第15話 主人公奴隷を買う1

「もっと仲間が必要だね」


「ええっ!? 二人っきりの方がいいんじゃないですか?」


何故かヒルデは二人っきりというところに力を込めて発言するが、どう考えても仲間が足りない。僕も勇者のヒルデも全ての職種をこなす事ができる。しかし、ヒルデの対魔族戦用の魔法やスキル、僕の回復魔法以外は専門外なのだ。特に剣などの前衛職も魔法使いなどの後衛職も専門家が欲しい。


「やはり、もう少し仲間がいるよ。魔族や、ましてや魔王と戦うとしたら、二人だけでは危険すぎるよ」


「そ、それはそうなんですが、信用できる人と出会えるのでしょうか?」


「確かに、魔族や魔王と戦う時に背中を任せる事ができる、信用足る人に出会うのは難しいかもしれないね」


そうなのである。僕のいた勇者パーティも鉄壁の信用を築きあげる為に勇者と長い間行動を共にした。全ては互いに信用を得るためだ。最も僕はその勇者に裏切られて、人を信用する事が出来ない人間になってしまった。人間不信だ…


僕達はギルドから次のミッションの為の赤い森へ行く為に近道の裏路地を歩いていた。


そこで胡散臭い人物と出会う。


「仲間をお探しですか?」


「えっ?」


話を聞かれていたのだろう。聞かれて困る事ではないが、そんな事に聞き耳を立てるこの人物は一体何者?


帽子をかぶり、仕立てのいい服を着た、如何にも商人といういでたちの胡散臭い男が裏路地で僕を呼び止める。


なんていうか凄く怪しい、太っていて、如何にも儲かっていそうな商人はみかけは紳士。金もうけの上手い商人が胡散臭いのは当然だ。まっとうな商売でそれ程財を築ける筈がないのだ。だが、ここは路地裏だ、表通りの商店の前なら違和感はないが…


関わりにならない方がいいだろう。


「ヒルデ、行くよ」


僕はこの商人風の男を無視して素通りしようとした。


「信頼できる仲間が見つからないのではないですかな?」


僕は思わず足を止めた。その通りだ。僕らの悩みを的確についた言葉だ。


「背中を任せられる信頼できる仲間に出会えない?」


無視しようとしたが、気になる。正しくその通りだ。この男は何がいいたいのか?


「そんなあなた様方に耳よりなお話がございます」


「仲間なら冒険者ギルドで時間をかけて探せばいつか見つかる」


嘘ではないが、時間がかかるだろう。人間不信の僕が人を信用するには少し時間がかかるかもしれないが、時間だけの問題だ。それまでヒルデの安全の為、難易度の低いミッションでレベルを上げるしかない。


「時間が惜しいのではないですかな? それに仲間? いえいえ、違います。私はあなた様に仲間を斡旋しようとする訳ではございません。私が提供するのは信頼よりもっと確かな物です」


「物? 一体?……」


仲間では無く、物? 一体何なんだ?


紳士は僕に近づいて来て。ひそひそと話す。


「お気になるでしょう? あなた様の目、何か裏切りの様なものを経験された?」


「五月蠅い、お前には関係ない!」


「ここで私の言葉に耳を貸さないのも、私の提案を受けるのもあなた様次第です」


聞くだけならいいか? 僕は凄く気になった。


「お前の提案というのを教えてくれ」


紳士はにぃーと気持ちの悪い笑顔になると、話しだした。


「奴隷ですよ」


「ど、奴隷?」


「ええ、奴隷です」


奴隷とは、人間でありながら、その全ての権利を剥奪されて、他者の所有物となる者。奴隷にも最低限の事は認められている。生死までは所有者にも決定できない。しかし、過酷な労働などに使役され、死んでしまった場合、何も咎められる事はない。それに、奴隷は売買が可能な…正しく物として扱われるのだ。


僕はヒルデと目線を合わせた。ヒルデはかぶりをふった。奴隷に対する嫌悪感だろう。正確には奴隷を所有する事への嫌悪感だ。


「悪いが、いくら裏切らないと言っても奴隷を所有する様な人間にはなりたくない」


「見るだけでも如何ですか? 別に見学料を頂戴する訳ではございません」


ヒルダは反対だろうが、僕は少し興味を持った。確かに奴隷なら裏切る事ができない。何故なら、


「奴隷には隷属の魔法を施す事が認められています。主を裏切る事はできません。もし、隷属の魔法に反したら、激しい頭痛や痛み、それに耐えて裏切ったなら、命はございません」


「酷い話だね……」


「それなりの理由で奴隷になった者達です。致し方ないでしょう」


「奴隷狩りで、罪のない者が奴隷にされる事があると聞いた事があるぞ?」


そう、奴隷は基本、罪を犯した者や貧困で金の為に売り飛ばされた者などが奴隷に落とされる。税を収められない者も奴隷に落とされる…しかし、全く罪の無い者が悪徳奴隷商人に拉致されて奴隷とされる事があると聞いた事がある。


「私はまっとうな奴隷商人です。その様な非合法な奴隷は販売しません。我々にもプライドがあるのですよ。奴隷に良い主人を見つけてやるのが務めなのです。あなたなら良い主人となるでしょう。優しそうな顔をされている」


僕は迷った。奴隷に興味を持ってしまった。何より今の状態を打破する有効なカードだ。


僕はヒルデに言った。


「ヒルデ、見るだけ見てみようよ。僕も奴隷の所有には抵抗があるけど、即戦力となるなら、一考の価値はあると思うんだ」


「わかりました。確かに戦力の増強は必要ですね…」


ヒルデはどこか物憂げだ。僕に失望しただろうか?


「如何なさいます?」


「見せてもらおうじゃないか」


奴隷商はニヤリと笑い、僕達を彼の店へと招きいれる。ちょっとしたホールがあった。


「こちらになります。アルベルト様。ちょうど、商品のオークションが始まります」


ホールには舞台があり、そこの袖から奴隷が出て来て、まるでファッションショーの様な具合で奴隷を競りにかける様だ。僕達はいくつかあるソファーの一つに招かれた。既に大半のソファーは奴隷を買う人により埋め尽くされている。


「解説は頼めるの?」


「もちろんでございます。お任せください」


随分とこの奴隷商に見込まれたものだ。しかし、奴隷を買う時に助言してくれるとありがたい。何分初めての経験だ。それ相応の戦力を手に入れたいし。


僕達は先ず、前衛職に向いている獣人の競りに参加した。しかし、僕達はガクガクと震える事になった。何と言うか…獣人は顔が怖い。奴隷に落とされた獣人はそれなりに犯罪をおかした者か、貧困に苦しみ、税を払えなかった者だ。顔立ちが怖いのも無理もないのかもしれない。


もう、帰ろうか? と、ヒルデとアイコンタクトしていた時、それが始まった。


奴隷商の仲間に引き連れられ、奴隷の少女達が舞台の袖から現れた。


「あれは? 女の子だよね?」


「アル、早く帰りましょう…」


ヒルデは早く帰る事を勧めた。その理由は直ぐにわかった。


少女達は美しく化粧をされて、布面積の少ない派手な服を着せられていた。ある意味、奴隷としては随分と好待遇だろう。だが…


「これからは性奴隷の競りになります。使用目的は…説明不要ですな」


少女達は未だ10代の者が多かった。金に困り、娘を奴隷として売る親がいると聞いた事がある。僕の村でも30年程前の飢饉の折はそうした事もあった様だ。


舞台を歩く着飾った彼女らは、一件ファッションショーのモデルかの様だが、少女達の目は悲壮感と絶望に染まっていた。舞台を一回りすると、少女達は裸に剥かれた。僕は思わず目を瞑った。来るんじゃなかった。見たくないものを見てしまった。


「……売れ残った奴隷はどうなるの?」


「ペットショップと同じですよ。……お分かりでしょう?」


「……」


奴隷商は何の感情も無く言った。


「あまり心配されなくても…そんな奴隷は滅多におりません。良い主人を見つけてやるのが私の仕事なのです。奴隷にとって、相応しいご主人様を得る事が一番の幸せなのです」


「しかし、次は……困りましたね。残念ながら、私にも努力の限界がありましてね」


そう言うと奴隷商はニヤリと笑った。僕は奴隷商がニヤリと笑った理由がわかった。次に出てきたのはエルフの娘だった。しかし、髪はボサボサ、服も明らかに他の子と差がある。それにあちこち怪我をしていて、右目が膨れ上がり、目蓋も半ば塞がれていた。そして、激しい悪臭。これ程の悪意を見た事はない。この子は虐待されている。


「早く出てこい。今日、買い手が見つからなかったのなら、わかっているな?」


奴隷商の手下はニヤニヤと薄ら笑いを浮かべ、そのエルフの娘を引き出してきた。


「大人しく言う事を聞けばよいものを、言うことを聞かないからこうなるんだ」


奴隷商の手下は半笑いで笑った。あの勇者エルヴィンの様に。


エルフの娘の顔に浮かんでいたものは絶望だった。彼女は死を決意したのだろう。何の感情も浮かべず、虚空を見つめる虚しい表情…


何人かの客は席を立った。今日、買い手がつかない時はどうなるのか? それを理解している人間は見たくはないのだろう。


エルフの少女が舞台の中央に立ち、粗末な服を剥ぎ取られそうになった時、奴隷商が言った。


「買いますかな?」


僕は彼女を買った。奴隷商は確かに仕事をした。奴隷に相応しい主人を探した。僕が彼女を見捨てられないと推測して、そうしたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る