神渡り
「というわけで、カイン・エルグランダーク復活でございます!」
領地でのディスマイヤ生誕祭巡りを無事に終わらせ、ディアーナと一緒に王都に戻ってきたカイン。早速水曜日の放課後魔法勉強会で魔王討伐隊のメンバーに完治の報告をしたのであった。
「おめでとうございます!」
「よかったなカイン!」
祝福を口にしながら、ジャンルーカとアルンディラーノがパチパチと拍手を送ってくれる。クリスは申し訳なさそうにうつむきながら、
「よかった……」
とつぶやいて、その後おめでとうとやっぱり拍手をしてくれた。
「これで、また今まで通り毎日学園に通えるんですか?」
と、アウロラが『バーンして』と書いてある大きなうちわを見せながら聞いてきた。この国には扇子はあるがうちわはまだ見たことがない。と言うことはアウロラが自分でわざわざ作ったのだ。
転生者であることをお互いにバラしてから、あからさますぎてカインは頭がいたかったが、一応鉄砲の形にした指でアウロラを指して少し跳ね上げて見せた。
「うっ。解釈違いなのに格好いいっ」
アウロラが胸を押さえてソファーの上に倒れ込んだ。
「みて! お兄様の髪と私の髪が同じ色なの! 地毛なのよ!」
ディアーナはカインの隣に立ち、自分の髪とカインの髪を一緒にまとめてフリフリと振ってみせる。領地で合流した時にもアルディやエクスマクス、キールズにも執事のパーシャルにも同じ事をやって見せながら城中を歩き回った。王都に帰ってきても、父ディスマイヤと母エリゼに同じ事をして、ほっぺたをぺったりとくっつけて「お目々の色も一緒でしょ!」とドヤ顔で見せ回っていた。
「ディアーナはちょっと落ち着け」
「これが! 落ち着いていられるとでも! これからは毎日一緒の馬車で学園にこられるし、時間があえば食堂でお昼をご一緒できるし、帰りも一緒の馬車でかえれるのよ!」
「なんか、ディアーナ嬢はカインに似てきたな……」
アルンディラーノになだめられ、さらに興奮したディアーナの様子にジャンルーカがひるんでいる。その様子をちらりと横目にみながら、相変わらず本を読み続けているラトゥールも口元はすこし緩んでいるようだった。
「まぁ、学校復帰そうそう、すぐに神渡り休暇にはいってしまいますけどね」
皆の前にお茶の入ったカップを置きながら、イルヴァレーノがツッコミを入れた。盛り上がっていた皆も「あー……」と残念がる顔で声を漏らした。
ディアーナとクリスが意気投合して魔王討伐隊を結成、魔の森へと出かけていったのは夏の終わり。そこからカインが家に戻るまで一週間かかり、ジュリアンを無事に国へと帰すのにも数週間。
療養のためと領地へと行き、元の姿に戻る為に色々したりディスマイヤ生誕祭で領主代理を務めたりしているうちに、季節は冬に入っていた。
「そういえば、皆は神渡り休暇どうするんだ?」
カイン復活の興奮がようやく落ち着いてきた頃、クリスが思いついたように皆へと問いかけた。
「神渡り休暇なぁ。今年から、ド魔学在校生宛の神渡りの宴の招待状を僕が用意することになったんで、その準備で忙しいかも」
アルンディラーノがそう言ってため息をついた。学園に入学してから少しずつ王族としての公務の練習をしているらしいとは聞いていたが、招待状を出す、となると対外的に正式な公務と言える。
「ジャンルーカは? 国に帰るのか?」
「神渡り休暇は二週間しかないでしょう? しかも、少し前に兄上の顔もみているし、こちらに残ろうかなって思っているよ」
サイリユウムの王都までは、馬車で片道七日かかるので、休暇が二週間しかないと帰る意味が無い。
それでも、ジャンルーカはサイリユウムの王族なので国境まで飛竜で迎えに来て貰えれば片道四日に短縮することができる。そうすれば向こうで過ごす日にちを稼ぐことはできる。
「遷都まであと二年ほどしかないからね。飛竜を僕の帰省に駆り出すのももったいないよ」
兄思いの良い子である。
「ラトゥールは? 長期休暇は寮の食堂が閉まるんだろう?」
「二週間ぐらいなら、水で……」
「いやいやいやいやいや」
キリッとした顔でそんなことを言うラトゥールに、部屋にいた皆でツッコミを入れれば、
「ふふっ。師匠の家に、行く予定」
ニヤリと笑いながらラトゥールがそういった。珍しく、冗談を言ったらしい。
「ティルノーア先生の家にいくのか。それなら大丈夫か……いや、実家に手紙はだしておきなよ」
カインが一言注意しておいた。シャンベリー家がティルノーア先生を『誘拐犯だ!』と訴えてしまえば、ティルノーア先生はだいぶ不利になってしまう。
「……わかった」
不満そうな顔をしながらも、ラトゥールは頷いた。
「大変だと思うけど、魔力制御の訓練がんばれ」
そう言って肩を叩くカインに、ラトゥールは小さく首をかしげた。この時期にティルノーアの家に身を寄せると言うことは、神渡りの時に街や城を飾る光の魔石の魔力こめをやらされるはずである。カインとディアーナ、イルヴァレーノも幼い時に家庭教師の授業だといってやらされた。
「アーちゃんは?」
「私ですか?」
ディアーナがアウロラへと話を振った。聞かれるとは思っていなかったみたいでビクッと肩をゆらしていた。
「街中の露店をお兄様と見て回ったり、ケーちゃんたちと孤児院に寄付する刺繍をしたりするのだけど、一緒にどうかなって思ったんだけど、予定あるかな」
「うーん。お誘い嬉しいんですが、お父さんのお店のお手伝いで忙しいと思います」
「アーちゃんもアクセサリー作るの?」
「いいえ、神渡り近くになると『オセーボ』需要でアクセサリーが沢山売れるんですよ。店先が忙しくなるので、店番のお手伝いをする予定です」
その『オセーボ』という習慣を広めた張本人だろうに、アウロラは「大変なんですよー」とかしれっと他人事である。
招待状作成の予定もギチギチというわけではないアルンディラーノと、寮にのこるジャンルーカ、騎士団が護衛仕事に忙しくて訓練がないクリスの三人は、一緒に街へ食べ歩きに行ったり鐘を鳴らしに行く予定について話し合っていた。
「ケーちゃんとはね、猫さんやうさぎさんの形をした綿菓子を食べに行こうって約束してるの」
「良かったら、父の店にも寄ってくださいね。お貴族様向けのアクセサリーも並べてますから」
「久しぶりに、セレノスタに会いに行くのもいいかもね」
「美味しそうなのがあったら、持って行ってあげるね!」
「私、甘い物よりはしょっぱい系のお菓子の方が好きですので」
「わかった!」
「遠慮しないんだな……」
カインとディアーナとアウロラも、神渡り休暇についての話題で盛り上がる。
それでも、年越しの瞬間の鐘は皆で鳴らしにいこうと約束してその日は解散になった。
その後、休み前の実力テストが三日に掛けて行われ、学年別ダンスの発表会というイベントが終わると、いよいよ学園は神渡り休暇へと突入した。
神渡り当日。
カインとディアーナ、アルンディラーノとジャンルーカの貴族王族組は王城の通路側から王城前広場へと行き、クリス、アウロラの平民組は街側から広場へとやってきて合流した。
「オセーボもだいぶ定着してきましたね」
鐘を鳴らす行列に並びながら、広場をぐるりと見回してアウロラがいった。
広場のあちらこちらでお互いにプレゼントを渡し合っている人が目に付いた。
「お歳暮を広めたのはお前だろう」
「おかげさまで、この時期はアクセサリーが飛ぶように売れて父さんがウハウハですよ。私も工房の売店手伝いでお小遣い弾んでもらえてウハウハですよ」
そう言ってアウロラが親指と人差し指でまるを作り、お金が沢山だというジェスチャーをする。
カインも、休暇中の街歩きでアウロラの父が働くアクセサリー工房へと立ち寄り、ディアーナに似合う髪留めを購入していた。
「お兄様に似合うブローチが沢山あって、迷っちゃったものね。アウロラ嬢のお父様の工房は良いもの沢山あって迷ってしまって大変だわ」
一緒に行っていたディアーナも、カインにブローチを買ってくれていた。そのブローチは今カインの胸元で輝いている。
「その節はお買い上げありがとうございました!」
「セレノスタ師匠も元気そうで何よりでしたわ」
アウロラは、店先が忙しいにもかかわらず、カインとディアーナを裏口へと案内し、工房で働いているセレノスタと会わせてくれたのだ。杖型の義足にも慣れてきたのか、松葉杖ではなく小さな杖だけで歩けるようになっていたセレノスタは、立派に成長して大人っぽくなっていた。大人達に交じって働いているせいか、カインの一つ下だというのにとてもしっかりとしていた。
「行列が進み始めたぞ」
アルンディラーノに声を掛けられて、前を向く。まだ年越し時間ではないが、行列の整理をはじめたのか少しだけ前へと詰められた。
やがて、野太い声で「今年も一年ありがとうございましたー!」と声が聞こえてきた。
「ありがとうございましたー!」
並んでいる皆で、声を揃えて復唱する。
「今年も一年よろしくお願いしまーす!」
少し置いて、年があけた事のわかる挨拶が響く。カインとディアーナは顔を見合わせると、自然と顔が緩んでくる。去年は魔王に襲われたり、体が乗っ取られそうになったり、髪と瞳の色が変わってしまったり、色々と大変なことがあった年だった。
でも今、こうして無事にディアーナと顔を見合わせて笑い合っていられる。それならきっと、良い年だったのだ。
カインとディアーナは、顔を見合わせたまま呼吸を合わせて息を吸い込む。肺一杯に吸い込んだ空気は冷たくてブルリと背筋が震えたが、それすらもおかしくて笑いそうになる。
ニコッと笑うと、二人で空を見上げて、声を上げた。
「今年も一年よろしくおねがいしまーす!」
もう、三人で一緒に引きますから! と主張しなくても、大きな鐘の下へと案内された。すっかり大きくなったカインとディアーナとイルヴァレーノ。それでも、鐘を誰よりも大きな音で鳴らすために三人で一本の綱を引く。
がらーんガラーンと、その夜で一番大きな鐘の音が街に響いたのだった。
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