第83話 フィーネ再び

リーゼとリーゼの家の無実の罪を晴らす為にクラウスさんが僕達に依頼したのは、ある教会の調査だ。


その教会のシスターは美貌と人々を救う尊さで有名だった。しかし、麻薬密売に手を染めているという衝撃的な証言が得られ、疑心暗鬼なるも、クラウスさんは密偵を教会に放った。しかし、だれ一人帰ってきた者はいない。SSS級冒険者ですらだ。


そこで、僕達の事が頭に浮かんだそうだ。僕達に勝てない人間はいない。いや、例え、魔族などが組しているとしても、今の僕達の敵ではない。


「ここが教会か?」


「そうに決まっているでしょう? 下僕の顔についているのはミートボールで、目ではないのかしら?」


「いや、リーゼ、少しはドS自重してよ、僕だってたいがい慣れたけど、そこまでメンタル強くないよ!」


「あら、そんなに不愉快なら、リーゼを凌辱して発散すればいいのに…」


「……」


だから、僕はそういう事しないって…ていうか、リーゼの毒舌は凌辱される事が目的?


難儀な子だ…


「じゃ、転移の魔法で潜入するから、みな準備してね!」


「うん、わかった! アル! ヒルデ、準備OK!」


「先輩、ここで結婚式するといいですね!! キャハ☆」


「お兄ちゃん!! ロッテ、頑張るんだからね!」


「主様、お気を付けてください」


一番まともなのが魔族のナーガという事実に気がつき、ちょっと愕然とする。


僕達を転移させてくれるのは、クラウスさんの手配した時空魔導士さんだ。教会の裏の路地に魔法陣を描き、僕達を転移させてくれる。


「ぐはぁ!?」


えっ!? 嘘っ! 転移の魔法って、命と引き換え? 術者は血を吐いて倒れた。


だが、直ぐに視界がかすみ、いつかのセリアのダンジョンに引き込まれた時みたいに、視界が歪む。そして、


「上手く転移できたみたいだね?」


「そうみたいね。間違いなく教会の地下ね」


「下僕の言う通りね。ここは太古の聖人の墓地だわ」


そこは教会の地下の共同墓地だった。大きな教会には地下がある。たいてい、その土地の太古の聖人などの墓地となっている。そして、教会にもし、麻薬を持ち込むなら、ここしかない。


教会みたいな共同の場所で、目立つ麻薬なんて置く事はできない。もし、隠すとしたら、ここしかない。実際、この教会は1か月前から地下の共同墓地の公開を停止している。ちょうど、この教会と麻薬の関係が疑られた頃と一致する。


僕は探査のスキルを展開した。


「この地下…変だ」


「何が変なのアル?」


ヒルデが不思議そうな顔で僕の顔を覗き込む。


「うん。この壁の向こうに多分、未だ別の部屋があるみたいなんだ」


「下僕は馬鹿なの? 隠し部屋に決まっているわ! 昔、教会弾圧があった時に隠し通路や、隠し部屋が作られたのよ!」


リーゼが隠し部屋がある事を肯定する。でも、僕、いつも馬鹿扱いだな。


「先輩! ここは任せてください! ナディヤがこの壁、壊しますね!」


「頼むよ、ナディヤ!」


僕はナディヤに託した。ナディヤの魔銃なら簡単に壁位破壊できる。そう思った、その時!


「何をしているのかしら? こんなところで! げっ! お前達は!」


「ナディヤ! 空間魔法のスクロールを!?」


「はい! 先輩!?」


僕はナディヤに預けていた空間魔法を閉じ込めたスクロール(魔法の呪文書)を使わせた。転移されたりしないように、何故なら!?


「お前! 悪魔ベリアルだな!!」


「くっ!! まさかこんな偶然があるなんて!」


そう、あのフィーネの魂を喰らった悪魔ベリアル…魔王討伐の後に現れて、倒す直前に逃げられた、あのベリアルだ。何故なら、この瘴気の感…そっくりだ!


「この人、多分クラウスさんが言っていた、シスターのエミリアさんですよ!」


「そのようね。リーゼも見覚えがあるわ。シスター エミリア、あなたが悪魔に憑依されていたなら納得がいくわ」


そうか、シスターエミリアが突然麻薬に手を染めた理由。それは悪魔に憑依されたからか!


シスターエミリアは人望が厚く、クラウスさんもこの教会が麻薬の拠点となっている事に疑心暗鬼だった。多くの孤児を救うシスターと麻薬を扱うシスター…同一人物である筈がない。


「ちきしょう! 何故私がこんな目に!! あの天使め! また騙したな!」


「その天使って、どういう事なんだ? 聞かせてもらおうか?」


「お、教える! 私は騙されただけなんだ! 本当なんだ! お前の幼馴染は天使にそそのかされて私と契約したんだ! 本当に酷いのは天使なんだ! 私はただ契約を実行しただけなんだ!」


悪魔は懇願してきた。僕は少し思案したが、悪魔の言う事に耳を傾ける事にした。


「わかった。そのシスターの体を返して、お前の知っている天使の事、フィーネとの関わりについて全部話せ! そうすれば、命だけは助けてあげる」


「わ、わかった! 話す! 話すから! それに今、この身体は明け渡す」


悪魔ベリアルはシスター エミリアから憑依を解いた。エミリアさんから悪魔ベリアルの漆黒の身体が現れる。


「その天使とかの話…フィーネと関係あるんだろ? 教えてくれれば助ける」


「た、助けてくれるのか? ああ、そうか。私は慈悲を受けているのか……」


悪魔ベリアルはポカンとした顔を浮かべる。悪魔にとって、慈悲を受けるのは初めてなのかもしれない。甘いと思われるかもしれないが、僕はこの悪魔の言葉を聞く事にした。前回、この悪魔は 何者か第三者により救われた。彼より上位の存在がいる。彼のいう事が本当なら、フィーネの仇は別にいる。


「私を助けてくれるのか? 私は…私は悪魔だぞ?」


「フィーネを罠に陥れたのがお前じゃないなら、助ける! だが、納得できない時は!」


「私は天使の言う通り、契約を実行しただけだ! 本当なんだ! フィーネは全てわかっていて私と契約した! 天使が真犯人なんだ! 天使の正体は! ―――――!!!!」


僕達は悪魔の言葉を固唾を呑んで聞こうとした、だがそれは驚愕に変わる。


何故なら……


「ち、畜生…誰が……」


悪魔ベリアルの胸から、光輝く剣が突き出ていたからだ。


「え、一体何が……?」


「がはっ……」


僕は呆然とした。そして、ベリアルは黒い血を吐き出して倒れていた。


胸を貫かれて…ただの剣ではないだろう。剣は光輝いていた。聖剣?


「て、天使は……お、お前達の……ゆ、勇者パーティの中に……いた…」


「ベリアル!?」


ベリアルは最期に天使の情報を残して、全身から力が抜けて、黒い光の粒子となって消えた。


一体どういう事だ? ここは空間魔法の結界が張られている。外部からも内部からも逃げる事も侵入する事もできない筈! そして、べりアルを斬り殺したのは!


『きゃ! 気持ちがわる~いっ! あたしのばか~っ! 何で返り血なんて浴びてんのぉ! やんなっちゃう!! キャ! 血が変な処についたよぉ~! あれ! 何、アル!! アルがいるよぉ! やっぱり、アル、カッコいい!! ああ、何でアルは私の事抱いてくんなかったのよぉ~! 私、毎日勝負かけてたのにぃ!!』


「ま、まさか、フィ、フィーネなのか?」


そこに白銀の鎧と光り輝く剣を持って現れたのは、あの僕の幼馴染、フィーネだった。だけど、彼女からは、悪魔の瘴気でもなく、勇者の聖なるオーラでもなく異質の気を纏っていた。


キャピキャピとした口調、勇者パーティに入る前の、まだ少女めいていたあの懐かしい、あの口調だ。彼女は勇者パーティに入ってから人が変わってしまって、口調も変わってしまっていた。勇者パーティでの戦いは人の人格を変えてしまう位過酷だった。


『よく喋るヤツだったわよねぇ!』


僕は違和感を覚えた。剣の血を払うフィーネ、フィーネそっくりの口調のフィーネ…でも、悪魔とはいえ、殺して出てきた言葉は…ただの感想。フィーネは悪魔を殺した事にほとんど興味がないかのようだった。フィーネはそんな娘じゃない!


『ああ、アル! 久しぶりぃ! あなた、随分と落ち込んでいたわよねぇ、あたしを寝取られたからぁ? ばかねぇ! 私、何度もチャンスあげたのにさぁ、さっさと抱かないからよぉ! 私、いやいやあの下手くそのエルヴィンに抱かれたわけじゃないのよぉ! 私さぁ、どおお~~~しようもない男好きのクソビッチなのよぉ~! あなた達は知らないだろうけど、昔から街に繰り出して誰とでも寝るクズのビッチだったのよ! 知らなかったでしょう?』


「……ッ!」


僕は突然のフィーネの言葉に驚いた。エルヴィンに好きで抱かれていた? 街で誰とでも寝るような女の子だった? 嘘だ! 嘘だ! フィーネがそんな子の筈がない!


『あら、顔に嘘だって書いてあるわね? でも、私って偽物かしらぁ? アルならわかるわよねぇ?』


ああ、わかった。仕草、口調…確かに僕の幼馴染、フィーネだ、間違える筈がない。


『思いだすわね。河原のあぜで、初めてキスした事…ああッ! 私、あのまま押し倒して欲しかったのに…あなたって、ヘタレさんだから、全然抱いてくれないからぁ、欲求不満でぇ! あの後、街に繰り出して、ゆきずりのおっさんとしたわぁ! 気持ち良かったぁ! もちろんあなたの顔を思い浮かべながら抱かれたのよぉ!』


「う、嘘だぁ! そんな筈がない! フィーネは、フィーネぇわぁ!」


『嘘だと思うなら、故郷に帰ってから調べてみたら? 私は行くわね。まだ、あなた達を殺してしまうのは時期尚早だもんねぇ! もっと翻弄されてから、絶望してもらわないと、私、つまんないぃ!』


そう言い残して、フィーネは空間封鎖の魔法を突き破って、何処かへ去って行った。


残された僕達は、呆然とするよりなかった。

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