第31話 エルヴィン、勇者をクビになる

「貴様にはもう何も期待しない、貴様は勇者クビだ!」


「そ、そんな、ば、ば…馬鹿な、俺が、勇者クビ!?」


ここはプロイセン王国王宮、謁見の間。国王マンフレート・フォン・アルデンヌは怒りに満ちて、勇者エルヴィンに勇者クビを冷たく宣告していた。


人類の希望であったアルベルト擁する勇者パーティではあったが、この勇者は何とパーティの要であるアルベルトを殺害せんとした事実、あまつさえ彼の恋人を命と引き換えに寝取るという非道ぶり。いや、それだけではない。主力である剣聖フィーネを斬り殺し、オーガの餌として、その間に自分達だけでダンジョンから逃げかえろうとする、およそ勇者とは程遠いクズ。


「エルヴィン、我が国に貴様のようなクズの勇者は必要ない、断じてない!」


「た、大変申し訳ありません!! こ、国王陛下! し、しかし、な、な、なんとか勇者をクビだけは再考ください! 俺は心を入れ替えて国の為に戦います!!」


勇者エルヴィンはトゥールネの街でアルにボコボコにされた恨みを晴らすべく、国王に直訴しようとして、参内したものの、逆に経緯が詳細に知られてしまっており、処分を受けた。


つまり、勇者クビだ。もちろん、前代未聞の事だ。


「お、お願いします! 本当に心を入れ替えます! 本当なんです!」


必死のエルヴィンは土下座で嘆願するが、国王陛下はあまりの事に聞く耳を持たない。


「目ざわりだ! 直ちに何処へでも行くがいい! 二度と私の前に現れるでない!」


「こ、こ、こっ こくおぉうへ……い……か、お、お、おゆゆるし……を……!!!!!」


「黙れ! この卑怯者!!」


騎士の一人がそう一言怒鳴った。エルヴィンは彼に見覚えがあった。修練のダンジョン攻略の際、使い捨てと適当に扱ったダニエル侯爵麾下の騎士だ。


「あ、あなたはダニエル侯爵の騎士、お願いだ。陛下にとりなしてくれ、頼む、昔のよしみじゃないかぁ?」


エルヴィンは自分のした事を深く考えていない。彼は騎士達を虫けらのように扱ったのだ。自分のした事を考えれば、このような恥知らずな懇願は出る筈もないだろう。


「貴様、貴様のおかげで何人の騎士が亡くなったと思うのだ!? よく、そのような恥知らずを!!」


「エルヴィンよ、この騎士は優秀故、我が近衛騎士団に採用した。貴様がダニエル侯爵の騎士団をどう扱ったのかよくわかる事ができた。全く、卑怯が服を着ているような男だ」


「お、俺は勇者です。俺がいなくなったら、我が国はどうやって魔王軍と戦うのすか? 陛下、俺に今一度、チャンスをください。必ず魔王軍を蹴散らします!!」


エルヴィンは勇者である自分には利用価値がある事は熟知していた。だからこそ、多少の罪なぞ、大した問題ではないし、大事の前の小事であるとさえ考えていた。つまり、アルや騎士達の命なぞ、小事であり、大した問題ではないと考えていた。そして、勇者の自分の価値を再度理解すれば、陛下の考えが変わると本気で思っていた。


「我が国はアルベルト殿の勇者パーティを支援する事になった。貴様は不要だ」


「なっ!? そんなバカな! アルベルトは勇者ではないではないですか!?」


必死に陛下になおも縋るエルヴィン、しかし、陛下から冷たい事実を突きつけられる。


「アルベルト殿は魔族に傷をつける事ができる魔剣使いだ。それにパーティメンバーにはフランク王国の王女にして勇者、ブリュンヒルト・アーレンベルク嬢がおられる。ブリュンヒルト嬢はフランク王国暫定政府が、アルベルト殿には我がプロイセン王国が支援する。人類の希望が甦ったのだ」


「し、しかし、俺だって勇者ではないですか? 人類の為には一人でも勇者がいた方が!」


エルヴィンは知らない事だが、事の経緯が詳細にわかったのは、陛下の調査結果だけではない。アルザス王国の騎士団長より書簡が届いており、仔細は筒抜けだったのだ。陛下も不審に思い、調査を開始し、ダニエル侯爵領から流れて来た優秀な騎士達から仔細を聞いたのだが、よりにもよって、他国の騎士団長よりも仔細が判明した。まさに国の恥なのだ。国王にとって、この一件は国の威信をかけた問題なのだ。エルヴィンに寛大な処遇などあり得ない。


しかし、一人の官吏から意見が出た。


「陛下、勇者の才能が魔王軍戦において重要なキーである点は事実です。ここは、この男への罰と国の魔王軍戦の両方を考え見て、良い方法を思いつきました」


「なんじゃ、申してみよ」


陛下は官吏の意見に耳を傾けた。エルヴィンは一縷の望みをかけて官吏を見た。しかし、


「勇者エルヴィンは底辺奴隷に落とし、そして、対魔王軍戦に使役してはどうかと?」


「なるほど、良い考えだ!!」


はたりと陛下は膝を叩く、陛下の気持ちが固まったのは明らかだ。


エルヴィンへの罰は決まった。縋るなぞしなければ唯の追放だけで良かったものを、下手に懇願した為、かえって、厳しいものとなった。いや、彼のした事を考えれば妥当な処罰だ。


もう、奴隷になるしか道がないと悟ったエルヴィンは声を震わせ、泣き叫ぶ。


「お、お許しください、ど、奴隷にだけは、奴隷にだけは!!!!」


しかし、裁定は下り、エルヴィンの奴隷への刑が執行される。


人の命を軽く見、自身を最上の存在と考えていたエルヴィンは涙を流して床をのた打ち回る。その姿は、人を見下し上位存在であることを傲慢に誇示していた男とは思えないものだ。


他者を駒としてしか考えず、嘲笑い、他者の大切な人を害してきたエルヴィン。仲間を無駄死にされてきた騎士やあるいはアルがここにいたなら、その不様な姿を笑う資格があったろう。だが、彼らはそんな事はやはりしないのだろう、実際この場にいる騎士も彼を嘲笑うような事はしない。エルヴィンが戦場で死ぬだろうという事がわかっているからだ。


「や、止めてくれぇ!!!!!!!!!!!!」


そして、奴隷の烙印を押される為に連行される彼の言葉に耳を傾ける者はただの一人もいなかった。

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