第73話 勇者エルヴィンの最期

「俺だ!! 俺が魔王を倒したんだ! 俺なんだ!」


「エルヴィン? お前どうしてここに?」


僕は呆然とした。突然あの屑勇者エルヴィンが建物の陰から飛び出て来て、魔王の魔石を握りしめ、血走った目で喚き立てている。


「勇者エルヴィン…あなた勇者の癖に…隠れていたのね?」


お姉さんが冷たい声でエルヴィンに問う。まさかエルヴィンはミュラーさん達が戦っている間、隠れていたのか? 勇者なのにか?


「そうだ。俺はクレバーな男だ! 勝てない戦いなんてしない。あんな化け物みたいな魔族となんか戦えるか! 戦いの最中俺はうまく隠れる事ができた! さすが俺だ! そして、魔王討伐も俺の手柄なんだ! 俺は勇者だ! 全ての栄誉は俺のモノになるべきなんだ。それなのに、俺を奴隷なんかに落としやがって、ふざけやがって!!」


「勇者エルヴィン、あなたはあなたの勇者らしくない振る舞いに国王が激昂されて、奴隷に落とされたのです。あなたに栄誉なんて相応しくありません。魔王はこのアル君達が討伐したのです。いいから、早くその魔石を返しなさい。あなたでは魔石の瘴気にやられてしまいます」


僕はあっけにとられた。勇者エルヴィン、しばらく忘れていた。いや、忘れる事ができるようになれた、ヒルダ達のおかげで…しかし、この男は奴隷に落とされても、まだわからないのか?


勇者とは何なのか? この男が勇者である筈がない。それに、魔石なんて取り返せばいいだけだ。血走ったエルヴィンの双眸を見ると、すでに正気ではないのではないかと思えた。


しかし、あっけにとられている時、突然、信じ難い瘴気が渦巻くのを感じた。


「エルヴィン、早く魔王の魔石を捨てて逃げるんだ! 何かが現れる」


「そ、そんな事信じられるか!! 俺のモノだ、この魔石は俺のモノなんだ!」


「―――――ッ!!」


「ぐわっ……!?」


エルヴィンは情けない声をあげると崩れ落ちた。突然、エルヴィンの胸から漆黒の剣が現れる。エルヴィンが後ろから剣で刺されたのだと、理解するのに少し時間がかかった。何故なら、エルヴィンを刺したのは…


「フィ、フィーネ…」


エルヴィンの胸に刺さった剣を引き抜き、剣の血を払うその黒い鎧に身を包んだ剣士は僕の幼馴染で婚約者のフィーネだった。いや、しかし、


「久しぶりね、アル…て言ってやれば喜ぶのか? だが、私はフィーネではない」


「お、お前は一体何者だ?」


僕は瞬時に理解した。本人からフィーネではない事が示唆されたから、それに何よりフィーネがこんな邪悪な瘴気を纏っているはずがない。だが、フィーネそっくりのこの女は一体何者?


「私は悪魔ベリアル。お前の幼馴染を騙し、お前にパーティステータス2倍のスキルと引き換えにこの女の魂を頂いた。この女の魂…、美味かったぞ。こんなに早く死んでくれたとは私も運がいい、あの天使に感謝しないとな、くくくっ」


「一体どういう事だ? フィーネとお前との間で何があった?」


悪魔はくくっと笑うと、気味が悪い笑顔を浮かべてこう言った。


「私はこのフィーネと悪魔の取引をしたんだよ。アルベルト、貴様の幼馴染は弱いお前に強い力を宿して欲しいと願った。だから私は叶えてやった、この女の魂と引き換えにな、くくっ」


「お前、その取引が魂との引き換えだと、本当に約束したのか?」


いくらなんでも、フィーネが自分の魂と引き換えに僕を強くしてくれたとは思えない、


絶対、この悪魔に騙されたんだ。


「私は騙してなどいない、ただ、この女は約束との引き換えに何でもすると言ったのだ。私は騙してなどいないだろう?」


こいつ…フィーネは僕にステータス2倍のスキルをくれたのか? 僕のステータス2倍のスキルは確かに不思議だった。最初は底辺回復術士固有のスキルかと思っていたが、同じ底辺職のリーゼにはない。あるのはレベル上限99の突破。つまり底辺職はレベル上限が異なるのか?


「よくわかった、お前はフィーネの魂を喰らったんだね? ではどうすればフィーネの魂を返してくれるの? 返してよ! 僕のフィーネを返して!」


「バカか、一度死んだ人間は帰ってこない。そして、一度悪魔に魂を喰らわれた人間はこの世界から消える、二度と輪廻に戻る事はない。そうだな、私を滅ぼす事ができたのなら、もしかしたら、魂は輪廻に戻るのかもな。だが、この世界が始まって以来、滅びた悪魔はいない。だから誰もわからんのだ。残念だったな」


「何で残念なの? お前を滅ぼせばいいんだろう? 今滅ぼしてやる!?」


悪魔はくくっと笑い、こう言った。


「人間風情が舐めるな。魔王程度を滅ぼせたとして、さらに上位の悪魔を倒すのだなど…不敬だろう」


「やってみなければわからないだろう?」


僕が魔剣の柄に手をかけるとヒルダを始め、武器を握りしめる。どの道、僕らの前に姿を表したんだ。戦う以外の道があるとは思えない。


「いつまで不遜な態度で私に話しかけているのだ? 人間風情が?」


「…クッ!」


悪魔の双眸は赤く輝き、その目は凍てつく波動の様もの発し、人の根源に不快を思い出させるモノだった。僕もみなも言葉を発する事ができなかった。


フィーネの姿形を持つものも、その目は人を見下している事はあきらかだ。気の強いリーゼでさえ、目を逸らせてしまう。


「私を誰だと思っている? 悪魔四十七柱の内第七位階、ベリアルである」


「だから何だ? フィーネの魂を奪ったヤツである事には変わらないだろう?」


「貴様、何処まで不敬か! 人なぞ、私を畏怖し、頭を垂れよ。そして黙って死ね」


僕はふつふつと怒りがこみあげて来た。何処まで傲慢なんだ? この悪魔は? それに、この悪魔…魔王より瘴気が弱い。悪魔のゾクリとする不快感は強いものの、本当にそれ程強大な存在なのか? 少なくとも、先程の魔王に対する恐怖の方が遥かに強い。


「おまえ……本当に悪魔なのか?」


「そんな事も判らぬのか? 魔王風情とは格が違う。お前達の感じる恐怖は魔王の比ではない。お前ら人間風情は泣き、怯え、ただ黙って殺されるだけの存在。このベリアル自ら貴様らに死をもたらせてやるのだ、だから感謝して死んで逝け」


ふっ…僕はわかった。この悪魔は弱い。例え悪魔の力を持っているとしても、魔王より弱い。何故なら、この悪魔から感じるのは唯の冷たい不快感、それに対して魔王は人の神経に突き刺さってくる様に感じる恐怖。この魔族に感じるのは唯の不快。恐怖ではない。


「お前は人を一体何だと思っているんだ? 」


「私を笑わせ、愉悦を覚えさせる、唯のおもちゃだ。それ以外のなにがある?」


「な、何だとぉ……!?」


フィーネを弄び、魂を喰らい、それをただ、愉悦に浸るおもちゃだと言うのか?


人の想いをおもちゃだと? 悪魔とはそれ程尊大なモノなのか?


「そもそも、貴様ら人間は女神が愉悦に浸る為に作られた存在。悪魔と天使に翻弄されて、地べたをはいずり回り、必死にもがいて、泣き、喚き、そして最後は虫けらの様に死ぬ存在。私は己の存在意義を実践しているだけなのだよ」


「…うるさいよ」


「な、何!?」


「いつまでもベラベラと偉そうにムカつく悪魔だね。僕の親父が言ってたよ…弱いヤツ程良くしゃべるってね」


「貴様!? 私を前にしてそのような態度ができる等、気でも触れたか?」


「いや……冷静に分析して、お前は弱い。瘴気は魔王の半分以下、お前から恐怖を感じないんだ。お前…弱いよ」


「な・ん・だ・と…」


「さあ、僕達はもう君の尊大な態度に飽きたよ……さっさと倒させてくれないかな?」


そう言って、僕は悪魔の赤い眼を睨め付けた。


「そうか、じゃあ、死ぬがいい」


僕は手にした魔剣に悪魔の瘴気を集めた。それは目の前の悪魔の数倍の禍々しさだろう。

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