ラトゥールの葛藤 3

 クリスから渡されたメモによれば、ラトゥールはド魔学に通うことを家族から歓迎されていないということだった。

 小さい頃から剣術を仕込まれていたが伸びず、七歳頃には両親や兄たちから見放されて居た。

家庭教師により勉強は出来る方だと言うことがわかり、騎士団事務員にするべく経理や経営などに関する勉強をさせられていた。

 それも、剣が弱いくせに騎士団に関われるように手配してあげているのだから感謝しろという態度だった。


 貴族の勤めとして魔法の家庭教師もいたそうだが、やる気も無く適当な事を教えていたようで、魔法の勉強を独学で先行させていたラトゥールに追い出された。騎士至上主義の両親はそれ以降、魔法の教師を新たに雇ってはくれなかった。

 昼間はぎっちり騎士団事務向けの勉強をさせられていたので、魔法の勉強は隙間時間や寝る時間を削って独学で続けていたが、寝不足で倒れたことも一度や二度ではなかった。倒れる度に家族から文句を言われていたそうだ。


 ド魔学には、ラトゥールが自分で入学届を出し、制服はド魔学卒業生のお古をどこかから貰ってきたのを着用している。それについても、家族からは恥をかかせたと責められたそうだが、天下のアンリミテッド魔法学園に入学しておいて取り消しする、という方が外聞が悪いためにしぶしぶ通わせて今にいたる。

 家から学園まで、王宮騎士団詰め所への通り道だというのに馬車に乗せてもらえず、毎日歩いて通ってきている。


 アルンディラーノと親しくなったのを知って「やはり騎士団の事務方に就職させて王族とのコネを騎士団に還元させたい」という欲目が出てしまったようで、魔法使いの象徴とも言える長い髪を切り落として魔法使いになることを諦めさせようとしている。


「端的に言ってクソだな」


 放課後に、使用人控え室でメモを読んでいたカインは、不快な気分を吐き出した。

 今日は水曜日ではないので、一年生組が来る予定は無い。


「しかし、仮にも子爵家のご子息ですから、俺みたいに拾ってきたと言って囲い込む訳にもいきませんよ」

「ラトゥールの兄達に決闘を申し込んで魔法でコテンパンにやっつけてやるってのはどうだろうな?」

「ただでさえ悪い騎士団と魔道士団の仲がさらにこじれるだけだと思いますよ」


 カインがテーブルの上に放り出したメモを拾って、イルヴァレーノも目を通している。視線はメモの上の字を追っかけているが、耳はカインの方を向いている。


「ティルノーア先生は騎士のことを『棒振り』って言ってたもんな………」


 元々、騎士団と魔道士団は仲が悪い。このメモにあるとおりの騎士至上主義の脳筋一家には、どれだけ魔法使いが有用であるかを説明したって考えを変えることは無いだろう。


「いっそ、魔法学園を辞めて経営学校か騎士学校に転校してしまえば、ディアーナ様の前からは居なくなるんですし都合がよろしいのではないですか?」


 ディアーナ至上主義で、ディアーナの幸せを常に願っているカインが、異様にディアーナに接触させたがらない人間が時々いることにイルヴァレーノは気がついていた。

 子どもの頃はアルンディラーノとディアーナの婚約が整うことを異常に恐れていたし、ジュリアンとジャンルーカにはその存在すら隠していた。不法侵入で誘拐未遂犯のマクシミリアンについても、手間暇かけて魔道士団への入団に道筋を付けてやっていた。後ほどから聞けば、ティアニアの存在を隠したかった王妃の都合で罪に問わずに解放した場合、平民に落とされた上で監視のしやすいド魔学の教師として飼い殺しになっていた可能性が高かったのだとか。そうであれば、ディアーナが入学予定の学校に教師として存在させないために骨をおったのではないかとすら考えられる。

 今回も、カインが積極的にラトゥールの面倒を見ていると言うことは、ラトゥールは『それ』にあたる人間なのでは無いかとイルヴァレーノは推測したのだ。


「魔法の勉強がなさりたいラトゥール様には申し訳ないですが、それでディアーナ様の平穏は守られますよ」


 イルヴァレーノの冷たいとも言える意見に、カインは頭を抱えた形で机に突っ伏した。


「そうなんだよなぁ………」


 絞り出すような声で苦悶するカインの後頭部を眺めて、この人は出来ないんだろうな、とイルヴァレーノは困った笑顔を浮かべていた。

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