードを討伐した。
今の俺のレベルではテイムできないが、幾度も配合を重ねた仲間たちとなら討伐は容易い。俺たちの糧となれ。
「ふぅ……さすがに毎日2時間睡眠で、ぶっ続けに連日連戦はキツいな」
「ドラァ!!」
「ウルゥ!!」
「ピキー!!」
「……お前たちは元気でいいな。魔物は疲労を感じないのか? いや、俺も魔物か……」
今回の依頼が終われば、少し休みを取ろう。
ランクも賃金も低い依頼ばかり受けていたが、塵も積もれば山となるというようにまずまずのカネは手に入った。2週間くらいなら、働かなくとも暮らせる額だ。
「それでは……休憩前に最後の配合を行おう」
3匹同時に配合を行なった。
「ドラァ!?」
「ウルゥ!?」
「ピキィ!?」
3匹ともに光り輝き出す。
そして──
「ドラァ!!」
「ウルゥ!!」
「ピキィ!!」
光が晴れると、若干姿の変わった3匹の姿があった。
ララは『ホーンラビット』というウサギ型の魔物と配合したことにより、額から角が生えた。
リリは『ベビーベア』という子熊型の魔物と配合したことにより、爪がより大きく強靭になった。
ルルは『エレメント』という人魂型の魔物と配合したことにより、色が水色に戻った。
三者三様の微々たる変化。
このまま続けてステータスを確認しよ──
「ウ、ウルゥ……」
プルプルと震え出すリリ。
なんだ、尿意か?
「森の中だから漏らしてもいいけど、できることなら俺の目に入らないところで漏らしてくれよ?」
「ウ、ウルゥ!!」
瞬間、リリが再度輝き出した。
なんだ、何が起きたんだ。漏らしたのか?
困惑が止まない中、光は唐突に晴れた。
そこにいたのは──
「グルル……」
強靭な肉体を持つ、2メートルほどの獣がいた。
鋭い牙を剥き出しにし、唸り声を上げている。長く強靭な四肢の指先から垣間見える爪は、触れただけで皮膚が裂かれそうなほど鋭利。
漆黒の毛が生え揃っており、それはイノシシのそれを遥かに凌駕するほどに剛毛強固。並大抵の攻撃は通じないだろう。
大雑把に見た目を表現するならば、オオカミ型だ。
だがしかし……これほどまでに野生感溢れるオオカミは見たことがない。
まるで様々な獣を掛け合わせ、最終的にオオカミに似せたような……そんな生き物だ。
「リリ……なのか?」
「ガルゥ!!」
「鳴き声が変わっている……。と、とりあえず、ステータスの確認だ」
────────────────────
【名 前】:リリ
【年 齢】:1
【種 族】:ビーストウルフ
【レベル】:1
【生命力】:60/60
【魔 力】:21/21
【攻撃力】:121
【防御力】:56
【敏捷力】:154
【汎用スキル】:引っ掻き Lv31
噛みつき Lv36
突進 Lv3
嗅覚強化 Lv29
【種族スキル】:超音波 Lv3
ニードル Lv4
毛棘飛ばし Lv1
火炎車 Lv2
毒爪 Lv6
遠吠え Lv21
【固有スキル】:なし
【魔法スキル】:《
────────────────────
驚愕。困惑。歓喜。
様々な感情が、俺の中を巡る。
色々とツッコミたいが、とりあえずは──
「"進化"……したのか?」
魔物は一定のレベルを超えると"進化"する。
そんなことは子どもでも知っている。
だが……『レベル1』で進化する魔物など、この世に存在しない。そんなことは子どもでも知っている。
「だが、現実にリリは進化している訳で……もしかしたら、配合を行なうと進化に必要なレベルが下がるのか?」
あくまでも仮説でしかない。
だが、そう考えなければ、辻褄が合わない。
そうだ、そう考えるべきだ。俺の仮説は正しいんだ。
「ベビーウルフの進化先は『ウルフ』のハズだが……。なんだよ、『ビーストウルフ』って」
このような魔物、見たことがない。
だがしかし、これも俺の仮説で説明が付く。
「配合を行なったことによって、進化先に変化が生じたんだろう。リリには獣系の魔物を数多く配合したから、このような獣色の強い進化をしたんだろうな」
そう考えると、今後は配合も考えて行なう必要があるな。
何も考えずにポンポンと配合を行なってしまえば、通常の進化よりも弱い魔物に進化してしまう可能性がある。それだけは何としても避けたい。
今回は運良く通常の進化よりも、圧倒的に強くなった。
普通のウルフにはレベル20で進化できるが、進化時点ではステータスが100に届くことはない。100はおろか、50にも満たない。
リリはレベル1にも関わらず、既に攻撃力と敏捷力が100を超えている。本当になんというか……よかった。
「ララとルルの進化先も絞ろう。とりあえず、ララは──」
思考を巡らした途端、眩暈が襲ってきた。
反転する世界、倒れゆく身体。地面とキスをする。
「ガ、ガルゥ!?」
「だ、大丈夫。その……俺を宿まで連れ帰ってくれ」
そう言い残し、瞼を閉じた。
どうやら少し……無理をしすぎたようだ。
ララとルルの進化先については、起きてから考えよう。或いは夢の中で考えよう。
そして、俺の意識は途絶えた。
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