砂糖とスパイスと素敵な何かで出来ている人たち
微笑ましい友人を見るような慈愛に満ちた笑顔のユールフィリスの言葉に、カインは苦笑しながらうなずくしか無かった。
「というわけで、好きな芸術家などの作品鑑賞会を兼ねていたりすると、派閥違いだったりお話が苦手な方からのご招待でも行きたいと思うかもしれませんわね」
カインとユールフィリスがコソコソと話している間に、シルリィレーアの演説は終わったらしい。ようするに、人気芸術家を呼べば来てくれるのではないか、という事である。
「ティモシー嬢の親しい友人を一緒に招く、もしくはティモシー嬢の好きな芸術家を呼んで鑑賞会を兼ねたお茶会にするってことですね」
どちらにしても、事前調査が必要になる方法である。遠く離れた隣国の地にいるカインがこなすには少し難しい。手足となって協力してくれるはずのイルヴァレーノがこちらにいるのでなおさらだ。
「うーん」
アイディアそのものはとても良い。しかし、実行が難しい事にカインがうなる。
腕を組んで、同じように難しい顔をして壁際に立っていたイルヴァレーノがふと何かを思いついたように顔を上げた。
「アルンディラーノ王太子殿下を呼んではいかがですか?」
その言葉に、テーブルに着いていたカイン、コーディリア、シルリィレーアとユールフィリスが一斉にイルヴァレーノへと注目する。
一気に沢山の視線を浴びたイルヴァレーノはびくりと肩を揺らしたが、コホンと空咳をして姿勢を正すと、まっすぐにカインを見てもう一度言った。
「カイン様とディアーナ様は刺繍の会などを通じてアルンディラーノ王太子殿下とは親しくしておりますし、奥様と王妃殿下もご友人同士ですから、殿下にご都合付けていただきやすいのではないでしょうか? それに、年齢が少し離れていた為に刺繍の会に参加できていないご令嬢達であれば、王太子殿下と同席できるお茶会というのは魅力なのではないでしょうか」
イルヴァレーノの発言は、もっともだ。王太子が参加するお茶会へ招待されれば、本人が嫌がっても親が出席させるだろう。
筆頭公爵家という権力を最大に使ったような作戦ではあるが、ある意味最強の作戦でもある。
「うぅぅうううーん」
しかし、カインはうなる。
ディアーナとアルンディラーノが特別仲が良いというのを対外的にアピールしたくないのだ。
今のところはディアーナとアルンディラーノの間には何もない。婚約を結ばせようという動きも無い。
しかし、ディアーナ主催のお茶会にアルンディラーノを呼ぶという事になれば、外から見れば仲が良い、婚約間近なのではないかという噂が立ってしまうかもしれない。
ディアーナとアルンディラーノは普通に仲が良い。ケイティアーノやノアリア、アニアラ達と同じように仲が良いだけだが、カインが絡めば別である。
留学してからイルヴァレーノがこちらに残る事になるまでの間もらっていた「今週のディアーナ様」という名のお手紙では、ディアーナとアルンディラーノは時々取っ組み合いの喧嘩をしていると綴られていた。
まさか人を招待したお茶会の場でそんなことはしないと思うが、『ディアーナ嬢とアルンディラーノ王太子殿下は不仲である』という噂でも流れよう物なら、それこそ悪役令嬢路線まっしぐらになるのでは無いかと勘ぐってしまうのである。
ディアーナとアルンディラーノが仲の良いところを見せつけても困るし、仲が悪いところを見せつけられても困るのだ。
「ティモシー嬢は伯爵令嬢だから、いきなりアル殿下のいる場に招待しても却って萎縮して断ってくるんじゃ無いか」
苦しい言い訳ではあるが、カインが乗り気では無い事を察したイルヴァレーノは「そうですね」と頷いて素直に意見を引っ込めた。
「他に何か無いですか? 今まで参加して楽しかったお茶会とかでも構わないのですが」
カインのその言葉に、シルリィレーアとユールフィリスが令嬢らしく上品に小さく首をかしげた。
王太子殿下と親しく、伝手もあるというのに使わないというのが不思議だった。しかし、国が違えば習慣や決まり事なども違う事もあるし、カインとイルヴァレーノの間で却下と言うことになったのであれば口を挟むまいと、二人で目配せをして黙って別のアイディアを考えることにした。
「今まで楽しかったお茶会ですか」
うーんと二人して少し悩む。シルリィレーアは考え事をするときに自分の右手の指先を見つめるようだ。ユールフィリスは少し寄り目になりつつ空中をじっと見つめている。
その様子を見つつ、カインはコーディリアにも話を振る。
「お気楽極楽ご近所茶会での経験でも構わないんだけど。コーディリアも凄い楽しくて又行きたくなったお茶会とかあったら教えて」
「その通りなんだけど、なんかグッと庶民派なお茶会に聞こえるわね。実際はちゃんと貴族とのお茶会だってあったんだからね」
「わかってるって」
カインの振りに口をとがらせて抗議したコーディリアも、腕を組んで「ムーン」と過去に思いをはせ始めた。
「あ、珍しいお菓子が出たときがあって、それは楽しかったかな。見たことが無いお菓子だったんで、皆で恐る恐る食べて感想を交わすのが楽しかったんだよね」
ぽんと手をたたきながら、コーディリアが目を瞬いた。
「ああ、なるほど。確かに、コーディリア嬢のおっしゃるとおり美味しいお菓子が提供されると評判のお家には、欠席者が少ないと聞きますわね」
「お屋敷お抱えの職人が新メニューを開発したらしいなんて噂もお茶会前に流れることがありますものね。ところで、コーディリア嬢の食べた珍しいお菓子というのはどんな物だったのですか?」
「ユールフィリス様。それがね、こちらに留学してきてわかったのですけど、サイリユウムではありきたりのお菓子だったんです。学校の食堂でもお小遣いで買えますよ」
「まぁ、そうなんですの? 確かに、その国独自のお菓子ってありそうですものね」
「そうなんですよ、シルリィレーア様。うちのネルグランディ領はサイリユウムと隣接してる土地なので、国を跨いだ行商人が通り抜けていくんです。その時に色々サイリユウムのお菓子や調味料なんかも入ってくるんですけど、そのお菓子はサイリユウムでは庶民的過ぎてそれまでは行商人の商品として並ぶことが無かったんですって」
「まぁ面白いですわね。当たり前すぎて商品にならなかったそのお菓子が、なぜそのお茶会の時にテーブルに上がったのでしょう?」
「それがですねぇ」
話がそれている。
女の子三人寄ればかしましいとはよく言った物で、しかも話題がお菓子の話となって盛り上がってしまっている。
「なるほど、女の子はお菓子が好き」
本題からそれて、お菓子談義をしている三人を眺めつつカインはうんうんと頷いている。
やっと、カインにもなんとかなりそうなネタが出てきた。
何度も言うようであるが、カインの前世は知育玩具メーカーの営業である。知育玩具には製菓玩具というジャンルがあり、小さな子どもでも親の見守る中で簡単にお菓子が作れるというおもちゃがいくつかあったのだ。
「ありがとう、シルリィレーア嬢、ユールフィリス嬢! そしてコーディリア! ティモシー嬢含む私大嫌い令嬢三人をお茶会に誘えそうなネタを思いついたよ!」
突然カインが立ち上がり、大きな声でお礼を言ってきたので三人の令嬢はきょとんと目をまるくしてカインを振り返った。
話途中だったお菓子の話題も忘れ、ぱちぱちと目を瞬かせる。
「何を思いついたんですの?」
何か珍しいお菓子のレシピでも思いついたのかと、シルリィレーアが声をかけると、
「題して! 作って楽しい、食べて美味しい参加型体験型お茶会大作戦です!」
とカインは天井を指差し、サタデーナイトフィーバーポーズでそう宣言した。
三人の女の子達は首をかしげ、ここしばらくずっとカインに付き合ってきたダレンとカディナはまたかという顔をし、イルヴァレーノだけは仕事が始まる緊張感に表情を引き締めているのだった。
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