夏休みは、その計画を立てているウチが一番楽しいものだ
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夏休み前最後の水曜日。使用人控え室として借りている部屋にいつものメンツであつまって放課後魔法勉強会が開催されていた。「夏休みをどう過ごすのか」という話題で盛り上がっていた。
「ジャンルーカはやっぱり国に帰るのか?」
「うん。夏休みは二月近くもあるし、兄の仕事が忙しくなってきているそうだから手伝いも兼ねて帰国するつもり」
「そうかぁ。僕も夏休みの前半はとある領地の視察なんだよなぁ。後半は王都内の孤児院や救護院の慰問と視察の予定が入ってたりさ」
「ふふふっ。お互いに夏休みだからって休めないね」
アルンディラーノとジャンルーカが王族的な会話をしている一方で、
「夏休みの……寮の食堂が、夕食のみ……⁉」
「基本的にみんな家に帰るし、朝は寝坊して食べに来ない生徒が多かったんでやめちゃったらしいよ」
「……困る……」
「ラトゥール様、夏休みも家に帰らないの?」
「寮の方が、勉強、はかどるし……」
「でも、学園の方は閉まっちゃうから図書館も魔法鍛錬所も使えないよ?」
「!!!!!」
本に集中していて教師や寮監の説明を聞いてなかったらしいラトゥールが、アウロラに色々聞かされて今更衝撃を受けていた。
「兄貴は今年度で卒業なので、夏休みは仮の見習い騎士として騎士団と行動を共にするらしいんですよね」
「そうか、騎士学校は三年制なんだっけ」
「そうなんですよ。いいなぁ、俺も早く騎士になりたいなぁ」
「クリスは良いじゃない。ちゃんと卒業すれば騎士団の入団テスト受けられるんだから」
「ディアーナ様はそう言いますけど、魔法学園卒だと騎士学校卒より三年も出遅れる事になるんですよ」
「その分、魔法剣を極めて三年分ごぼう抜きで出世してやればいいじゃないか」
ディアーナと、ディアーナを膝に乗せたカインと、剣の素振りをしているクリスがそんな会話を交わしていた。もはや、魔法の勉強会とは? という状態であるが、長期休暇を控えた学生というのはそんなものなのだろう。
三々五々好き勝手におしゃべりをしている子ども達の声を聞き流しつつ、サッシャは壁際の椅子に座って本を読んでいた。希望者へのお茶はすでに入れ終わっていて、おかわりは各自でいれるルールになっている。放課後魔法勉強会の場は「真の姿」の場所だと認識しているので、ディアーナがカインの膝に座っていてもサッシャはもう怒らない。
コンコン、とドアが軽くノックされ、席を外していたイルヴァレーノがドアを開けて入ってきた。
「カイン様、家から急ぎの用とのことで手紙を預かってまいりました」
「急ぎの用?」
カインは首をかしげながら、ディアーナ越しに手を伸ばした。家ではないので手紙用のトレーもなく、素のまま手渡しでイルヴァレーノも渡してくるので、ディアーナが「ぷぎゅっ」と挟まれて鼻が潰れてしまっていた。
左手でディアーナの潰れた鼻を撫でつつ、右手で封書をくるくると表裏回してあて名と封蝋を確認してみれば、エルグランダーク家の家紋に水滴模様の入ったエリゼの印章で封がされていた。あて名はカインの名前になっている。
「母からだね。急ぎってなんだろう」
すでに今日の授業は全て終わり、放課後の課外活動中という時間である。あと二時間もすれば邸に帰る事を考えれば、その二時間も待てない用事だということが考えられる。しかし、本当に緊急なのであれば手紙を学校に預けた上で連れてきている使用人経由で渡すなんていう手間の掛かる事をする必要は無い。伝言を携えた使用人を直接派遣して、教師と一緒に教室まで来るか、生徒を応接室に呼び出すかすれば良いのだ。生徒のほとんどが貴族家の学園なので、そのあたりは柔軟なのである。
ディアーナを抱っこして手が離せないカインは、送り主を確認した手紙をイルヴァレーノに戻す。手紙を戻されたイルヴァレーノも当たり前のように受け取ると、ナイフで封を切って再度カインに手紙を戻した。
「お母様は、なんて?」
手紙を読んでいるカインの手元をディアーナものぞき込んだ。ディアーナの肩口から手紙を読んでいたカインは、ディアーナの視線を見ながら手紙をめくって二枚目にも目を通した。
「ジャンルーカ殿下~」
手紙を読み終わったカインは便せんをディアーナに手渡すと、顔を上げてジャンルーカの名を呼んだ。便せんを受け取ったディアーナはそのまま続きを読んでいるのかじっと目線を動かしている。
「カイン?」
「呼びました?」
呼んでないアルンディラーノも付いてきた。
「ジャンルーカ殿下、もう帰国時の馬車の手配はされましたか?」
「いや、まだだよ。アルンディラーノに相談しようと思ってたんだ」
カインとディアーナの向かい側のソファにはアウロラとラトゥールが座っていたので、ジャンルーカとアルンディラーノはテーブルの角を挟んで隣に置いてあるソファへと腰を下ろした。
「それならちょうど良かった」
とカインが頷いて、ディアーナが読み終わった手紙をジャンルーカへと差し出した。
「夏期休暇なんですが、国境までは僕たちと一緒に移動することになったみたいです」
「私の馬車は大きいので一緒に乗れますわね!」
母エリゼの手紙には、夏休みが始まったら領地へ避暑に行く予定であることと、その時にジャンルーカも一緒に行くことが書かれていた。エリゼはいつの間にかサイリユウムの王妃と文通友だちになっていたらしい。すでにサイリユウム王家とは話が付いていると記載されてあった。
カインとディアーナ、そしてエリゼが領地へと移動することになればネルグランディ領騎士団の王都邸隊が警護に就くことになる。ジャンルーカを国境まで送り届けるのに傭兵や冒険者などを雇うよりは安全を確保できるというものである。
「それって、日程はもう決まってるの?」
アルンディラーノがジャンルーカの手元をのぞき込みつつ、カインに聞いた。ジャンルーカが先に手配をしてしまわないようにと、用件のみ急ぎで学校まで手紙を送ってきたようで、詳しい内容は何も書いてなかった。
「日程などについては何も書いてないね」
ジャンルーカはアルンディラーノにそう言って、
「前期の終了日からエルグランダーク家にお世話になるのが良さそうかな」
と今度はカインに予定に付いて確認した。
「そうですね。国境まで飛竜で迎えに来て貰うんですよね?」
「そのつもり。兄上からも、飛竜を飛ばすから連絡しろって手紙が来ていましたので」
「余裕があるようでしたら、ネルグランディに到着してから連絡しても良いかもしれませんね。飛竜なら半日で国境まで来れますから」
「そうしたら、領地でも少し遊べますわね? あちらはお庭も広いし騎士団の訓練場所もあるので魔法の練習が思い切りできますのよ!」
「僕も!」
ディアーナも話に混ざり、夏休みの予定で盛り上がってきたところで、アルンディラーノが大きな声を出して手を上げた。
「僕も、夏休みの前半はアイスティア領とその周辺を視察に行く予定なんだ! だから、途中まで一緒に行く!」
目を大きく開いたアルンディラーノの顔からは、強い決意が見て取れた。絶対に、一緒に遊んでやるんだという、強い意志が。
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風邪を引いて寝込んでおりました。
皆様、体調崩さぬようご自愛くださいませ。
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