主語は的確に
今日は水曜日では無いため、本来は放課後魔法勉強会は無いのだが、いつものメンバー+二名が控え室に集まっていた。
増えた二名は、エドアルドとケイティアーノである。
「じゃあ、この名簿の中から実際にちょっかい出した人にチェック付けていって」
そう言ってディアーナが一枚の紙をテーブルの上に置いた。紙には、学生の名前が一覧になって記載されている。
「販売現場とかが全然特定できなかったからね、それなら買った人を特定しようと思って、アーちゃんと頑張ったんだよ」
ねー、と隣に座っているアウロラに向かって同意を求めるように顔を傾けるディアーナ。
「急に容姿に自信を持った風な人、容姿が変わって無いかと周囲に聞くようになった人。これまで小テスト前に頭抱えていたのに、急に余裕ぶり始めた人、一夜漬けをしなくなった人。異性に対して大胆に振る舞うようになった人、付き合い始めたカップル、告白して振られたらしい人。そんな人を探し出して、カマ掛けたんですよ。道具使ってるんじゃ無いですか?って」
それで、怪しい道具を買ったと打ち明けた人達のリストがこの紙である。
「もう一枚、該当するけど道具を買ったと打ち明けてない人のリストもあるよ。こっちも後でみてね」
そう言ってディアーナがもう一枚の紙をペラペラと振って見せた。
「ディちゃん、最近アウロラさんとばかり遊んで私と遊んでくれなかったのは、そのリスト作りをしていたからなのね」
「ナイショの任務だったからね。ごめんねケーちゃん。でも、ケーちゃんまで巻き込まれるぐらいなら、一緒に居ればよかったね」
ちょっと拗ねた感じで文句を言ったケイティアーノに、ディアーナは優しく笑ってペコッと小さく頭を下げた。
「次に何かあったときには、誘ってくださいましね」
「うん」
テーブル越しに身を乗り出して、ディアーナとケイティアーノは指切りをした。
そうこうしているうちに、リストにチェックが入れられていく。道具を買ったと打ち明けた方のリストの中に、チェックが付いていない人が数人いた。
「自白してる人なのに、売ってないの?」
「売ってない……です。この人はそもそも三男で家から金を持たされていないから相手にしてない。こっちの人はウチのお得意さんの長男だから機嫌損ねるわけに行かないから相手にしてない」
逆に、買ったと打ち明けてない人のリストには半分以上にチェックが付いていた。
「コッチは詐欺商品買ったなんて言うのはプライドが許さなかったタイプかな」
「こちらは普通に告白して振られたのを、道具のせいにしてごまかしたいのかもね」
できあがったリストを見て、アルンディラーノとジャンルーカが考察している。その様子を見て、エドアルドが不思議そうな顔をした。
「ボクの言うこと、信じるの?」
「なんだよ。嘘ついてるのか?」
「……ついてないけど、詐欺はたらいた平民の言うことなんか、貴族は信じないだろ、普通」
エドアルドは、すっかりあざと可愛いフリをするのを止めてしまっている。この部屋をでて他人の目があるとまだやっているようだが、ケイティアーノとカインにガン詰めされ、ディアーナの素晴らしさについて三時間も二人からステレオ状態で聞かされ続けてから、取り繕うのをやめたらしい。
「詐欺については、これからお金を返しつつ謝りに行くんだろう? 逃げずにここに来てるんだから今更嘘なんてつかないだろう? これでも王太子だからな、人を見る目はそこそこあるんだよ」
「アルが一緒についてまわるらしいからね。買ってないのに道具買ったっていう人は焦るだろうねぇ」
エドアルドはアルンディラーノの言葉に目をまるくし、ジャンルーカの言葉に口をぽかんと開けた。
「ほら、リストが出来たなら行くぞ。こういうのは、時間をおかない方がいいんだ。父上も母上を怒らせたときに宰相から『時間が経つとますますこじれますから、早くお謝りください』って良く言われてるからな」
そう言って、アルンディラーノはリストを持って部屋を出ようと歩き出す。
王太子殿下をともなって謝りに行けば、必要以上にエドアルドを責める令息令嬢も居ないだろう。もちろん、同行するアルンディラーノと護衛のクリスはついて行くだけ。謝罪時も少し離れた場所から見守るだけの予定だ。それでも、過剰な報復を抑止する力にはなるだろう。
「後学の為に私もついて行こうかな。見えない場所から覗くんだったら構わないよね?」
「私はスチル回収の為に先回りして忍んでおくんで、お先に失礼しますね」
ジャンルーカとアウロラが、アルンディラーノとクリスに続いて出て行った。
「あまり大勢でぞろぞろ行っても迷惑だよね」
「リスト全てを今日中には回れませんもの。明日はついて行くのをアル様に譲っていただくのはどうかしら」
「そうしよっか」
「今日は私と一緒にこちらでお茶でも飲んでまっていましょう? ディちゃん」
ディアーナとケイティアーノはここでお茶の時間を過ごすことにしたらしい。
ラトゥールは窓際の椅子に座って置物のようにじっと動かず本を読んでいる。
「なんで?」
ドアから出て行った先輩達、残ってのほほんとお茶を飲む自分が壊そうとした友人関係の二人。それらの顔を順番にみまわしつつ、エドアルドが困惑した顔で首をかしげた。
「良い子達だろう? 僕がずっと見守ってきたんだ。自慢の妹弟たちさ」
そう言ってカインが一つウィンクをしてみせた。
「さ、王太子殿下を待たせるんじゃ無いよ。謝罪行脚にいっておいで」
カインの言葉に促されて、エドアルドは控え室を出て行った。
エドアルドが嘘で仲違いさせたり、恋心を玉砕させた全ての人達へ謝罪して回るのに、一週間ほどかかった。
謝罪行脚が終わったエドアルドは、翌週から水曜日の放課後魔法勉強会に強制参加することになった。授業が終わるとイルヴァレーノが教室の近くまで迎えに行き、逃げそうになるのを捕まえて控え室まで連れてくるのだ。
入学式で転びそうになったところを助けて貰ったのと、平民出身であることからか、イルヴァレーノには比較的早い時期から心を開くようになっていった。
「ふふふ。いいですわ。エドアルド君のその表と裏をしっかり使い分ける姿はとても良いですわ!」
「本来、褒めることじゃないでしょ」
「私は、世を忍ぶ仮の姿を完璧に出来た日にはお兄様にとっても褒めてもらったんですのよ!」
今日は、ディアーナが貴族の二面性についてレクチャーする日になっていて、早速エドアルドとディアーナ、そしてアルンディラーノの三人で色々とやっていた。
控え室の中では天真爛漫で歯に衣着せぬ物言いをするディアーナと、ちょっと乱暴でざっくりとした口調のアルンディラーノが、向かい合って『貴族仕草でお互いを褒め合いながら挨拶をする』というのを実践してみせていた。
エドアルドは混乱するばかりなのだが、少し離れた椅子に座っているアウロラがそのキラキラ加減を被弾していた。
「はわわわわわ。ゲームスチルのアル様だわぁ。俺様王子様! どこまでも慈悲深く優しい未来の賢王たる風情あふるるアル様スタイル! やれば出来るんじゃ無いですかぁ」
本を読んでいるフリをしながら、余所行きの所作と口調を披露しているアルンディラーノを盗み見しながらブツブツと感想をつぶやいている。
「お兄様も言ってましたけれど、感じた事や思ったことをそのまま口に出すと相手を傷つけてしまうことがありますの。言い方が悪ければ誤解されてしまうこともありますわね。だから、本音と建前を使い分けるのは、他人にも優しい行動なのですのよ。そう言う意味で、荒っぽくて人を小馬鹿にしている態度を隠して、お利口さんで可愛いきゅるるん男の子を演じるのは全然悪いことではありませんのよ」
ディアーナも公私の私ではカインに甘えたり元気よく動いたり大きな声でしゃべったりするが、公では公爵令嬢然とした気品ある振る舞いをしているだけのことはある。裏表ある姿の大先輩といえるかもしれない。
アルンディラーノも公私を分けているが、ディアーナよりは私の範囲が広い。ディアーナと同じ表現をするのが嫌なせいか本人は『猫をかぶっている』という言い方をしてる。
「なんなんだよ、調子くるうな」
「いけませんわ、エドアルド様。今は、表の顔を整える練習をしているのですもの、ちゃんとなさって?」
「ディアーナ先輩♡ボク、もう寮に帰りたいナァ♡」
「あざといっ。それじゃあ媚びすぎだ。まず上目遣いをやめろっ」
「アルンディラーノ様、素が出てしまってますよぉ~」
端から見ると、ふざけてじゃれているみたいで楽しそうである。
ディアーナやアルンディラーノといった国内でも一二を争う身分の高い人間から、気さくに話し掛けられ、邪険にされず、見下されないという状況に、エドアルドは戸惑っているようだった。
「このまんま、ディアーナ達と友だちになって貴族嫌いを克服してくれると良いんだけど」
「……そうですねぇ」
カインとアウロラでそんな会話をしていたが、そのすぐ後にエドアルドが「もうかまうな! ばーかばーか!」と言って部屋を飛び出して行ってしまった。
「先は長そうだね」
そうカインはつぶやいた。それでも、もう面識を得たうえに詐欺・仲違い事件を辞めさせているので状況が悪化することはないだろうと楽観視していた。
翌週も、エドアルドは魔法勉強会に顔をだした。
その翌週の水曜日も、エドアルドはやってきて、アルンディラーノに勉強を見て貰ったり、ジャンルーカに速く走るコツを聞いていたり、クリスから筋トレの重要性を無理矢理言い聞かされたりして過ごしていた。
ひと月もする頃には、イルヴァレーノが迎えに行かなくても自分で魔法勉強会に来るようになっていた。
「ちゃんと来て偉いじゃ無いか」
と言ってカインが頭をなでてやれば、
「別に、優秀な先輩に教われる機会を逃したくないだけだからっ。ボクは商売人だから、損得で考えてるだけなんだからな!」
とツンデレのテンプレみたいな台詞を吐き出して、さらにアウロラとカインからぐちゃぐちゃに頭を撫でられたりしていた。
貴族と平民は、個人的には仲良くなれるし、場によって身分をわきまえなければならない場合でも、お互い尊重し合うべきだと考える貴族もいる、という事をエドアルドが分かってくれれば良いとカインは思っていた。そして、この魔法勉強会の場でそれがじわじわと達成できていると思っていた。
しかし、二月ほど経った頃から、エドアルドの顔色があまり良くない日があることにカインは気がついた。
「エドアルド、顔色が悪いようだけど大丈夫か?」
「ほんとだ! エディ君大丈夫? 今日はもうお家かえる?」
カインが声を掛ければ、カインの膝の上に座っていたディアーナも気がついて心配そうに顔を曇らせた。
「いえ……。あの、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
大丈夫とも大丈夫じゃ無いとも返事をせずに、カインとディアーナの顔をみながら上目遣いで聞いてくる。
「なに?」
先を促せば、めずらしく言いにくそうに口を開いた。
「カイン先輩とディアーナ先輩はご兄妹なのに距離感近いですよね……もしかして、そういう関係なのですか?」
何を聞くのかと思えば、とカインは盛大にため息をついた。
「そういう関係ってなんだよ。どこからどう見ても仲の良い兄と妹だろう? ねー?」
「ねー! お兄様は世界で一番のお兄様ですわ!」
顔を見合わせて同じ方向に首を倒しつつ「ねー?」とお互いに確認しあって笑い合っている。エドアルドはくるりと首をまわし、イルヴァレーノを見た。
「単なる行き過ぎたシスコンと過保護になれすぎたブラコンなだけですよ」
やれやれ、と肩を竦めながらため息交じりにイルヴァレーノが言うのを受けて、エドアルドは次にサッシャを見た。
「兄と妹以外の何者でもありませんわ。カイン様がすこし行きすぎて変態の領域に入ったシスコンではありますが、シスコンであるがゆえに、兄妹以外ありえません」
厳しい顔で答えられた。そもそも疑われた事を心外だと思っている顔のサッシャから、エドアルドは目をそらした。
「や、気持ちは分かるけどね。兄妹の距離感じゃないよね」
アウロラが呆れた顔で言い、
「でもまぁ、カインは時々イルヴァレーノにも同じ事してるからな」
とアルンディラーノも困った顔でフォローした。遠くでイルヴァレーノがむっつりとした表情を作っている。
「私も辛くて泣きそうだったとき、カインが抱きしめて慰めてくれたことがあるよ。基本的にカインの距離感が近いんだと思うな。……あ、幼かった時の話だよ? 学園生になる前の話だから!」
ジャンルーカもカインのフォローに回ったが、それによって今度はジャンルーカが泣き虫だったという話題に皆の興味が移っていき、カインとディアーナの貞操を疑う雰囲気は流されていった。
カインだけが、エドアルドの様子をじっとうかがっていた。
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