第40話 王女様? いえ間に合っています!!

ダンジョンから帰還したアルに矢継ぎ早に訪問者が訪れた。


「アルベルト様。大変お待たせいたしました。クリスティーナ様、どうぞ」


「失礼いたしますわ」


訪問者には侍女がついていた。察するに貴族の令嬢が訪問者なんだろう。でも、突然どうして僕なんかを訪ねてきたんだろう?


侍女がドアを開けると、着飾った令嬢がそこにいた。


「お久しぶりです。アルベルト様」


ご令嬢はドレスの両端をヒラっと持ち上げて 、カーテシーで挨拶する。


「えっと、あの、もしかして、クリスティーナ殿下ですか?」


「はい、私の事を覚えていてくれたのですね。ティーナ、とても嬉しいです」


僕は慌てて、姿勢を直す。王女様の前だ、粗相なんてできない。


「わざわざご足労いただき、ありがとうございます」


わざわざ僕達勇者パーティに労いの言葉をかけに来てくれたのだろうか? ありがたい事だ。


「敬語は不要ですわよ。これから私とアルベルト様との間に、そんな遠慮だなんて」


「え? いえ、そういう訳にはいきませんよ?」


僕は頭の中がグルグルになった。


「本当に二人の間に遠慮なんて不要ですわ。だって、アル様はわたくしの夫になる方」

銀髪の長い髪、個性的な赤い眼、整ってはいるが、少し幼さも残る美貌。


銀髪と赤い眼に映える白い気品あるドレスに身を包んだその美少女、クリスティーナ・アルデンヌ。彼女は唐突にそう言い出したのである。


「アルベルト様はわたくしの夫になる方なのです」


「……えぇ?」


唐突に意味の分からない事を宣言する王女に、僕は敬意も忘れて素っ頓狂な声をあげる。


「ですから……アルベルト様はわたくしの夫になるのです。わたくしが決めたのです。……ふふ、嬉しくて声も出ないのですね?」 


ええっ? この人何言っているの? それに王女様はもう間に合っています。頭のねじは飛んでいるけど、一人で十分。それに、この王女様の頭のねじも飛んでいる事は間違いない。


「えっと、間に合っています」


「またまた、アル様ったら、お照れになられて、嬉しいって言ってください」


自信たっぷりに言うティーナ。別に嬉しくない。これ以上頭のねじが飛んでいる王女様は御免こうむる。


「アル様、わたくし、アル様のご希望なら何でも言う事聞いてあげます。わたくしに何かしたい事はございませんか?」


「何かするって、どういう事ですか?」


「例えばおっぱい揉みたいとか、パンツ見たいとか?」


「犯罪じゃないですか?」


「わたくしはのアル様のいう事なら、何でも聞いて差し上げますわ」


「嘘だと思います。言ったら、魔法録音して、通報されて、それで訴訟しない代わりに示談金を要求するパターンだと思います。最近流行りの詐欺のパターンです」


「す、鋭い…何故分かったのですか?」


「流行りの手口だし、そんな女の子いません」


「…ちっ、世の中に疎いと思ったのに」


「危ない…危なく示談金を要求される処だった」


「...い、いえ、別にお金目当てではありません」


そういうと、は何故か伏せ目がちに切なそうな顔になった。ハラリと、ティーナの侍女の鞄から一枚の書類が落ちた。


「落ちましたよ」


「あ! それは見ちゃだめ!」


……婚姻届だった。既に名前が書いてあった。僕の名前とティーナの名前。


どうして僕は色々な女の子に言い寄られるのだろう。僕はしばらく恋なんてしたくないんだ。そっとしておいて欲しい。


「じゃ、そういう訳ですから…」


婚姻届けと書かれた紙を取り出し、ティーナがぐいぐいと迫ってくる。というか、王女様と結婚てそんな簡単にできるものなの? ここはきっぱり断った方がいいよね?


「断固お断りします」


僕がはっきりそう言うとティーナはわなわなと震えだし、


「ど……どうしてですの? わたくし、自分で言うのも何ですが絶対美少女でしょう?」


自分で言っちゃだめだよね?


「……ティーナ様は綺麗な方ですが、陛下に許可もなく勝手に結婚はできませんよね?」


「そ、そんなの既成事実を作ってしまえば、こっちのものですわ、わたくし、王宮の庭園でお会いしてから、アル様の事が忘れられなくて、その…あれ、なんと表現すれば…」


「殿下、あれ程練習したのに、一目惚れと言えばいいのです」


「ああ! わたくしの馬鹿、そうです。一目惚れなのです!」


この子、ヒルデより頭のねじが緩んでそう。ヒルデでさえ、セクハラを強要したり、いきなり婚姻届けもって迫ったりしない。


「あの、いくらなんでも唐突すぎません?」


「……あの、アル様、少々お待ちください」


「ええっ? はぁ…わ、わかりました……」


有無を言わさない毅然とした態度でティーナは侍女を連れて部屋から出ていった。思わずはいと言ってしまった。


部屋の外で話す声が聞こえる。


「どうして、アル様はわたくしの愛を受け入れてくれないのでしょうか? やっぱり、わたくしが馬鹿なのをご存じなのでしょうか?」


「殿下、落ち着いて下さい。確かに殿下は容姿に極振りの馬鹿です。しかし、男の人はたいてい、頭の悪い女の子が好きです。ちなみに私は容姿だけでなく、学芸も優秀です!」


「おっぱい揉んでもパンツ見てもいいと言っても振り向いてくれないじゃないの!? 全然話が違うんじゃないの? それに慰めているフリして、わたくしの事馬鹿にしていません! むしろ傷つくんですけど!?」


普通、聞こえない処で言い合いしないかな? それにあの侍女も馬鹿の香りが…


「…というか全然だめじゃないですか? アンナがおっぱい揉んでいいとか、パンツ見せてあげると言ったら、アル様でも、簡単に落ちますって自信満々で言うから言ったのに! これじゃ、わたくしが痴女みたいではないですか!?」


「おかしいですね、私の計画は完璧だった筈ですのに…やはり殿下がその、あれなのがわかってしまって、流石のアル様でも無理なのかと…」


「わ、わたくし、そんなに馬鹿ですか?」


「いえ、そこまでは言っておりません」


「言ってるわよね! 言ってるよねぇ」


扉の外からドタバタ音が聞こえてきた。どうも、取っ組み合いの喧嘩が始まった様だ。


「殿下、こうなったらもう泣き落としでいきましょう。馬鹿でも必死に縋ったら、アル様も流石に妥協してくれるかと…………たぶん」


「妥協? それに、たぶんって言った、いま、たぶんって!?」


「そのような事は言っておりません」


更にドタバタと取っ組み合いの喧嘩でもしている音が聞こえたが、しばらくして戸が開かれた。


「た、大変お待たせっ……ぐすっ……い、いたしましたわ」


戻ってきたティーナの顔は、泣いた後が見て取れて、目が赤くなっていて、ぐすんぐすんと鼻をすすっていた。泣かないでよ。


「ア、アル様、その…お願いです。一生のお願いです。わたくしと結婚してください。アル様が結婚してくれないと、残念王女のわたくしは変な中年の貴族に絶対結婚させられてしまいます」


「えっと、あの、それは僕には関係ないと言うか、同情を誘って結婚というのはどうかと思われます」


流石に同情で結婚する人いないと思う。どうもこの二人は変というか、その馬鹿…


「え? あの、まさか聞こえていました? ちょ、ちょっとアンナ? 防音魔法をしてくれていたんじゃ?」


「忘れていました。やばたにえん」


満面の笑みでやばたにえんで誤魔化す侍女。


「お、お願いします! わたくしにはもうアル様しかいないのです!」


「えと……でも王女様とかはもういるし……」

いきなり結婚なんて言われても、困る…王女様枠はもう埋まっているから、キャラ被る。ヒルデも馬鹿だし…


「その通りです。殿下にはもうアル様しかいないのです。頭が悪くて未だに生活魔法すら使えず、魔法学園は落第しそうだし、ダンスパーティでは創作ダンスと揶揄される次第だし、もはやアル様一択なのです。そもそもお嬢様は一生王宮に引きこもって、ゲーム三昧をしようと企んで、それを陛下に見透かされて、急きょ婚約相手を探されていて…そんなどうしようもない殿下のスペックだと、ジジイの様な貴族に嫁ぐしかないのです。どうか、殿下を助けるボランティアだと思って、結婚してください」


「…お断りします」


今の話を聞いて結婚する気になる男いるの? ヤバい子じゃん。


「そ、そこをなんとか! お願いします! そうだ、今なら有能な私も愛人としてついてきます!?」


「いや、馬鹿は二人要らないかな…」


「じゃあ先っちょだけ! ほんの先っちょだけでいいですから!?」


いや、先っちょって何? エロい親父みたいな事言わないでよ。


「ちょっと、アンナ、なんであなたも一緒に結婚するのよ! あんなに早くわたくしから解放されたいって言っていたじゃないの! それなのに、それなのに、なんて事言うのよぉ 言うのよぉ!?」


ティーナ殿下は目が血走っていてハァハァ言っていて怖い…それに涙目になって侍女を睨む。そして、二人でまた喧嘩を始めた。


「だいたいアンナは日ごろからわたくしの事を馬鹿にいているけど、アンナだって、魔法学園中退したからわたくしの侍女しているのでしょう?」


これにアンナは、


「なんでそんなに人の古傷に塩を塗るのですか? 殿下なんて、ハマっていたアニメキャラの影響で、ケガしてるわけじゃないのに『眼帯』や『包帯』をつけて学園中でお笑いな癖に!」


「アンナぁ! なんて事いうのぉよ! なんて事いうのぉよぉお!!!」


なんかめんどくさくなってきたけど、これ、こっそり部屋から逃げてもバレないのではないだろうか?


僕はこっそり部屋を出ていって、逃げた。

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