友人との距離感

 カインが体を取り戻してから数日後、エルグランダーク邸まで一年生たちがお見舞いにやってきた。


「黒い髪のカイン様、見慣れないなぁ」

「せっかくの綺麗な金髪だったのに。なおらないんでしょうか?」

「髪の毛に回復魔法かけてみますか?」


 それぞれが、それぞれにカインに気を遣ってくれていた。


「お見舞いどうもありがとう。体はもう元気いっぱいだから心配しないで」


 カインの言葉通り、もう体はなんとも無いのでベッドに寝たきりにもなっていない。本来ならば応接室で対応する予定だったが、カインの今の姿をあまり人目にさらすのは良くないということで、カインの私室に皆であつまっていた。


「ただ、この姿で外に出るわけにはいかないから当分学校は休むことになりそうかな」

「……すみませんでしたっ」


 カインのしばらくお休み、の言葉を聞いてクリスがその場で土下座した。


「く、クリス? どうしたんだよ。何をそんなに謝ってるんだ」

「俺が……俺が、聖騎士になりたくて魔王を倒そうなんて言ったから、カイン様が……」


 おでこを床に擦り付けるようにして、クリスがカインに謝罪する。声は震えていて、泣き出しそうに弱々しかった。


「大丈夫だよクリス。結果的に皆無事だったんだから、それでいいんだよ。クリスも一生懸命魔王の体力削ってくれたじゃないか。僕が助かったのは皆が力を合わせてくれたおかげだよ」


 カインは椅子から降りてクリスの前にしゃがみ込み、その頭を優しくなでてやる。


「僕の方こそ悪かったよ。クリスがアルンディラーノの護衛騎士になるのに焦ってた事に気がついてやれなかった。いつも明るくて元気いっぱいなクリスをみて、安心しちゃってたんだ。僕がもっと相談に乗ったり出来ていれば良かったよね」


 ごめんね、というカインの言葉にクリスがガバリと体を起こした。


「何でカイン様が謝るんですか! カイン様は、俺の家族でも教師でもないんだから、俺の悩みを解決する必要なんてないんだ!」

「でも、僕とクリスは友人だろ。アルンディラーノとセットで弟みたいにも思ってる。なんでも、とまでは言わないけど、悩み事があれば一緒に解決してあげたいと思うのは自然なことじゃないか」


 カインの本音としては、心の闇を先回りして晴らしてやってディアーナの破滅エンドを回避したいだけである。しかし、七歳の頃から面倒を見ていた年下の子ども達に、愛着が湧かないはずはないのだ。子ども達は可愛い。子ども達の可能性は無限大だ。


「僕にとってはディアーナの幸せが一番だけどさ。だからって他の人が不幸になるのをなんとも思ってない訳じゃないんだよ。だから、今回の件についてあんまり罪悪感を持たないでほしい。なんにしろ、本当の言い出しっぺはディアーナなんだろ?」


 そう言ってクリスに向かって綺麗にウィンクして見せた。その美貌に一瞬心を奪われて、クリスの頬が赤く染まった。


「そそそそ、そんな顔しても! だまされませんから!」


 慌てて距離をとり、ソファーに座り直したクリスはやたらと首の後ろを触って「あちぃ」と言って手で冷やしていた。


「さて。それはともかくクリス君や」

「はい。なんでしょうカイン様。罰なら何でもお受けします」

「だから、罪とか罰とかは良いんだって。えーっと。僕は今ここに座っていて、侍従のイルヴァレーノはあっちにいるだろ?」


 そう言って、カインがソファーの斜め後ろを指差した。侍従のイルヴァレーノはカインの斜め後ろに立って待機している。


「はい。えーと。主人と護衛の距離感の話でしょうか? それは、アル様から先日聞きましたが」


 隣に座れる友人と、後ろに立つしかない護衛の話は先日の作戦会議でアルンディラーノから語られたばかりだった。


「うん。まぁ、その続きだと思って聞いてよ」


 といって、カインはポンポンとソファーの隣の座面を叩いた。


「イルヴァレーノここに座って」

「……嫌ですが?」

「空気読めよ」

「空気は透明なので、読み解くことは出来ませんね」


 カインの私室ではあるが、見舞客として大勢集まっている場である。公私で言えば「公」にあたるこの場所で、主の隣に座るなんて侍従からしたら出来ない相談だった。


「はぁ~。ここにいるのは、みんな友人ばかりだよ。放課後の魔法勉強会のメンバーばっかりじゃないか。公私で言ったら『私』だよ。わかったら座れ」


 そう言って、さらに隣の座面をポンポンと叩いた。

 イルヴァレーノは渋々といった様子で嫌そうにゆっくりと歩くと、カインから精一杯離れた、手すりギリギリへと腰を下ろした。


「……そんなに嫌わなくても良くないか?……コホン。クリス、見てみろ。すでに主人と侍従の関係になっている僕とイルヴァレーノだけど、プライベートな場所では友人として過ごす事ができるんだよ。これが、その距離感だ」


 いつかは主従関係になるのだから今だけは、少しでも長く友人関係でいたいと言ったアルンディラーノ。自分に期待していないのではなく、友人として大切にされているからこその言葉だったと理解したクリスはもう焦っていない。

 しかし、カインはさらに「主従関係になってからも友人で居続けることはできる」と言っているのだ。


「微妙に遠いですね」


 ぷっと笑いながらクリスが言えば、今度はカインがムスっとした顔でイルヴァレーノをにらみつけた。


「ほらっ! ここはクリス達に『主従の関係を超えて友情は育める』って見せつける良い場面なんだから、ちゃんとやれよ!」


 そう言ってカインは、今度は自分の太ももの上を叩いた。


「……本気ですか?」

「僕が本気じゃなかったことがあったか?」


 カインとイルヴァレーノはしばしにらみ合ったが、根負けしたのはイルヴァレーノだった。大げさにため息を吐きつつ、カインの膝の上に横向きに座った。


「ほら、どうよ! この仲良しっぷり! 主従関係の忠誠心と、友人同士の友情はどっちかしか選べない物じゃない。主従関係になった後だって、プライベートな場所でなら友人の距離感で付き合ったっていいんだよ」


 ニコニコと高説を垂れるカインだが、膝の上に乗っているイルヴァレーノは恥ずかしさに手で顔を覆ってしまっている。


「……あー。クリス、乗るか?」


 そう言ってアルンディラーノが自分のももを小さく叩いた。


「乗らねぇよ!」

「僕はクリスが膝にのらないからって、友情を疑ったりはしないからな」

「当たり前だ!」


 部屋の中の空気はすっかりと明るいものに変わり、クリスの表情も晴れ晴れとしたものになった。

ディアーナがさらにイルヴァレーノの膝の上にすわり、カインの太ももが爆発しそうになったり、なぜかアウロラがギラギラとした目でカインとイルヴァレーノを見ながら興奮していたりしつつ、カインのお見舞いお茶会は楽しい雰囲気のままお開きとなった。



 帰り道、馬車で送るというアルンディラーノの誘いを断ってアウロラは寮へと向かって歩いていた。


「今回の件で、はっきりしたことがあるわ」


 顎に手を当て、有名な推理アニメのキャラクタと同じポーズをとる。


「転生者は、ディアーナちゃんじゃなくてカイン様だわ」


 前世で悪役令嬢に転生する、というのはライトノベルや縦読み漫画では定番だった。

 その上、暗殺者になっていないイルヴァレーノが悪役令嬢の家で侍従をしていたり、天真爛漫で性格が良くなっている悪役令嬢だったりを見れば、転生者はディアーナだと思うだろう。アウロラは思っていた。

 しかし、ア・リ・スの脇役の口癖に反応しなかったり、年相応に迂闊だったり考えが浅かったりするのはおかしかった。


「学園の魔法の森では、わざとキャラクターと同じ台詞を言ったのね。転生者であることがバレないために」


 悪役令嬢が転生者で、心を入れ替えた為に兄に溺愛されたのかと思ったが、逆だったのだ。ゲームを知っていたからこそ、破滅エンドしかない妹を溺愛していたのだ。

魔の森に入り、ディアーナが魔王に体を乗っ取られるのを知っているのは転生者だけだ。

 とっさに、黒いネズミの形をした影からディアーナを守ったのはカインだった。きっと、知っていたのだ。聖騎士ルートの破滅エンドを。


「……そして、きっとカイン様の前世は……」


 掛けてもいないメガネを持ち上げる仕草をするアウロラ。おそらく、何かの探偵物のキャラクターのマネなのだろう。


「カイイルかイルカイ推しの腐女子に違いないわ」


 場の空気を和ませるために、お茶目な冗談のつもりでやったカインの行いがアウロラに盛大な勘違いをさせていた。

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