魔法の森の冒険 3

 しばらく歩いて、ようやく一つ目の札を見つけることが出来た。


「入り口から近い札は、先に森に入っていったグループに取られてしまっていたんだろうね」

「途中に、リボンだけぶら下がっている木もいくつかありましたものね」


 ブルーのリボンで白いカードが木にくくりつけられていた。グループ内で一番背の高いアルンディラーノが手を伸ばして取り、くるりと裏返してお題と次のカードの場所を確認した。


「妖精を捕まえろ、と書いてあるね」

「パスだな」


 お題を読み上げたアルンディラーノに対して、ラトゥールが素っ気なく課題放棄を宣言した。


「諦めるのが早すぎるんじゃ無いか?」

「妖精なんか見たことない。いるかどうかもわからない物を探して時間を浪費するのは無駄だ」

「ラトゥールはこういう時ばっかりしっかりしゃべるなぁ」


 アルンディラーノが肩をすくめて呆れた声をだす。ディアーナは一歩踏み込んでアルンディラーノのカードをのぞき込み、次のチェックポイントの場所を確認した。


「お兄様は、この森には妖精が居るかもしれないよっておっしゃっていたんですの」

「カイン先輩が?」

「お兄様の言うことですもの、きっと妖精はいるんですわ。探してみても良いとおもうんですの」

「カインが言うなら、居るのかもしれないな。なんせ『魔法の森』っていうぐらいだし」


 ラトゥールはうさんくさい顔で、ディアーナとアルンディラーノは真面目な顔でそんなことを言っている。なんだろう、二人のカインに対する信頼度が嫌に高い。


「あの、ひとまず妖精を探しつつ次の場所へ移動するというのはどうでしょう?」


 小さく手を挙げて、アウロラも会話に参加する。せっかくゲームの世界に生きているのだから、この世界を楽しみたい。攻略対象達と積極的に恋愛したいわけでは無いが、せっかくの魔法の世界なのだから、不思議な世界を体験したい。


「あっ。あぁ……えっと。うん」


 アウロラの存在を思い出したのか、ラトゥールが突然挙動不審になった。瞳が見える眼鏡に、綺麗に結われた髪の毛のおかげですっかり美少年の見た目になっているラトゥールだが、やはり人見知りはそう簡単には直らないようだ。


「そのカードのお題を諦めるか、こなすかしないと次の場所に行けないという訳ではないんですよね? ゴールするまでに捕まえられたら良いなぁ~ぐらいの気持ちで次にいきましょう」


 アウロラは、RPGで複数のお遣いクエストを一気に受注しておいてメインシナリオのついでにクリアしていくタイプのゲーマーだった。

 ド魔学は乙女ゲームだったので、お題が出る度にイチャイチャコラコラしながらクリアしていたが、ここは選択肢が出てくるわけでも無い自分の生きる世界である。ある程度は好きにやったっていいだろう。


「そうだね、アウロラ嬢の言う通りだ。ここで妖精の存在を議論してもそれこそ時間の無駄というものだね」


 春のそよ風のように爽やかな笑顔で頷いたアルンディラーノは、カードを指先に挟んでピッと顔の横で振りかざした。


「先へ進もう。僕らならきっと皆に追いつけるさ!」


 キラリと光りそうな白い歯を見せて笑うアルンディラーノ。

その姿を見て、アウロラが叫んだ。


「スチル回収アザアアアアアアアアアアアアアアアッッス!」


 アウロラの突然の叫び声に近くの木々から一斉に鳥が羽ばたいて逃げ出し、その反動で木の枝や木の実がザバザバと雨のように降り注いできた。

 決めポーズのまま目を丸くして固まっているアルンディラーノの上にも小枝や枯れかけの花びらが容赦なく降り注ぎ、アウロラの声に驚いて尻もちをついたラトゥールはその膝の上に木の上で昼寝をしていた牙狸が落っこちてきて丸くなって震えていた。

 ディアーナも驚いてあとずさり、背中を木にぶつけたせいで鳥の巣から巣立ち寸前のひな鳥が頭の上に落っこちてきた。


「……あ」


 我に返ったアウロラが、振り上げていた拳を下ろして汚れても居ないスカートのホコリをささっと払う仕草をした。ごまかすように髪の毛先を指先でくるくると巻くようにいじると、上目遣いに三人を視界にいれて照れ笑いした。


「えへっ」


 ヒロインだし、笑ったらごまかせるかな。というダメ元の行動だったが、アルンディラーノはポカンとしたままだし、ラトゥールはなぜか膝の上で丸まっている狸の背中を撫でて心を落ち着けようとしていた。


「あの、えっと。アルンディラーノ王太子殿下の決めポーズが格好良かったので、ついテンションが上がってしまったと言いますか……」


 両手の指先をツンツンと合わせながら、恥ずかしそうに言い訳を連ねるアウロラ。恥ずかしそうにうつむきつつ、チラチラと三人の顔を順にうかがっている。


「あの、その。急に大きな声を出して、驚かせてごめんなさい!」


 あまりにも皆から反応が返ってこないので、ついにガバリと上体を倒して謝るアウロラに、ようやく三人が我に返った。


「あ、気にしないでアウロラ嬢。僕の決めポーズが格好良すぎるのが悪いんだ」

「ぷっ」


 慰めようとして、アウロラの言い訳を反芻したアルンディラーノの言葉にディアーナが吹き出した。


「あははははは。あっはっはっはっは」


淑女らしくない、明るく元気な笑い声が森に響く。今度はディアーナが、大きく口を開けて声をあげて笑い出したのだ。


「お、面白いね。面白すぎるよ、アウロラちゃん!」


 ひーひーと呼吸困難になりつつ、ディアーナはお腹を抱えて笑い、ついにはしゃがみ込みながらも笑い続けている。


「お、おい。ディアーナ、真の姿に戻ってるぞ」


 ディアーナが普段は世を忍ぶ仮の姿であることをアウロラは知らないと思っているアルンディラーノが、ディアーナに小さな声で話しかける。心配している風を装って、隣にしゃがみ背中をさすってやりながらアウロラの視線を遮ってやろうと位置取りを気にしている。


「あははは。はー。大丈夫、大丈夫だよ、アル殿下」


 ようやく頭を上げたディアーナは、涙を指で拭いながらふらふらと立ち上がった。


「ディアーナ?」


 しゃがんだまま見上げてくるアルンディラーノの肩をポンポンと叩くと、ディアーナは快活にニカッと笑った。そこに淑女らしさはみじんも無い。


「アウロラちゃんとはね、お忍びで町のアクセサリー工房に行ったときに出会ったの。その後は孤児院でも度々あってお話もよくしたし孤児院の子達と一緒に遊んだりもしてるの」

「それじゃあ……」

「そう。アウロラちゃんは私の真の姿を知ってるの。つまり、ここに居る人はみんな私が普段は世を忍ぶ仮の姿で居るってことを知ってるってこと。森の入り口からしばらくは、他のグループがまだ居るかもしれないからおとなしくしていたけどね。ぷふっ。アウロラちゃんの叫び声と、アル殿下の間抜け顔みてたらおかしくって我慢できなくなっちゃった」


 一度は落ち着いたのに、しゃべっているうちに思い出し笑いがこみ上げてきてしまい、また笑い出すディアーナ。


「えっと。ディアーナ様は、アルンディラーノ王太子殿下と幼なじみなんですよね?」

「そうだよ。四歳の頃に王妃様主催の刺繍の会でおんなじ年頃の子を集めてからずっとね。腐れ縁っていうヤツですわね」


 ディアーナの返事を受けて、アウロラは一つ頷く。ディアーナが淑女ぶる前からの友人であれば、ディアーナの素の姿を知っているのは理解できる。では……


「ラトゥール様は? ラトゥール様とも入学前からのお知り合いなのですか?」

「ううん。違うよ。ラトゥール様とは、入学してから知り合いましたのよ」

「それなのに、素の姿を知ってらっしゃるのですか」


 アウロラの質問に、ディアーナが困った様なおかしいような複雑な笑顔を浮かべて肩をすくめた。小粋な感じのその動作は、格好良いがやっぱり淑女がする動きでは無い。


「毎週水曜日の放課後に、お兄様を交えて魔法の勉強会をしていたんですのよ。でも、そこでのラトゥール様の態度がもう悪くて悪くて。ちょっとブチ切れてしまったんですの。ついでに、勉強会に押しかけてきたアル殿下も隙あらばお兄様を横取りしようとするもんですから、やっぱり素が出てしまいましたの。そこで、ラトゥール様にはバレてしまったんですのよ」

「……怖かった」


 ディアーナのぶち切れた様子を思い出したのか、ラトゥールがブルリと震えながらぼそりとつぶやいている。


「全然、忍べて無いじゃん」

「あはは」


 アウロラは、毒気が抜けてしまった。入学式に壁ドンされてお願いされた「素の姿を黙っておいてね」という約束は、アウロラが破るまでも無くほころびだらけだったようだ。

 ただ、今のディアーナは明るくて前向きで屈託の無い女の子に見える。男子生徒の取り合いで意地悪をしてきたり、身分を笠に着て嫌味を言ってくるような子には見えない。

 同じクラスで勉強をして、そして友だちになるんだったら断然今のディアーナの方が良い。


「世を忍ぶ仮の姿の時でも、品位に問題なければアウロラと呼び捨てにしてください。もしくは、ちゃん付けで」

「ありがとう、アウロラちゃん。じゃあアーちゃんって呼ぶね! アーちゃんも私の事気軽に、と言いたいところだけど、ごめんね。多分他の人からアーちゃんが怒られちゃうね。その代わり、素で居られるときにはディーって呼んでいいよ」

「ん。ありがとう、ディーちゃん」


 なんだか、女の子二人がほんわか仲良しになっているのを見ていた男子二人がなんとなく顔を見合わせて、そしてまた女子二人に視線を戻す。

しゃがんだままだったアルンディラーノは頭を抱えてさらに丸くなった。


「はぁぁー」


 聞こえよがしな大きなため息をつき、腕を振った勢いで素早く立ち上がった。


「じゃあ、僕も魔法の森を出るまでは猫をかぶるのやめる」

「私は、もともと………裏表ない」

「はいはい。その代わり魔法について語り出すと早口になって言葉遣いも荒くなるよね」


 髪に肩に落ちていた小枝や木の実を払い落として、髪をぐしゃぐしゃっとかき回したアルンディラーノはもう王子スマイルでは無くなっていて、ラトゥールはすでにゲームのキャラクタデザインとは似て異なる眼鏡美少年の姿になっている。


「では、再出発!」


 そう言ってビシッと指を次のチェックポイントの方角へと指し示すアルンディラーノは、遊びに行くのが楽しくて仕方が無いという少年の顔をしていた。

 こうなってしまうと『魔法の森の冒険』イベントの残りのスチル画像の回収は絶望的だろうけれど、アウロラはそれ以上に楽しい時間を過ごすことが出来そうな予感に胸がドキドキとしてきたのだった。

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