新入生の案内係

 ド魔学の入学式当日。


 黒髪のカツラに金色の目に見えるよう改造した眼鏡をして、『案内係』という腕章を付けたカインが図書室前に立っていた。

 その胸には「カイル」という名札が付いている。


「考えてみたらさ、黒髪も金目もそれぞれは別に珍しくもなんとも無いんだよね。お父様は黒髪だし、アウロラ嬢は金目だし、普通に居るんだよ。それが組み合わさったからってすなわち魔族なんて事にはならないわけでさ」

「はぁ」


 隣には赤い髪に赤い瞳のままのイルヴァレーノがやはり『案内係』という腕章を付けて立っていた。胸には普通に「イルヴァレーノ」という名札を付けている。


「逆転の発想だよ。黒髪金目の『カイル君』に変装した僕! ディアーナをコッソリ見守るために変装して紛れ込んでいる僕! こうすることで、魔族が人間に紛れ込んでいたとしても「変装カイン様を見かけたよ!」って情報があつまるわけさ!」


 エヘンと胸を張るカインに、イルヴァレーノは冷たい視線を送った。


「その姿のまま悪事を働かれたら『変装したカイン様が悪事を働いた』って言われることになりませんか?」

「アリバイがあれば良いんだよ! 僕はだいたいイルヴァレーノかディアーナと一緒にいるんだからアリバイはバッチリさ!」


 身内の証言はあてにならないのでは? と思ったものの、言うのも野暮だと思ったイルヴァレーノは口をつぐんだ。

 ディアーナとケイティアーノ達のお茶会後、後輩達を案内するディアーナを見守りたかったカインはどうにかこうにか、案内係の担当をゲットした。

出席日数は少ないが成績は問題無く上位であることや、筆頭公爵家の嫡男であることが功を奏した。カインではなく謎の生徒カイルとして参加することについても、自分のお小遣いから寄付金を積み上げることで納得させた。

 身元が確かである以上学園側としても無理にはねつける理由はなかったうえに、カインが異常なほどに妹を可愛がっている事は教師陣にも知れ渡っていたため、ため息とともに許可が下りたのだ。


「髪が短いのは見慣れませんね」


 イルヴァレーノが複雑そうな顔で言うが、


「元々イメージを変えるために伸ばしてたんだ。黒髪って時点でだいぶイメチェン出来てるからな、元の髪型に戻ったって構わないんだ」

「?」

「魔王が髪の毛伸ばしたままでいるなら、変装カイン君の髪が短ければ、それもアリバイになるだろう?」

「それはそうですけど」


 カイルになりきっているカインのカツラは短髪のヘアスタイルのもので、ゲーム版の攻略対象として描かれていたカインと同じ髪型である。

 もともと、ゲームのシナリオに反発するために髪を伸ばしていたカインは、黒髪なら短くしてもいいだろうと思い切ったのだ。


「カイン様の髪を整えるのが僕の仕事だったのに」

「カツラの手入れなんか適当でいいんだよ。地毛は長いままなんだからいいだろう? ブツブツ言ってないで案内係やるぞ。僕たちは迷子係なんだからぐるぐるその辺を見回らないといけないんだからな」


 カインとイルヴァレーノは、全部が決まった後にごり押しで入り込んだせいで二人のための配置場所がもう残っていなかった。

 そのため「迷子を見付けたら玄関まで案内する」という仕事を与えられた。ようするに、その辺うろうろしていなさいという投げやりな配置なのだが、ディアーナの勇姿を見たいという理由で立候補したカインにはとても都合が良かった。


「まぁ、年下後輩ルートの攻略対象者を見付けておくって目的もあるんだけどね」

「何か言いましたか?」

「いやぁ? 早くディアーナの勇姿を見に行かないと、新入学生の登校ラッシュが終わってしまうぞ!」


 カインはイルヴァレーノの腕を掴むと、急ぎ足で玄関方面へと早足で歩き出した。



 玄関前までたどり着くと、そこにはケイティアーノとディアーナが案内係の腕章を付けて立っていた。次々にやってくる新入生達に、


「入ったらミスマダムにご挨拶するんですのよ」

「入り口はこちらですわ。挨拶は一人ずつですから、順番にならんでくださいませ」


 と、案内をしていた。


「ディアーナが凜々しく案内しているっ」


 玄関前までは行かず、近くの柱から案内係としてがんばっているディアーナをのぞき見ているカイン。その後ろに控えているイルヴァレーノも付き合って一応柱の影に身を潜めている。


「こうしてみると、新一年生達にくらべてディアーナやケイティアーノ嬢はちょっと背が高いみたいだね。……ちゃんと成長しているんだねぇえええええ」

「泣かないでくださいよ、『カイル』様。今はディアーナ嬢はあなたの妹じゃないと言うことになっているんですから」

「泣いてないよ」


 その時、ディアーナがこちらをチラリと見てにこりと笑った。カインは小さく頷いた後に人差し指を口元に当てて「ナイショ」のポーズをとった。意思が通じたのか、ディアーナも小さく頷くと新一年生達の整列と案内の仕事へと戻っていった。


「さて、一応もらった仕事はちゃんとしないとね。一度校門の方へ行ってみようか」

「さすがに、校門から玄関までは一直線ですよ。迷子なんていないでしょう?」


 柱の陰から出て歩き出すカインと、それを追いかけるイルヴァレーノ。


「わからないぞ。好奇心が強すぎてふらふらと横道に逸れる生徒がいるかもしれないじゃないか」


 そう言って笑いながらカインは校門へと向かって歩く。

 校門から玄関までのまっすぐな道で迷子になる、というのはカインが前世でプレイしていた男性向けの恋愛シミュレーションゲームに出てきたキャラクタにいた。

 そちらは、ド魔学と違って男が主人公で攻略対象者が女の子のゲームだったので迷子になったのも女の子だったのだが。対象プレイヤーが男性向けか女性向けかの違いはあれど、同じ恋愛シミュレーションゲームなのでそんな天然ドジっ子枠がいないとは限らない。

 ただし、今日の目当てであるド魔学の最後の攻略対象者は、年下後輩ルートの『エドアルド・ヴァルテル』である。ゲームの初登場シーンは普通に校門で、案内係をやっていた主人公に案内されるというものである。迷子にはならない。

 悠々と校門への道を歩いて行くカインと、玄関へと向かって歩いて行く新入生達がすれ違っていく。案内係の腕章をみてぺこりと頭をさげる新入生達は、黒髪金目のカインに対して何か特別なリアクションをとるということも無かった。

 時々、カインの顔に見惚れて転びそうになる生徒もいたが、そういった子にはすかさずイルヴァレーノが手を貸して立たせて、先へと促していた。


「うわ。髪型がゲームと同じになってる。完全にツーピーカラーじゃん」

「口の利き方」

「カインせんぱ……カイル先輩? そんな堂々としてて大丈夫なんですか?」


 校門には、ゲームのシナリオ通りにアウロラが案内係として立っていた。カインと呼ぼうとして、その胸に付けている案内係用の名札に『カイル』と書いてるのを見て言い直した。


「今日の僕は謎の平民生徒カイル君なのさ。シスコンバレしてるせいで、誰も彼もが見て見ぬフリをしてくれる」

「今日は平民なんですね。じゃあ別にさっきの口の利き方でよかったじゃん」


 へっ。と鼻で笑ってアウロラはわざとらしく生意気そうな顔を作って小指で耳をほじるフリをした。


「いや。それでも一応先輩なんだから、敬ってくれてもいいんじゃないか……?」


 ヒロインがその態度はどうなの、とカインも肩を竦めた。

 気安く会話を交わすカインとアウロラの脇を、貴族の馬車が通り抜けていく。寮から歩いてきた寮生らしき生徒もぺこりと頭を下げつつ特に何かやりとりがあるわけでも無く通り過ぎていく。


「何も案内していませんね」


 校門の前にぼんやりと立つだけのアウロラの姿を見て、イルヴァレーノがぼそりとつぶやいた。イルヴァレーノの言葉にアウロラも真面目な顔で頷く。


「校門を入ればまっすぐ先に玄関が見えているのに、案内することなんか何もありませんよ。だいたい、去年はここに案内係の生徒なんかいませんでしたし」


 ここは閑職なんですよ、窓際族なんです。とアウロラは肩を竦めた。

 アウロラは成績優秀者だったために案内係に抜擢されたが、平民なので貴族の新入学生と直接対話が必要になるような場所に配置するのは色んな意味で危ないという判断が教師から下されたのだ。それで、当たり障りの無い、通り過ぎる生徒達を眺めるだけの場所に配置されてしまったということらしい。


「平民だから、という理由だけでは無い気もしますけど?」


 アウロラの奇行に覚えのあるイルヴァレーノが、呆れたように言葉をこぼした。


「確かに、私は美少女過ぎるのでこれで言葉なんか交わしちゃった日には貴公子に見初められてしまうかも知れませんもんね」


 どこまでも前向きなアウロラの言葉に、イルヴァレーノは無言で肩だけ竦めて見せた。カインは苦笑いである。


「まぁ、彼との初めての出会いの場はここでしたからね。ド魔学では物語の都合上かなって思っていましたけど、真実は意外と現実的な理由でしたね」


 イルヴァレーノも側に居るため、ゲームの内容と現実を比べていることを濁してアウロラがこぼす。本当は攻略キャラと仲良くなりすぎないようにしたいんですけどねぇ、とアウロラがぼやき続けている。



「エディは寮生だから、たぶん歩いてくるだろうね」


 そう言ってカインは校門から半身を乗り出して通りの向こうをのぞき込む。イルヴァレーノもカインの後ろから顔を出して門の外をのぞき込んで、カインが誰を待っているのか見ようとした。


「あの子見た目は可愛いし腹黒設定も他人事なら美味しいんでお気に入りキャラではあるんですが……」


 アウロラがわざとらしく大きなため息を吐く。


「実際に付き合うとなると嫌ですよね。腹黒キャラ」

「……まぁ、そうだね」


 微妙な顔でカインは頷いた。ド魔学は乙女ゲームなので攻略対象者の男の子達の恋愛対象は女の子である。なので、男であるカインは彼らの恋愛対象にはならない。

 だからこそ、安心してヒロインの代わりに攻略対象者達の心の闇を取り除く為の行動をとることが出来たとも言える。


 恋愛対象以外全て皆殺しにするヤンデレや、人見知りをこじらせて魔法の力で心を得ようとするツンデレや、権力に物を言わせて婚約者をすげ替える王族など、とてもじゃないが自分の恋人にしたくない。アウロラが攻略対象者と距離を置きたいと言う気持ちもわからなくは無いカインである。


「そろそろ、新入学生も全員登校した感じですかね?」


 カインと一緒になって校門の影から通りをのぞき込んでいたイルヴァレーノが、道から馬車や人影が無くなったのを見て言った。


「玄関の方はすこし混雑してるみたいですね。もう新しく登校して来なさそうなら私たちも玄関の方の手伝いに行きましょうか!」


 年下攻略対象者のエドアルドに会いたくないアウロラは、これ幸いとばかりに玄関へ移動しようと門に背を向けた。


 ゲームでは、学園の門をくぐったところで石畳に躓いて転んだエドアルドがカバンの中身をぶちまけてしまい、それを案内係だったアウロラが拾ってあげるという出会いのエピソードがある。   

『やってくる一年生も減ってきたし……』という台詞の後に

『そろそろ、皆の所に戻ろうかな』

『時間ギリギリに来る子もいるかもしれないし、もう少しここにいようかな』


という二つの選択肢が出てくるので、エドアルドを攻略するつもりがなければ『戻ろうかな』を選択し、エドアルドルートも確保しておきたければ『もう少しここにいる』を選択する事になる。

 アウロラとしては、遠くからスチルっぽいシーンをのぞき見出来れば満足なのでこの場に残って自分自身がフラグを立てる必要は無いのだろう。

 ゲームの選択肢的に『戻ろうかな』の行動をとりたがっている。

 しかし、カインはそれでは困るのだ。エドアルドが好きな子に振り向いてもらう為に、ディアーナの虐めをでっち上げて修道院送りするのを見過ごすわけにはいかない。

ディアーナの不幸な未来を回避するために、なんとしてもエドアルドの性根をたたき直さねばならないのだ。


「あっ」


 その時。少し高い、声変わり前の可愛らしい少年の声が背中から聞こえてきた。

 玄関に向かって歩き出していたアウロラと、そちらに意識が向いて門に背を向けていたカイン。

その後ろで、小柄な男の子が石畳の小さな段差に躓いてしまった所だった。

 ゲームのシナリオ通りであれば、エドアルドはそのまま転んでカバンの中身をぶちまけてしまう。

商人の子であるエドアルドは、貴族が沢山いる学園で貴族子息達に相手に商売をしようと高額な商品をカバンに入れて持ち込んでいたのだ。

 ぶちまけて、一部は壊れ一部は汚れてしまった商品を見て泣きそうになるエドアルドを、ヒロインが慰めながら一緒に商品を拾ってあげるというのが出会いのエピソードなのである。

 アウロラがやらないというのであれば、カインが代わりに商品を拾って慰めてやろうと思っていた。最初に優しくしてくれたのが自分と同じ平民ではなく、貴族令息だったとなればシナリオもだいぶ変わるはずで、エドアルドの貴族嫌いが少しは治る可能性があるんじゃないかとカインは考えていた。

 しかし、現実は甘くなかった。

カインは、エドアルドがぶちまけた商品を拾うことができなかったのだ。


「大丈夫か?」

「……だ、大丈夫です」


 振り向いたカインの視界に入ったのは、イルヴァレーノに抱きかかえられているエドアルドの姿だった。

 カインがアウロラに気をとられて門に背中を向けている間も門の向こうをのぞき込んでいたイルヴァレーノは、目の前で躓いたエドアルドを支えてやり、結果としてエドアルドは転ばずに済んだのだ。つまり、カバンの中身をぶちまける事も無かった。


「イルヴァレーノ先輩……」


 イルヴァレーノの胸元の名札をみて名前を確認したエドアルドは、そのままイルヴァレーノに支えられて立ち上がると、ぺこりと頭をさげた。


「し、失礼しました! 入学式に遅れそうなので、お先に失礼します」


 そう言って、エドアルドはパタパタと駆け足で玄関へと向かって走り去っていった。


「彼で最後みたいです。結局迷子になるような新入生はいませんでしたね」


 そう言って振り向いたイルヴァレーノの目の前には、目を丸く見開いているカインとニンマリと嫌らしい笑顔を浮かべたアウロラの姿があった。


「……なんだって言うんですか!」


 二人から正反対の注目を浴びて叫ぶイルヴァレーノの声に、被さるように入学式開始の鐘が鳴り響いた。入学式の案内係の仕事が終わった合図だった。

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