花祭り(二年目)その3

「ジャンルーカ様は、シルリィレーア嬢の事がお好きなのですか?」


なんとか正気を取り戻したカインは、なんと言って説明をすれば良いのか迷い、しかし黙ったままというわけにも行かないのでとりあえずといった感じで基本的なことを聞いてみた。

 ジャンルーカはその質問に、照れくさそうに笑いながら頬を染めて小さく頷いた。


「シルリィレーア姉さまは、顔も御髪もお美しいですし、いつだって僕にお優しくて、フィールリドルとファルーティアを躱すのもお上手だし、ふたりから僕をかばってくれたのも一度や二度ではなくって、その」


 シルリィレーアの良いところをあげながら、うつむいていったジャンルーカの顔は真っ赤になっていた。




 ジャンルーカは、ジュリアンと同じくサイリユウム国王陛下と王妃殿下を両親にもつ第二王子である。今のところ、ほぼほぼジュリアンが王位継承者という雰囲気で物事は進んでいるようだが、ジュリアンはまだ立太子していない。二人の王子の他は、王の血筋は第一側妃の子である二人の王女しかおらず、サイリユウムは基本的に男児が後を継ぐ事になっている。

 そうなると、第二王子を次代の王に! とジャンルーカを担ぎ出す第二王子派みたいなのが出てきそうな物なのだが、今のところそういった物騒な話はカインの耳には入ってきていない。もしかしたら、ジャンルーカが魔力持ちであることも要因の一つである可能性はあるが、ジュリアンが意外と優秀であることと、公爵家令嬢のシルリィレーアと婚約関係にあって後ろ盾がしっかりしている事が主な理由であろうと思われる。

 カインが留学してきて、騎士たちの前で魔法で魔獣を一掃してみせたり、火をおこさずに湯をわかしてみせたり。公爵家や侯爵家の子息令嬢の前で魔獣を翻弄してみせたり結界を張って身を守ってくれたり。『魔法の便利さ、有用性』を目にした若い世代が、サイリユウムでも魔法を解禁しようと考えはじめれば、ジャンルーカが魔力持ちであることは却ってプラスに作用する事になる。その上で、シルリィレーアとの婚約相手を変えてしまえばジャンルーカは後ろ盾まで得ることになる。


「ちょっと、政治的な意味でも難しいですね・・・・・・」


 カインが渋い声でそうつぶやくのを聞いて、ジャンルーカは顔を上げた。ここまで、語学と魔法の家庭教師として優しく接してくれていたカインは、このうちあけた恋についても応援してくれるとジャンルーカは思っていたのだ。

 魔力を持って居ることを肯定してくれて、使い方を教えてくれてやらせて見せて出来れば褒めてくれていたカイン。

 仲の悪い姉と妹に対して、「兄弟なんだから仲良くしなさい」なんて言わずに「じゃあ嫌いになりましょう」と言ってくれたカイン。悪口を言うことを肯定してくれた上にやっぱり嫌いになれないという気持ちも肯定して「それでいい」と言ってくれたカイン。

 ジャンルーカの事をずっと肯定して、応援してくれていたカインだからこそ、この「シルリィレーアを兄ではなく自分のお嫁さんにしたい」という相談にも頷いてくれると思っていたのだ。

 目を見開いて、ショックを受けたような顔をして見上げてくるジャンルーカに、カインも眉毛をさげて困った顔で視線を返した。


「まず、友人や知人、そして有力な人脈、それらと恋人や伴侶というのは違うんです。友人は共通の友人という立場が許されます。私はジュリアン様の友人でもありますし、ジャンルーカ様の友人でもあります」

「うん」


ジャンルーカは、カインの言葉に素直にうなずく。


「でも、恋人は違います。お互いを愛する人はお互いだけ。複数の人を同時に愛してしまった場合、愛されている方はそれを裏切りだと感じる事もあります」

「でも、父上は妻を四人娶っています。シルリィレーア姉様のお父上も奥方が三人います」

「ミティキュリアン家はわかりませんが、王家はそれで王妃殿下と第一側妃殿下の仲がお悪いのでは無かったですか?」

「それは・・・・・・」


 王家と距離を置こうとしているカインでも、噂話などは耳に入ってくるし二人の王女が『母の教育』によってジャンルーカを下に見ていじめていたことを見てもわかる。第一側妃の方は明らかに王の寵愛を王妃より得ていると誇示しようとしている。それが愛から来る嫉妬による物なのか、立場を確固たる物にするための政治的な物なのかはわからないが。


「それに、この国の一夫多妻制は旦那さんがお嫁さんを沢山もらえますという制度ですが、その逆はありませんよね。これは、沢山の人を同時に愛せるから出来た制度ではなく、血筋を残す為の仕組みとしての制度でしかないからですよ」


ディンディラナの家は、当主がまんべんなく三人の夫人を愛しているらしいがとりあえず今は置いておくことにした。

カインは置いておくことにしたのだが、


「その通り! この国の一夫多妻制は間違っています!」

「そうだ! 爵位関係なく、多夫多妻制にするべきだ!」

すぐ後ろで、そんな声が上がった。


カインとジャンルーカ、二人が振り向いてみれば、そこにはディンディラナの二人の弟と、頭を抱えているコーディリアが立っていたのだった。



「そもそも、サイリユウムも昔は一夫一婦制でした。子を残す必要のあった王家ですら、一夫一婦制だったんですよ」

「それがなぜか、ある時から王家と侯爵家以上の家では一夫多妻が義務づけされたわけだ」


ディンディラナの弟たちは靴を脱いでラグの上に上がってくると、ハンカチをそれぞれ取り出して二枚重ねてラグの上へと敷いた。そして二人でコーディリアに向かって両手を広げてそこに座るようにとにこりと笑う。


「コーディリア防衛隊はどうしたの」

「今日は最終日だから、みんなそれぞれ目当てのお庭に遊びに行っているわ」


 ジャンルーカとカインの秘密のお話だと思って、小さな女の子たちは気を利かせて場所を空け、男の子たちはイルヴァレーノが遊んでやることで遠ざけていたというのに、ディンディラナの弟たちは遠慮無く話へと入り込んできた。

 さぁさぁと言わんばかりに重ねて敷いたハンカチの上をパシパシとたたいてコーディリアを促す二人の男子に、コーディリアは困ったような顔をしてカインを見た。


「このラグの上はきれいだから、ハンカチの無いところでも大丈夫だよ。好きなところにすわるといいよコーディリア」


もう、ディンディラナの二人の弟はラグの上に上がり込んでしまっている。カインとジャンルーカの二人で内緒話というわけには行かないのだから、コーディリアだけ追い返しても仕方が無い。

 コーディリアがよそへ行けば二人の男子もいなくなるとは思うのだが、それではあまりにもコーディリアが可哀想だとカインは思った。おそらく、コーディリアは花祭りの庭園開放最終日に、カインに会いに来たのだろうから。

 コーディリアは、靴を脱がずにラグの端っこにちょこんと座った。カインの隣に。


「この国が一夫多妻制になったのは、魔獣大発生という災害が起こった時に貴族の戦える男性が総動員されて数が減ってしまったせいなんですよ」

「男が死んで女が余ったんで、結婚できない女の為の救済措置として制定されたんだぜ」


数十年前に魔獣の大発生が起こり、それに対処したことで男性の数が減った。それによる寡婦や、婚約者を失った令嬢、婚約者や恋人はいなかったものの男性貴族の数が減ったことで嫁ぎ先を見つけるのが困難になってしまった女性に対する救済措置として制定されたのが一夫多妻制度なのだと、二人は言う。

結婚できない貴族令嬢というのは、生活に困窮する事が多い。低位の貴族令嬢は今でも王宮や上位貴族の家で侍女として働くこともあるが、それは上位貴族家に同じように働きに来ている貴族男性と出会って結婚する為であるともいえる。しかし、そもそも男性が少ないのであれば働きに出たところで結婚相手が見つかることも無い。

爵位が高く経済的にも余裕がある侯爵家以上の家に、妻として複数の女性を引き受けることを『義務』とすることで、魔獣討伐という国家事業で男性の人数を減らしてしまった事に対する保証としたのではないかと言うことだった。


「それで、義務なのか」


 二人の話を聞いて、カインが頷く。

 カインも以前から「一夫多妻が義務」というのが腑に落ちていなかったのだ。高位貴族の「権利」だというのであればまだわかる。貴族の爵位は上がるほど王家に血筋が近かったりするし、その家の事業とされていてもほぼ国家事業といえる仕事を抱えていることも多い。

故に、国としても没落してもらっては困るので血筋を残す為に妻を多く取るのを推奨するというのであれば理解が出来るのだ。

しかし、サイリユウムの「侯爵家以上は一夫多妻」というのは義務なのだ。


「しかし、魔獣の大発生というのはもう何十年も過去の話です。今では高位貴族が一夫多妻となっているために下位貴族では男子が余っている事すらあります」

「領地の北の方を管理してる男爵なんて、三十超えてるけど嫁が見つからないってぼやいてたしな」

「男性貴族の方が余っているのであれば、今度は多夫一妻制を導入すべきですね」

「それだ! そうすれば、俺たち二人でコーディリアと結婚出来るな!」

「しないっ!」


調子よく話を進めていく男子二人に、コーディリアがきっぱりと声を上げ、そしてカインの向こうに王子様がいることを思い出して顔を赤くしてうつむいてしまった。

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