僕の妹はとっても可愛い! 自慢したい! 見せびらかしたい!
アイスティア領というのは、エルグランダーク家が治めているネルグランディ領と小さな領地一つ間に挟んだ北西の地にある領地である。馬車で早朝にネルグランディ領を出発すれば、深夜日付が変わる前には到着できるぐらいの場所にあり、忘れられた王兄殿下が領主として治めている。
王兄殿下は前王妃殿下である王太后から疎まれていたため、現国王陛下も王妃殿下もおおっぴらに友好を深めることが出来なかった。しかし、数年前にアルンディラーノの従姉妹(正確にはちょっとちがう)に当たる赤ん坊が発見されたことと、王太后が体調不良で王家の休養地に引きこもるようになったことから、視察と称して王妃とアルンディラーノが訪れる事が増えていた。
「アイスティア領は、ネルグランディ領の隣の隣だし、馬車でその日のうちにいける距離だろ? ははう……王妃殿下にお願いして現地合流にしてもらうから、ネルグランディ領まで僕も一緒に行く!」
テーブルに両手を突いて身を乗り出し、かなり前のめりであつく語るアルンディラーノだが、隣に座っていたジャンルーカが冷静にその腰を叩いた。
「王族がそんな簡単に、単独行動するなんて宣言して良いのか? だいたい、そのアイスティア領に行く道すがらだって視察の一環だろう?」
「ジャンルーカだって単独行動じゃないか」
「それはそうだろう。私は、留学中の身なんだから」
「何なら、アイスティア領に先に行っても良いぞ? ジャンルーカにもティアニアを紹介してやろう! 入学前に会ったきりなんだが、泣き声がとても元気よく大きいんだ! 耳を壊さないように注意しないといけないぞ? 二足歩行が出来る様になってからは投石器の石の様な勢いで腹に突撃してくるようになったんだけどな、最近はますます勢いよく走れる様になってきたらしくて……」
アルンディラーノは従姉妹のティアニアがお気に入りらしく、ジャンルーカに勢いよく語りかけ続けている。
カインはディアーナの頭を撫でつつ、さてどうした物かと首をひねる。
ディアーナや攻略対象、そしてヒロインであるアウロラがアンリミテッド魔法学園に入学し、いよいよゲーム時間が始まって半年。まもなく前期の授業も終了し、夏休みが始まってしまう。
振り返ってみれば、入学式や組分けテスト、交流のためのオリエンテーリングやダンスレッスン、合唱祭、運動会。ゲームで実装されていた学内イベントは一通りこなしており、ある意味シナリオ通りに時間が進んで行っているとも言える。
その一方で、出会う切っ掛けが無かった為に入学前に接点を持てなかった攻略対象者のラトゥールについては『放課後魔法勉強会』の仲間に引きずり込み、人間関係を精神魔法でなんとかしようと思う前に友人を作らせる事に成功しつつある。まだまだ人見知りだし性格に難のあるラトゥールだが、このまま手元に置いて様子をみていればディアーナに害を与えたりはしないだろうとカインは考えていた。
肝心のヒロインであるが、アウロラはどう見ても前世でオタクをこじらせた転生者であり、今のところは誰か特定の攻略対象者とどうこうなろうとしている様子はない。むしろ、あわよくばスチル回収してやろうと物陰に潜んでいる姿を見かける。ヒロイン自身が物陰に隠れていたらスチル回収も何もないだろうに、とカインは呆れているのだが、アウロラ本人はいたって楽しそうなので様子を見つつ放置している。
カインはチラリとアウロラとラトゥールが会話している方へ視線を投げる。
「そうだ、ラトゥール様もジャンルーカ様のお見送りについて行ったら良いんじゃない?」
「なぜ……そう、なる」
「そうすれば、ご飯食べ忘れることもないでしょう? 寮の食堂が朝夕開いている時だってジャンルーカ様が担いでこなければ本に夢中で食べ忘れちゃうんだから」
「そんなことない」
アウロラが夏休みのラトゥールをジャンルーカに押しつけようとしている場面を見てしまった。カインはうーんとうなりながらディアーナの頭に顎を乗せる。
「ねぇ、お兄様。そうしたらケーちゃん達も誘ったらダメかしら? もう学生になったのだから他家にお泊まりしたって良いのでしょう?」
カインに顎を乗せられたまま、ディアーナが頭を上げて聞いてくる。ディアーナの中ではもう、夏休みは皆でネルグランディ領に行って遊ぶんだと決定してしまっているらしい。愛するディアーナがそれを希望するのであれば、カインとしては叶えてやりたい。
攻略対象者達が目の届く範囲にいるのであればカインにとっても都合が良いし、『皆で一緒に』ということであれば、ディアーナが特定の誰かと特に仲が良い等と言った誤解が生まれることもなさそうだ。
「ジャンルーカ様と一緒に領地に行くのはお母様からきたお話だから良いんだけど……」
カインはそう言ってまずはアルンディラーノの方へと視線を向けた。
「アル殿下は、アイスティア領への視察前にネルグランディ領に立ち寄る事を王妃殿下から許可取ってくださいね。それと、ご自身用の護衛についてはちゃんと手配すること」
「わかってる! カインとディアーナのお母上も行かれるのだろう? だったら、母上がダメというはずないから大丈夫だ!」
カインの言葉に、アルンディラーノが大きく頷きながら胸を叩いた。カインの母であるエリゼと、アルンディラーノの母である王妃殿下は学園時代の親友で今でも仲が良い。視察ついでに親友同士で親睦を深める機会が持てるのであれば、確かに不許可とはいわない可能性が高かった。
「ラトゥールについては、家と絶縁状態だろうから許可を取ったりはしなくて良いけど、行き先だけはちゃんと伝えておくように。誘拐だとか言われても困るからね。手紙で構わないから」
「行くなんて……言ってないっ」
ラトゥールの方へ視線を移動してカインがそう言えば、ラトゥールは頬を膨らませてそんな返事をした。
「アーちゃんは? 一緒に行く? 領地はお庭もすごい広いし、小川が沢山流れているから水遊びも楽しいんですのよ」
「お誘いありがとうございます。でも、夏休みは親の手伝いをする予定なのでご遠慮しますね」
ディアーナがアウロラにも誘いの声を掛けたが、これは断られた。カインはちょっと意外だと思ってアウロラの表情を注意深く見つめてみたが、特に裏がある様子は見られなかった。
カインは、スチル回収やムービーシーン閲覧の為に物陰に隠れたり図書室で本棚の隙間に挟まったりしているアウロラだったら、攻略対象者大集合となりそうな夏休みの旅行に付いてくるんじゃ無いかと思っていたのだ。アウロラと攻略対象者の誰かが恋仲になれば、ディアーナの破滅フラグが立ってしまう可能性もあるので、来ないなら来ないで安心だとカインは胸をなで下ろした。
単純な話、アウロラは前世の記憶がありながらも、この世界での両親をきちんと両親として愛していたし、平民のアクセサリー職人の娘として地に足を付けて生きていこうとしているだけである。この世界がゲームの世界であり、自分の妹が破滅フラグだらけの『キャラクター』であると幼い頃から認識していたカインよりも、アウロラはしっかりとこの世界の住人として生きているのである。
「ケイティアーノ嬢達は、向こうの親御さん次第だね。お父様とお母様は僕が説得してあげるから、ディアーナは彼女たちに聞いてご覧」
「ありがとうお兄様! 大好き!」
カインの言葉に、ディアーナが膝の上で振り向いてカインに抱きついてくる。カインも抱きしめ返しながら、
「僕もディアーナが大好き!」
と叫んでディアーナの頭のてっぺんに鼻を埋めていた。
色々と調整をした結果、ディアーナの友人であるケイティアーノは祖父の許可が下りなかったからと言うことで欠席、ノアリアとアニアラは派閥の関係で別のパーティに出ることになっているため予定が合わず欠席ということになった。
ラトゥールの食事事情を心配したアウロラとジャンルーカの説得により、ラトゥールも参加することになった。ネルグランディ城の図書室の蔵書量について話したらくるりと態度を変え、「ジャンルーカ殿下が言うから仕方なくついて行くんだからな」というツンデレ発言をこぼしていた。
クリスはアルンディラーノの護衛役としてついて行きたがったが、見習い騎士でもないし騎士学校の生徒でもない為却下されてしまい、『アルンディラーノのお友達枠』での参加となってしまったことを、とても不服に思っているようだった。
こうして、まだ入学していない年下枠の攻略対象者と教師にならなかった教師枠の攻略対象者以外勢揃いの状態で、夏休みを迎えることになったのだった。
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