本質は変わらない。

関係各所への謝罪、そして後処理諸々が終わったのは一週間も経ったあとだった。


「やっとのんびりできるな」

「お湯が湧いております。入浴なさってください」

「うん。ありがとう」


 イルヴァレーノに促され、カインは私室の隣にある風呂場へと移動した。着ていた服を脱ぎ、熱めに張られた湯にゆっくりと体を沈めていった。


 洞窟暮らしも一週間程。その間は風呂にも入れず、近くの小川で顔を洗うのがせいぜいだった。前世日本人だったころも、公爵家嫡男に生まれてからも、こまめに風呂に入っていたカインは一週間も風呂に入れなかったのが、実は一番辛かったことじゃないかと、平和になった今になって思う。


 ふと、浴槽の横に置かれている姿見が目に入った。のぞき込めば自分の顔が写っている。

 転移魔法を使ったとき、新しいからだは黒髪金目で作られたのだ。さすがに角は無かったが、見慣れぬ自分の姿に小さくため息が漏れる。


 ティルノーアの話だと、顔を洗いに通った小川で毎日黒髪金目の自分の顔と対峙していたせいだろうということだった。

 流れる水に写してみていたので角までは意識に残らなかったのだろうが、黒髪金目という印象はしっかりと自分の中で付いてしまっていたようだ。

 謝罪祭りや挨拶回りは、イルヴァレーノに替え玉で代返させるときに使っていた金髪のカツラと瞳の色が変わるメガネを掛けて乗り切った。

 そうやって変装している時には鏡をみても自分の顔にみえたのだが、こうして落ち着いて風呂に入り、じっくりと鏡を見ると気持ちが落ち込んできてしまった。


「せっかく、ディアーナとお揃いの色だったのに……」


 ディアーナと同じ明るい金色の髪、ディアーナとお揃いの空色の瞳。

 もう身長も顔の丸さも全く違って着たというのに、二人が並べばみながそっくりという。


「大丈夫、おんなじですよ」

「イルヴァレーノ?」


 いつの間にか、ついたての向こうにタオルと着替えを持ってきたイルヴァレーノが待機していた。


「そちらに行っても良いですか?」

「別に良いけど、相変わらず自分でできるよ」


 カインは、入浴は全部自分でやる。着替えとタオルの用意だけイルヴァレーノがやってくれるが、入浴も洗髪も体を洗うのも自分でやる。単純に恥ずかしいからなのだが、カインの命令なのでイルヴァレーノも深くは追求せずにいつもついたての外で待機していた。

 ついたてを回ってやってきたイルヴァレーノは、浴槽のすぐ側に膝を突き、浴槽の縁に手を置いてカインの髪をひとつまみ持ち上げた。


「この髪は、俺が毎日手入れをしていたまんまです。つやつやでさらさらでまっすぐ。毛先だけ少しカールしてる所もディアーナ様そっくりです」


 そうして、髪をぱらりと手から落とすと、今度はカインのほっぺたをぷにっとさわり、そこから指を滑らせてカインのまぶたを優しく触った。


「目尻がつり上がっていて黙っているとキツく見えるのに、いつも笑っているから印象が柔らかいこの目もディアーナ様そっくりです」

「イルヴァレーノ…」

「旦那様の髪は黒いですし、金色の目は……きっと探せば祖先に誰かいます。兄弟で髪や瞳の色が違うなんて良くあることです」


 イルヴァレーノの顔は泣きそうにゆがんでいた。


「つり目な所も、ペン軸が乗りそうな長いまつげも、細い眉毛もディアーナ様にそっくりですよ。笑い方や歩き方、字の癖もディアーナ様にそっくりです」


 本当にそっくりです。と小さく繰り返した。


「ふふっ。生まれた順で言えば、ディアーナが僕に似てるんだよ」


 カインはイルヴァレーノのつたない慰めに、落ち込んでいた心が浮かんでくるような気がした。

 闇堕ちして、ヒロインに触る者みな皆殺しというイルヴァレーノの皆殺しルート。

 魔王になったディアーナを退治してしまうクリスの聖騎士ルート。

ディアーナの破滅ルートのうち、命を失うルートを両方とも潰せたのは確かだ。髪色が変わってしまうくらいの失敗は許容範囲って事にするか! と気分が軽くなったカインなのでした。

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