第98話 天使サンダルフォン

「わああああああああああああああああああっ!?」


アンネリーゼの家が燃え盛かる、僕は咄嗟にアンネリーゼのお母さんと妹を抱えて逃げる。


「い、一体何?」


二人を抱えて10mは飛んだ、幸い二人とも怪我や火傷はない。

僕やみなはレベルがカンストしているから、何ともないけど、普通の村人の二人があのままだと、ひどい火傷をおっていただろう。しかし、建物の中には誰かいたのか?


「お、お母さん、建物の中に誰かいましたか?」


「え? いえ、お父さんは仕事に行っているし、誰もいなかった筈」


「良かったです」


しかし……。


「アンネ! あなたどうして?」


ロッテが一人の人物に話かける。相手は僕もよく知っている人物、それは!


「不敬であろう! 誰の許可を得てこの私に話しかけているかぁ! この小娘がぁ!」


「……ッ!」


そこにはアンネリーゼがいた。いや、僕の知っているアンネじゃなかった。思わず目を逸らしたくなるほどの冷たい目…その視線は凍り付いてしまいそうな冷たさを感じる、僕は言葉を出すことができなくなってしまったほどだ。


その目は僕らを下に見ている蔑んだ目、何度か悪魔や魔王に感じた絶対優位な者の目、気の強いロッテですら、言葉を続ける事ができなかったようだ。


「よく、私の正体に気がついたな…いや、あの馬鹿な悪魔ベリアルが余計な事を言ったからか…だが、私を誰だと心得る。貴様らの上に位置する天使、サンダルフォンである」


天使とはこれほど傲慢な存在なのか? この国を初め、多くの国がエリス教を信じ、エリス教において天使は女神と同等に崇拝される存在、その姿は神々しく、慈愛に満ちた存在であるとされる、しかし、目の前の天使は神々しくも、慈愛になど満ちてなどいなかった。


「アンネ…やっぱり君が天使だったのか? 君がフィーネを騙して悪魔ベリアルに魂を売らせたのか? そして、悪魔ベリアルを殺したのも君か?」


「いかにも、3ヶ月ほど前からこの娘に憑依していた。全てはあのお方の命だ。貴様ら人間、悪魔、魔王を弄び、翻弄し、絶望に染めるためにな…悪魔ベリアル…あいつはベラベラと喋るからな、多分、あのお方が始末したんだろう。まあ、良い、貴様らはあの方を十分楽しませた。故に貴様らの役目は終わった、それに私に対して無礼な言葉に対して懲罰を下してやろう。この私が自ら懲罰を下してやるのだ、光栄に思うことだなぁ! さあ、感謝し、そして死ね!」


ベリアルを殺したのはこの天使じゃないのか? それにあのお方? 誰の事だ? あの悪魔ベリアルを殺したフィーネの事か? 彼女を纏う気はこの天使と雰囲気が似ている。


突然の臨戦体制、もう戦うしかないだろう、しかし、僕はもう少し、フィーネの事が知りたかった。


「何故、フィーネを騙して、悪魔と契約なんてさせたんだ? 何故天使が人間に仇なすんだ?」


「お前たちは馬鹿か? 何故私達天使がお前たちを庇護するのだなどと思っているのだ? お前たち人間は私達天使と悪魔のおもちゃだ。悪魔とのバカしあい、お前たちを使ってな…悪魔ベリアルはさぞかし、お前らに恐れおののいたのだろうな? あのお方は私にこんなにも楽しい提案をして下さった。あの悪魔の怯えた顔が目に浮かぶ、そして、あのフィーネという人間、貴様、アルベルト…ふふっ、傷ついたであろう? 本当に下等とはいえ、人の苦しみを見るのは楽しい」


天使が人間を庇護しない? それじゃあ、悪魔と大して変わらないじゃないか?


「お前がフィーネを騙して、悪魔に魂を売らせたという理解でいいんだね? 天使が人間に仇なすのがあたり前だとしても、僕が怒る事を止める権利は君にはないよね?」


「ああ、私を憎め、お前の幼馴染を翻弄して、悪魔に魂を売らせたのは私だ。身近な人間に憑依し、悪魔に頼めば、貴様に強い力を与える事ができると…貴様は弱かったからなぁ、お前のためにあの女は悪魔を呼び出した。そして、上手く悪魔を呼び出す術式を教えて何もかもがうまくいった。だが、勘違いするなよ。貴様の幼馴染があの馬鹿な勇者エルヴィンに身体を許したのは私の預かり知らぬ事だ。貴様の幼馴染は少々馬鹿だったなぁ!」


「に、人間を、フィーネを何だと思っているんだ!」


「私達天使を愉悦に浸らせるための道具、モノだ、それ以外の何がある?」


「なっ!?」


フィーネを騙しておいて、貶める道具だと? モノだと?…悔しい。フィーネは僕に力を与えるために…僕のステータス2倍のスキルはフィーネの魂と引き換えに…


まだ聞きたい事がある。悪魔ベリアルを殺した謎の存在はフィーネの姿をしていた。何故フィーネの姿を?


「まだ、聞きたい、あの悪魔ベリアルを殺した女性は何故フィーネの姿をしていたんだ? あの謎の女性は何者なんだ? 人の敵なのか? いや、あれは本物のフィーネじゃないのか?」


「何のことだか分からんな、あの方の気まぐれだろう? いや、あの方が卑しい人間の姿を借りるのだなど…いや、別の天使に命じたのか?」


この天使もあのフィーネの正体を知らないのか? あのフィーネ…姿だけじゃない、雰囲気、しゃべり方、本物のフィーネそのものだった。


「まあ、良い、貴様ら下界の卑しい人間風情は高貴な存在である私に弄ばれて死に行く運命なのだ。貴様らのような下賤の身が救われる事があるとでも思っているのか? そんなはずがないだろう。貴様ら人間は醜く、ただ私達天使を崇めるだけで良い。上位の存在である私達に愉悦という快楽を与えるだけの存在なんだよ!」


いい加減にしろ! どれだけ僕ら人間を馬鹿にするんだ? 僕らが天使や悪魔の快楽を得る為のおもちゃ? 僕らを弄び、貶めてそれに愉悦を感じているのだと!! 


「そんな!! 天使は人を導く存在じゃないのか!!」


「違うな、創造主である女神様が決めた事……。私に無理強いをされても困るな。……まあ、よい。ベリアルも死んだし、お前達の役割は終わった。速やかにお前らを殺し、絶望を見てもらおう。優位な存在に畏怖し、慄き、絶望し怨嗟の声をあげる…それが貴様らの使命だ。女神様により愉悦を感じて頂く為に、せいぜい必死で見苦しい真似に励むのだ」


よくも、よくも! どこまで傲慢なんだ? よくこんなに独善的な言葉を吐けるものだね! 僕らの力を天使に比べてそんなに弱いと言うのか? あの悪魔ベリアルと大して変わらない! 見下している人間に痛い目に合ってもらおうじゃないかぁ!


「さて、こんな下等な人間の辺境の村からさっさと去りたいのだが……まずは、女神様の愉悦の為、貴様らを処分するか、面倒くさいものだ」


そう言うと、サンダルフォンはすらりと聖剣のような光り輝く剣を鞘から抜いた。

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