カイン救出作戦 2

凍った地面にさらに水が落ちたことで、黒カインは足が滑りすぎて一歩も動けなくなってしまった。足を少しでも動かすと転びそうになってしまうのだ。


「はぁああ!」


 足止め成功かと思いきや、黒カインは硬く長い爪で地面を思い切り殴った。ピキピキと氷がわれ、粉々になってとけていった。


「クソがぁっ! 殺す!」


 再び、爪を振りかぶって飛びかかってきた黒カインに、ジャンルーカとクリスが交互に剣で受け止め、剣の腹で斬りかかる。距離が近くなりすぎると、イルヴァレーノが投げナイフを足下に投げて牽制し、距離を取らせた。


 練習した甲斐もあり、一時間ほどは連携もうまく行って黒カインと付かず離れずの距離を保ち、殺さない程度に少しずつダメージをいれていけていた。

 黒カインも服はボロボロになり、あちこちには青あざなども右記で始めている。時々足がふらつくことも出てきたが、まだまだ疲労困憊までは到達出来て居なさそうだった。


「ディアーナ様、ラトゥール様、ボクちょっと休憩。魔力足りなくなってきた……」


 そう言ってティルノーアがその場にしゃがみ込んだ。魔導士団の団員で、魔法が上手く魔法で色んな事ができるティルノーアだが、ディアーナやラトゥール程の魔力量は無い。決してティルノーアの魔力量が少ないわけではなく、ディアーナとラトゥールとアウロラが膨大過ぎるのだ。


「ぐあっ!」

「交代!」


 クリスが受け方をミスし、爪を腕に受けてしまった。とっさにイルヴァレーノがナイフを握ってクリスの位置に立ち、代わりに腕を浅めに切りつけた。


「今、回復しますからね」


 イルヴァレーノと立ち位置交代したクリスに、アウロラが治癒魔法を掛ける。じわじわと皮膚が塞がり、元から怪我などしていないようにピカピカの肌になった。


「くそっ」

「ぐぅっ」


 ジャンルーカとイルヴァレーノが爪を真正面で受け止め、その重さに二人とも膝を突いた。


「まずいね……思った以上に体力と魔力がある。……カイン様は化け物だなぁ」


 中盤の位置から戦闘の様子をみつつ、ティルノーアも焦り始めてきた。想定よりも戦闘時間が長くなってしまっているのだ。

 魔力の消費をさせたいのだが、相手は牽制のために数回使っただけである。ずっと前衛として戦い続けているジャンルーカとクリスの体力も大分怪しくなってきた。普段から鍛えている二人なので、少しだけでも休憩出来れば復活できるのだが、その少しの休憩時間が作れなくなってきているのだ。


 「……撤退も視野かなぁ」


 ティルノーアには珍しい、悔しさのにじむ表情でつぶやいた。

 ふっと太陽が遮られ、皆の顔に影が落ちた。魔族や魔獣は暗いところでは力が増す。その為に晴天の昼である今日を結構日として決めたのだ。

 慌てて空を見上げるアウロラとティルノーア。


「えぇ?」


 そこには、信じられないモノがとんでいた。



太陽を遮る巨大なモノが、魔の森の空を横切っていた。信じられないモノを見る目で、ティルノーアとアウロラが空を見上げている。それ以外のメンバーは、よそ見をしている暇が無かった。雲がかかったのかな、ぐらいの気持ちで戦っていた。

 空を横切る大きな影から、小さな影が飛び出した。目の離せないティルノーアとアウロラの目に、その影はみるみる大きくなっていき、ついに目の前に落ちてきた。


 ドーンっ


「ふぅははははは! 英雄とは遅れてやってくるものなのだ! 褒め称えよ! 崇め奉れ!」

 落下と同時に高笑いをかまし、訳のわからない口上を述べたと思えば、おもむろに腰の剣を抜いて黒カインに向かう。押さえ込まれていた二人の間に入り、バトンを回すかのように剣をぐるりと回して二本の腕を同時に跳ね上げた。


「よくぞここまで持ちこたえた! 褒めて使わす! しばし休め!」


 イルヴァレーノとアルンディラーノに向かってそう叫ぶと、今度は体当たりするように刃ごと黒カインへと物飼っていく。そしてまた剣を回転。足払い。そして下から上へと跳ね上げるような大ぶりで、黒カインの爪をまるで万歳ポーズのように真上まで跳ね上げた。


「兄上!」

「あ、兄上?」

「じゃあ、あの人は」


 剣の柄でみぞおちを打ち、その反動を活かして剣をぐるりと回転させて切り上げた。


「俺はサイリユウム第一王子ジュリアンだ! 親友のピンチと聞いてはせ参じたモノである!」



黒カインがよろけたのを確認し、バックステップでジュリアンは前衛位置まで戻ってきた。そして腰を下ろして剣を構え、視線は黒カインから外さないまま、ジュリアンはニヤリと笑った。


「アルンディラーノ王太子殿下、お初にお目に掛かる! 魔法の維持も忙しかろうが、しばし俺の話を聞いてくれまいか!」

「あ、はい」


 ジュリアンに懐に入られるとやっかいだと思ったのか、黒カインが魔法を使い出した。しかし、居合いの要領でジュリアンがことごとく魔法を切りつけて霧散させて言ってしまう。


「実は、国境をすっ飛ばして飛竜でここまで来てしまったのだ! 後で一緒に謝ってくれぬだろうか!」

「はぁ?」


 国同士の取り決めで、飛竜はリムートブレイク国内には進入禁止になっている。ジャンルーカをネルグランディ領の国境まで送って言ったのも、そのルールがある為であった。


「一人で怒られるよりは、仲間が居た方が心的苦労が分散されるであろう? みなで怒られてほしい!」


 そう言い残して、ジュリアンはまた黒カインの懐へと飛び込んで行く。ジュリアンの剣は、大ぶりだが空振りすることも無く、大ぶりだからこそヒット時のダメージがでかい。何より、外から見ている人を魅了する剣だった。


 元気いっぱいのジュリアンが参戦し、休憩も順番に取れるようになったおかげで終わりが見えてきた。


 黒カインの息があがり、使う魔法の種類がしょぼくなってきたのだ。

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