二年生になりました

 神渡りが終わり、学年最終試験が終われば短い休みを挟んで進級である。

 カインは五年生に、ディアーナ達は二年生になった。

リムートブレイク王国にまた春がやってきたのである。

 カインの部屋から見える中庭にも、白く小さな花が満開になった木が見える。ちらちらと花びらが散っていく先には古びた四阿があり、そこでささやかなお茶会をしているディアーナとその友人達の姿があった。


「僕もディアーナと双子コーデしたい」

「……。また、女装する気ですか?」


 カインの独り言に、イルヴァレーノがドン引きの顔で応えた。


「またってなんだよ、またって。まだ二回しか女装したことないだろ」

「……二回? ちょっとまってください、二回ですか? ディアーナ様が騎士行列に参加する為に入れ替わったアレ以外に、女装した事があるんですか?」

「あ」

「なんですか、その『しまった』って顔は。したんですか。女装」

「あーイルヴァレーノ? 双子コーデっていっても、男女のお揃いみたいな感じのデザインで揃えれば良いわけでさ、必ずしも女装する必要は無いしね?」

「ごまかしましたね? 何度も女装するとか、女装が好きなんですか?」

「女装の話はもう良いよ! 双子コーデの話だってば!」


 イルヴァレーノがカインの隣に立ち、カインの視線の先を追いかければディアーナとケイティアーノが並んで座っていた。二人で髪型をお揃いにして、似たようなドレスを着てお茶を楽しんでいる。ケイティアーノは時々ディアーナとデザインを揃えたドレスを着て左右対称の動きをしたり並んで座ったりして楽しんでいるのだが、今日もその遊びをしているようだ。

 同じブルーの生地を使ったドレスはデザインが異なっているのだが、レースや飾りの宝石などに同じ物が使われているので『お揃い』であることが一目でわかるようになっている。

 ディアーナとケイティアーノは見た目も性格も正反対なのだが、それが良い方に作用しているのかとても仲が良い。つり目でぱっちりとした目のディアーナと垂れ目気味で目の細いケイティアーノ。ハキハキとしゃべり行動的なディアーナと、おっとりとしたケイティアーノ。そんな色々な意味で正反対の二人なのに、お揃いのドレスを着ると本当に双子の様な気がしてくるから不思議である。正反対だからこそ、衣装を揃えることで鏡写しの様に見えるのかもしれない。


「あまり窓に近づかないでください。令嬢達のお茶会を覗いていると変態だと思われますよ」

「わかってるよ。後でちゃんと挨拶に行くさ」


 カインは、イルヴァレーノの言葉に肩を竦めながら窓から離れた。




「ケイティアーノ嬢、ノアリア嬢、アニアラ嬢、ご機嫌いかがですか?」

「まぁ、カインお兄様、ごきげんよう」

「カインお兄様、お元気そうでなによりですの」


 きっちりとした服装に着替えたカインが中庭へと出てディアーナの友人達に挨拶をすれば、それぞれがにこやかに挨拶を返してくれた。


「そういえば、皆は二年生の組わけ通知はもう受け取ったの?」

「ええ! 私は一組に上がることが出来ましたわ!」


 女の子四人のお茶会を見守っていた護衛の騎士が椅子を一つ用意してカインの席を作ってくれた。そこに腰を下ろしながら近況をきけば、ケイティアーノが弾むような明るい声で応えてくれる。


「私は二組のままですの。ディちゃんとケーちゃんと別の組になるのは残念ですけれど、のんびりとしたお勉強がちょうど良いんですの」

「私も二組のままですわ。ノアちゃんとまた一緒でうれしいですもんね」

 ノアリアとアニアラは引き続き二組のようだが、ケイティアーノは一組に繰り上げになったらしい。

「カインお兄様は、登校日数が少なかったですけど大丈夫ですの?」

「実技も座学もテストはちゃんと受けてるからね。問題無く五年生も一組だって通知が来たよ」

「あら残念ですわ。このまま行けば数年後に同じ学年になれるかもしれないと思いましたのに」

「ははは……」


 ケイティアーノのブラックジョークに苦笑いをしつつ、カインはサッシャの入れてくれたお茶を飲む。

 ケイティアーノが言うように、カインは魔の森事件以降、学校には数えるほどしか通っていない。表向きは公爵家の跡継ぎ教育が本格的になったから、としているが、もちろん本当は外見が変わってしまった為である。

 外せないテストの時にだけ金髪のカツラと目の色が変わって見える光魔法の掛けてある眼鏡をつけて学校へと通っていた。元々、ディアーナを見守るのに授業をサボっていた時、イルヴァレーノに同じ装備をさせて替え玉として授業を受けさせていたことがあるので、カインが時々メガネを掛けていたとしてもみんな気にしないという土台は出来ていた。

 カツラとメガネでごまかして授業を受けるにしても、何が切っ掛けでカツラが取れてしまうか、メガネが外れてしまうかわからないのであまり頻繁に通うのは憚られたのだ。

 イルヴァレーノが替え玉をしていたときは、カツラがズレて替え玉がバレたとしても「侍従に替え玉をさせていた」ことがバレるだけなのであまり問題ではなかった。カイン自体の評価は下がるものの、それだけである。しかし、カイン本人の変装がバレてしまえば、カインが変質していることがバレてしまうので大問題なのだ。

 試験などの必要最低限出席しなければならない授業のうち、魔法実技といったカイン本人でなければならない授業には本人に仮装したカインが出席し、そうでない授業にはカインに変装したイルヴァレーノが出席していた。


「カインお兄様、今日はディちゃんと皆で新入学生の案内係をしてみようって話をしていたんですのよ」


魔の森事件の当事者ではないケイティアーノは、カインの見た目が変わってしまっていたことを知らない。

ディアーナが家出した! とカインが大騒ぎして学園へと向かったところまでは知っているのだが、結局「無事に見つかって家に帰ったよ」としか知らされていない。

時々イルヴァレーノが仮装して代役を務めていることには気がついているようだが「うふふっ。メガネのお兄様はちょっとキザですわね」と言いながら知らない振りをしてくれていた。


「新入生の案内係?」

「ええ、去年も入学式の日に正門前から玄関までに何人か上級生の方達がいらっしゃったでしょう?」

「……いたっけ?」

「いらっしゃいましたもん」

「案内係の腕章を付けていましたの」


 カインが首をかしげると、ノアリアとアニアラも声を揃えて居たと言う。


「お兄様は、四年生からの編入でしたから。私の入学式も親族席へ直接いらっしゃったでしょう?」


 ディアーナがカインをフォローした。


「ああ、それで」


 自分には記憶の無い制度だったのか。上級生が下級生の入学式の手伝いに参加する、というのは前世の学校でもあることだった。大概は生徒会の生徒達の仕事だったと記憶している。


「それを、ディアーナやケイティアーノ嬢たちがやるって?」

「ええ。各学年の成績優秀な生徒が数名担当するのですって。もちろん、お断りすることもできるということでしたけど、私は是非ディちゃんと一緒にやりたいなって思ったんですの」

「断るとどうなるの?」

「どうもなりませんわ。次に成績の良い方に話が行くだけですわね」

「へぇ。ケイティアーノ嬢は勉強頑張ったんだね。そして、ディアーナも案内係に選ばれるほど優秀だったってことだよね! さすがディアーナ! ……ってあれ?」


 そこまで話を聞いていて、カインが気がついた。


「僕も成績優秀なはずだけど、案内係をしてくれって連絡きてないけど」


 知ってる? と後ろに立つイルヴァレーノに顔を向けた。


「カイン様の成績は次席でしたよ。ですが、四年生からの転入だった上に出席日数が少ない人を案内係にして何を案内させるっていうんですか」


 呆れた顔でイルヴァレーノから返された。


「言っておきますが、僕が代役している事は半分ぐらい教師にバレてますからね。幸い、同級生で気がついている人はいませんけど、教師の大半は気がついていて見逃してくれているだけですからね」

「え。バレてるのになんで怒られてないの?」

「他にも代役立てている生徒がいるからですよ。そっちはバレバレというか、隠す気もない感じですけど」


 大学で代返バレても怒らない教授みたいなもんか、と一度納得しかけたカインだが、そもそもド魔学には出席日数が足りないせいで留年するという制度はない。テストにさえ合格すれば進級できるし、それだって権力とお金でなんとかなる部分がある。さすが貴族社会というところであるが、カイン以外の生徒達は何故代役を立てているのかが謎だった。


「まぁ、学校に詳しくない生徒に新入学生の案内係をお願いしようとは思わないってことですよ」

「えー」


 たしかに、カインは学校の細かいことには詳しくない。

ゲームプレイで知った学校の秘密通路や仕掛けドア、ゲームキャラが所属していた部活動の内容なんかについては詳しいが、それ以外はさっぱりである。


「うふふ。案内係の日は私がディちゃんをお守りしますから、カインお兄様は心配なさらないでくださいね」

「じゃあ、私はケーちゃんを守ってあげるね!」


 キャッキャうふふとじゃれ合うディアーナとケイティアーノの姿を前にして、微笑ましく思うカインだったが、


「え……。それって、下級生に親切にして尊敬のまなざしを向けられる尊いディアーナをこの目で見られないってことでは?」


 入学式の日に学校に入れる在校生は、案内係の生徒か新入学生の親族だけである。


「おまかせくださいませ、カインお兄様。私がしっかりと目に焼き付けておきますわ」


 顔色を悪くするカインに向かって、ケイティアーノは胸を叩いた。その表情はすこし勝ち誇っているようだった。

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