変わるラトゥール
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シャンベリー子爵家から学園へと戻る馬車の中、ラトゥールは感極まって泣いていた。
「あの、あの兄の顔! 散々馬鹿にしていた私に負けて、しかも大兄からゲンコツされて! 悔しそうだった!」
「でも、大丈夫でしょうか? なんか、あの人プライド高そうだし、復讐とかしてきませんか?」
ジャンルーカがうれし泣きをしているラトゥールにハンカチを差し出しながら、不安を口にする。
「大丈夫でしょう。その為に派手な飛び道具的魔法剣つかったんですし」
「どういうことでしょうか?」
ラトゥールの背中をさすってやりつつ、ジャンルーカは首を小さくかしげる。
「ああいう小悪党みたいな方って、負けても『良かった探し』をするのが得意な方が多いんですのよ。言い訳の余地を残すような勝ち方をしているので、あの方の中では『負けてない』事になると思いますわ」
「そう! ディアーナご明察だね! さすが、賢いなぁ。ディアーナは可愛いねぇ」
「アディールの大冒険に出てくるアマードルっていう小悪党もそうですのよ」
「負けてないから、逆恨みもしないって事ですか」
ディアーナは読書家だ! 素晴らしい! と褒め立てているカインを横に、ジャンルーカの相づちは少し疑問形だ。
「再戦の申し込みはあるかもしれませんわね。負けん気の強い方は、勝ち逃げされるとずっと心残りになるみたいですから」
そう言ってディアーナは馬車の窓から外を見る。
窓から見える、後ろを走る馬車にはアルンディラーノが乗っている。
翌週からは、ラトゥールは正式な寮生として自分の部屋が与えられた。ジャンルーカはまた一人部屋になると寂しそうだったが、一緒に食事が出来る友人がいなくならずに済んだ事を喜んでいた。
家出から正式な寮生になれたラトゥールは、次は奨学生を目指して勉強をがんばるのだと意気込んでいた。長兄がサインを入れてくれたものの、両親があの場に居なかったのでまだ安心できる状況ではないのだ。
「奇襲みたいな勝ち方でしたが、私が小兄を剣で負かしたのは事実ですから。父様と母様が騎士学校へ転入させようとするかもしれません」
「ラトゥールは魔法が強いからな。頑張ればできるさ」
「引き続き、剣術補習にも通うんだよな?」
アルンディラーノとクリスも、ラトゥールを応援している。魔法学園の中で剣術練習をする、数少ない仲間を手放したくないという下心もあるんだろうが。
「カイン様、ありがとうございます。中兄が居ない日を狙ってくれたんですよね」
「何のことかな」
クリスの情報や、近衛騎士団と王宮騎士団の合同訓練に参加してわかったことだが、ラトゥールの中兄はとても好戦的な性格で、誰であろうとも手加減をしないタイプだった。
常に全力で当たる事こそが騎士道であり誠意であると考えている人間なので、ラトゥールの奇襲が決まって一撃を入れられたとしても、長兄に止められたとしてもどちらかが倒れるまで試合するハメになった可能性があるのだ。好戦的なので、決闘となればリンダールを押しのけて自分がやると言い出しかねない。同じ騎士団員という立場と、体格がそんなに変わらないことから長兄でも止められるかわからなかった。
リンダールであれば、まだ学生で体も成長途中であり精神も未熟だ。再戦を希望しても長兄が押さえられるし、勝率が一番高いのもリンダールだった。
何より、ラトゥールを一番いじめていたのがリンダールだったので、それを中兄に邪魔されない為にも、カインは中兄が騎士団で外せない仕事がある日を狙って家に帰るよう仕向けたのだ。
アウロラが、セレノスタに頼んで薄い眼鏡を作り直して持ってきた。ディアーナがお古のリボンをプレゼントし、サッシャが中途半端に伸びた髪を結んであげていた。
歩いているとだんだん猫背になっていくラトゥールだが、時々思い出したようにシャキッと背筋を伸ばす姿がクラスで見られるようになった。
「眼鏡越しに目が見えるようになって、髪も結んで顔がよく見えるようになったな。モテる様になったんじゃないか?」
からかうように、探るように、水曜日の放課後にカインがラトゥールに聞いてみた。
「前よりも、声を、掛けてもらえるようには、なりました。魔法についてお話する人がふえて、楽しい、です」
「恋人にしたいなぁとか、好みだなって子は?」
カインの言葉に、ラトゥールはおかしそうに笑った。
「そんなことより、今はもっと魔法を沢山覚えたいです」
自分の恋心を成就させるために、洗脳魔法を使うような少年はもうそこには居なかった。
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