大人の事情

 公爵家の嫡男が行方不明となった状態で、平穏無事な日々が送れるはずもない。

なんとかごまかそうとしたイルヴァレーノとディアーナだったが、魔王討伐隊の他メンバーから情報がもれてしまい、大人達の知ることとなってしまった。

 一体誰が! と憤ったディアーナだったが、アウロラが泣きながら

「ごめんなさい。黙ってたり嘘ついたりしたらお父さんとお母さんが牢屋に入れられるって言われて、ごまかせなかったの」

 と謝ってきたので、怒れなくなってしまった。

 むしろイルヴァレーノが「コレだから権力のあるヤツは……」とハイライトの抜けた目で空中を睨んでいた。

 ディアーナは私室に謹慎を言い渡され、部屋へはサッシャとイルヴァレーノだけが出入りを許可されていた。他の子ども達も、それぞれの家で謹慎処分になっているとらしいが、ジャンルーカだけは他国の王族なので通常通りの寮生活を許されていた。

 カインが戻らなくなってから三日目。

 ディスマイヤと国王陛下、近衛騎士団長と副騎士団長、魔導士団長とティルノーアがエルグランダーク邸の応接室に集まって、対策について話し合っていた。王宮の会議室では、どこから話が漏れてしまうかわからないため、エルグランダーク邸へと集まっている。

「そちらで囲っている、カインの侍従が毎晩様子見にいっているそうだな」

「はい。食事と着替えと届けに行かせています」

 王が聞き、ディスマイヤが答える。

「大人しく、カインの意識が魔族の意識を押さえ込めているウチに始末してしまえばどうだ」

 厳しい表情のまま、騎士団長がディスマイヤに向かって言い放つ。常に国王陛下の側に侍り、国王陛下の身を守り続けてきた近衛騎士団長である。国王が速やかに安全を確保できる方法を提案するのは彼の仕事である。

「あぁ~あ~。こぉれだから棒振りはノータリンって言われるんだよねぇ」

 大げさに肩を竦めてお手上げだと言わんばかりに手を上げ下げして、ティルノーアが騎士団長を馬鹿にした。騎士団長のこめかみがピクリと動いたが、表情はそのままで黙って立っている。

「一直線に最終手段を取ろうとするなんてさぁ。手抜きしすぎなんじゃなぁい?」

「黙れ」

「王様ぁ。王様ぁ。って、王様大好きなくせに、王様のことぜぇんぜん考えてなぁい」

「何を言うか。陛下の安全をいち早く確保できる方法を提案したまでだ」

「だぁからぁ~。その王様の可愛い可愛い息子さんであらせられる、王太子殿下はカイン様と大の仲良しなんだよねぇ。知ってたぁ? 近衛騎士団の練習サボってたから知らなかったかなぁ?」

「このっ」

「他のアイデアも試さないでカイン様殺しちゃった~なんて言ったら、王太子殿下泣いちゃうかもヨ?」

「黙れ!」

 のらりくらり、馬鹿にするような口調でしゃべるティルノーアに、ついに騎士団長が声を荒げた。しかし、ティルノーアは気にしたそぶりも見せずにソファーに身を沈める。

「ティル。礼儀正しくしなさいと言ったでしょう。ちゃんとしないなら、詰め所に帰しますよ」

 ティルノーアの隣に座っていた魔導師団長は、長いひげをしごきながらのんびりとティルノーアを注意した。ティルノーアは、従順に従う不利をして、ファビアンにだけ見える角度でベロを出した。

「魔導士団の。そなたには何か案があるというのか」

 国王陛下がティルノーアへと視線を向けて話し掛けた。ここまで騎士団長を煽ったのだから、代案がないとは言わせないという目でティルノーアを見つめてくる。

「色々な方法を考えて来たんですけどネェ。転移魔法を使うのはどうかと思いますねぇ」

「転移魔法?」

「はい。ボクも使えますけど、おっかない魔法なんでめったに使いません」

 国王陛下は、続きを話せとティルノーアに向かって手を振った。ティルノーアは、まずは転移魔法の仕組みを解説した。

 転移魔法とは、土魔法で新しい自分の体をつくりだし、風魔法で自分の魂を移動させ、魂の抜けた古い体を崩す事で完成する。

「ですので、カイン様が転移魔法を使って自分の魂だけを引っ越しさせて、元の体を魔王の魂毎崩しちゃえば良いんですよ」

 ボクの提案は以上です。とティルノーア締めた。

「そんなことが本当に出来るのか?」

「魂がすでに癒着を始めていた場合、魔王の魂も一緒に移動してしまい意味が無いのではないか?」

「魂の入った体が二つできあがり、カインは助かるが魔王もそのまま存在し続けるのではないか」

 そんな意見が魔導士団長や騎士団長、ディスマイヤから出され、その場合の対応作などについても意見交換が成されたが、全て憶測に過ぎないためやるかやらないかの判断は出来なかった。

「今のところは、カインも元気で魔王の魂を押さえ込めている様だからな」

 と言うことで、結論は翌日に持ち越しとなった。万が一体の主導権が取られてしまった場合に、王都内に居れば大変なことになる。ということで、カインの帰宅は許されなかった。


「という感じでした。いやぁ。ウェインズの兄貴に見つからないかとヒヤヒヤでしたよ」

 ディアーナの私室、バッティがテーブルに着いてお茶を優雅に飲んでいた。大人達の会議を盗み聞きしてきてほしい、というディアーナのお願いを聞いた見返りである。テーブルには甘いお菓子がたんまりとのっかっている。

「お兄様には、早く暖かいベッドで寝ていただきたいわ……」

しょんぼりとうつむき、力なくつぶやいたディアーナ。痛ましい目でそれを見守っているサッシャである。

「そうだ! お兄様をコッソリ連れ帰れないかな? バッティ!」

「勘弁してください。それはさすがに無理ですわ」

 断られて、またしょんぼりと肩を落とすディアーナ。

 ディアーナは、自分が魔王退治に行こう! と言ったせいでカインは魔王に体を乗っ取られたのだと自責の念に押しつぶされそうになっていた。

「ティルノーア先生は転移魔法を使えばお兄様と魔王様を分離出来るかもしれないって言っていたのよね?」

「そうッスね。なんか、色々難癖付けて却下されてるみたいでしたけど」

「反対されてるの……」

 バッティの言葉に、またうーんとうなりながら考え込むディアーナ。

「私は、ティルノーア先生の提案は良いと思う。本当に出来そうかどうか、危なくないかをもっと掘り下げてちゃんと考え無くちゃだめだけど、ダメっぽい理由があったらそれに対処できる別の方法も用意すればいいんだし」

「その通りだよぉ。ディアーナお嬢様ぁ」

 ノックも無しに、小さく開けたドアからするりとティルノーアが入り込んできた。

「やぁやぁ、そちらの真っ黒なキミは初めましてかなぁ? さっき天井に居たよねぇ?」

「ティルノーア先生!」

 ディアーナは立ち上がってティルノーアに駆け寄った。

「お久しぶりですねぇ、ボクのことちゃんと覚えていてくれて嬉しいですヨ」

「ティルノーア先生! お兄様を助ける方法を一緒に考えて!」

 ティルノーアの魔法使いのローブにしがみつき、ディアーナが一生懸命な顔でティルノーアを見上げてくる。

「エクセレント! ボクに『助けて!』って言うんじゃ無くて『一緒に考えて』って言うのは素晴らしねぇ! さっすがディアーナお嬢様。美少女魔法剣士はそうでなくっちゃね!」

 すがりつくディアーナの肩を優しく叩き、ティルノーアはウィンクを一つして見せた。

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