ディスマイヤ生誕祭

 自分の見た目がすっかり元に戻ったことにより、王都に帰る気満々で準備をしていたカインにアルディが待ったを掛けた。


「そもそも、お祭りに領主代理として出席するために来てくれたんだから、ちゃんとお祭りには参加していって頂戴」

 その言葉に、領地にやってきた目的をすっかり忘れていたことに気がついたカイン。

「え、それはお父様が僕を領地に追いやる言い訳だと思ってました……」

「何を言っているの。本当はお義兄様の為のおまつりなのに、ちっとも領地に来ないから今年こそ絶対に来てねってお手紙を書いたのよ。代理でカインを送ってきたのだから、きっちり参加してもらいますからね」


 カインは叔母であるアルディの言葉を聞いて嫌な予感がした。父親が来るのを拒む、領地の秋の祭りと言えば……。


「ディスマイヤ様生誕祭よ」

「やっぱり!」


 ずっと、そのイベントの存在だけは風の噂で知っていた。

留学前、夏に遊びにくるたびに叔母や叔父、キールズやコーディリア、その他領地の騎士やすれ違う領民たちから漏れ聞こえていた秋のお祭り。

 父親が、恥ずかしすぎて絶対に参加出来ないと拒否し続けていた領地のお祭り『ディスマイヤ生誕祭』だ。


「お父様が嫌がるのも、わかる気はします。自分の誕生を祝うのに領地全体でお祭りにしちゃうのってちょっと恥ずかしいですよね」

「お爺さまにとって、お義兄様は初孫だったからでしょうねぇ。きっと可愛くて仕方が無かったのよ」


 アルディの言う通り、ディスマイヤ生誕祭はカインから見て曾祖父にあたる人が孫のディスマイヤが生まれたのに浮かれて制定した祭りである。

 領主城の庭を解放して食事が振る舞われ、領城から距離が離れている地域には祭り開催用のお金が配られる。


「俺が小さい頃は牛やヤギを配っていたらしい。重いし運送に人手がかかるし、なんなら牛ヤギ脱走事件なんかもあってね。今では準備金を配るようになったんだよ」


 とは、叔父のエクスマクスの言葉である。


「えーと。領主代理として祭りに参加するとして、僕は何をすればいいんですか?」


 カインが小さく挙手をしてアルディに質問をする。にこりと笑ったアルディは一枚のリストを差し出してきた。


「このお祭りは、お義兄様の誕生を領地を挙げてお祝いするのが目的だから、地域毎にやっている事が違うのよ。だから、それぞれの地域で領主にやってほしいことがちがうのよね」


 アルディのその言葉を聞きながら、渡されたリストに書かれている行事一覧に目を通して行く。


・毎年、木と藁で出来た牛の背に今年の年齢を刺繍したマントを背負ったディスマイヤ様の乗人形を乗せて荷車で引いて村中をパレードしている。もし領主様においで頂けるのであれば、年齢の刺繍入りマントを羽織って牛に乗り村中をパレードしていただきたい。


・毎年、領主様を模したカカシを村人達が制作し、一番領主様に似ているカカシを選ぶ『ディスマイヤ様カカシコンテスト』を開催しています。もし領主様においで頂けるのであれば、コンテストの審査員をしていただきたいと思います。


・その年結婚した新婚夫婦を村人が抱えて藁束の中に放り投げて、領主様夫婦のように末永く仲良くなるように祈願しています。もし領主様においでいただけるのであれば、一緒に新婚夫婦を藁束の山に放り投げる役をやっていただきたいと思います。


・我が村では初年度より『ディスマイヤ様生誕音頭』というダンスを作って村人が輪になって踊っています。ダンスの後は、いただいた牛や羊で宴会をしていましたが、お祝い金になってからは郷土料理での宴会にかわっております。もし領主様においでいただけるのであれば、ディスマイヤ様生誕音頭を一緒に踊り、宴会のカンパイの音頭をとっていただきたいと思います。音頭だけに。



 リストに書かれている行事一覧と領主様ご来場の要請内容にカインは頭を抱えた。


「……父が、この時期に領地に行くのを嫌がっていた理由がわかる気がします」


 カインは、心から父に同情した。祖父による初孫への愛がいろいろと変な形であちこちの地域に根付いてしまっている。この時期に領地にいれば、おそらくどこに居ても「ディスマイヤ様生誕○○」といった行事だの見世物だの展示品だのが目に入るのだろう。

 それにしても、領主への嘆願書だろうに「音頭だけに」ってなんだ。

 自分の誕生日だったらたまったものではない。


「……多分だけど、カインが領主になったらディアーナ様生誕祭という名前で同じ事が起こるんじゃないかしら」

「あぁ、なるほど……。カインはお爺さまに似てるんだな」


 カインが父に同情している隣で、アルディとエクスマクスはカインの横顔を見ながら妙に納得した顔で頷いているのであった。

 


 翌日から、カインは領城から行ける範囲のいくつかの村を見て回った。

 領主である父が来られないことをわび、嘆願書にあった要望をきける範囲できき、祭りの振る舞い料理として露天で出されている料理を食べて回った。


「もう、ちょっとまえは眼鏡は顔の一部です! って感じになってはいたけど、やっぱり温かいものを食べても視界が曇らないって素晴らしいな!」


 変装をする必要がなくなり、素の自分として思い切り行動できることに、カインは浮かれていた。本来なら恥ずかしいだろう『年齢の数が刺繍された真っ赤なマント』を羽織って牛にまたがり、ゆったりと村の中を進んでいる最中である。


「横顔をのぞき込まれないように神経使ったり、強風や何かに引っかけたりで髪が抜けないように気をつかう必要もありませんしね」


 実感のこもった声でイルヴァレーノが頷いた。カインの影武者として学園に通うことがあるため、変装がバレる恐怖を共有することができていた。


「髪の生え際がわかるような髪型にしても大丈夫だしね!」


 今日は父の代理なので、カインも大人っぽく見える様にと前髪を上げてある。カツラをかぶった状態では、うなじやおでこなどの髪の生え際はやはり不自然になりがちなので、決まった髪型しかできなかったのだ。


「やりがいがあります」


 イルヴァレーノもウンウンと牛を引いて歩きながら頷いていた。イルヴァレーノは村の祭りで牛ひき係が着る衣装を着せられていた。こちらもなかなかに奇抜な衣装なので最初は嫌がっていたが、でっかく数字が刺繍されている真っ赤なマントを羽織ったカインをみたら、そっちよりはマシかと諦めることになった。

 とにかく、カインの乗った牛が通り過ぎるのを手を振ったり旗を振ったりしながら沿道で応援してくれる村人達とは面識がないので、恥ずかしさもあまり感じない。旅の恥はかきすてだし、領主として本格的に町や村に視察に回るのはもっと先の話だし、その頃には今日の事なんて皆わすれてるよね! という楽観的な考えからだった。


「……ぃさ……ま」


 かすかに、聞き覚えのある声が聞こえた。カインはキョロキョロと周りを見渡すが、声援を送ってくれる沿道の村人たちしか見えなかった。知り合いはいないはずである。


「イルヴァレーノ、なんか聞き覚えのある声が聞こえなかった?」

「いいえ? 護衛で付いてきた騎士以外に、知り合いなんてここには居ないじゃないですか」


 そう答えながら、イルヴァレーノも視線をゆっくりと巡らせながら耳をすませた。


「お……ぃさま……」


 先ほどよりも、声が近づいてきているのがわかった。今度はイルヴァレーノも聞こえたようで、顔が真っ青になっていく。


「カイン様、僕ここで帰っていいですか?」

「なんで! 置いていくなよ!」

「知り合いがいないからこそ、こんな服を着て牛をひくことを承諾したんです! こんな姿、見られたらっ!」

「そんなの僕だって一緒だよ! いつだって格好いいお兄様でいたかったのに!」


 お祭りだから、周りは知らない人達ばっかりだから、今後ほとんどあうことのない人達だから。そんな理由で奇抜な格好をして村を練り歩いていたというのに。

 ずっと会いたかった、別れたくなかったのに父の命令でまた別れさせられていた愛しい存在。会いたいと、ずっと会いたいと思っていたし、領民からの嘆願が無ければこんなお祭り無視して帰っていたのに。

 よりによって今!


「お兄様!」


 今度ははっきりと、その可愛らしい声が耳に入ってきた。牛がゆっくりと歩いて行く道の先、沿道の村人にまざって小旗を振りながら手も大きく振っているディアーナの姿がはっきりと見えた。


「ディアーナぁあああ」


 会いたくて会いたくて仕方が無かった姿だが、今このときこそ会いたくなかった最愛の妹。まだ神渡り休暇でも無い時期なので、学校があるはずなのに。


「カイン様、お顔がぐちゃぐちゃですよ」

「ううっ。会いたかった気持ちと会いたくなかった気持ちと会えてうれしい気持ちとみられて恥ずかしい気持ちが混ざって表情が混乱してるんだよ」


 きっと、カインの姿が元に戻ったという知らせを受けて、飛んできてくれたんだろう。ディアーナのその思いはとても嬉しいのだが、牛の背に突っ伏して頭をかかえ、そのまま顔が上げられなくなってしまった。

 今こそ、真の意味で父がこの時期に領地に行くのを嫌がっていた気持ちを理解したカインなのであった。

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