エルグランダーク邸にて

「確かに、魔法が使えれば便利だと思いますが、その言い様はひどいですね」

「ですよね!」


 学校が始まって最初の休息日。エルグランダーク邸のティールームにジャンルーカとコーディリアが並んで座っていた。二人とも両手のひらを胸の前でお椀のように差し出して、その中に魔法で小さな炎を燃やしていた。

 これは、コーディリアとキールズの魔法の先生が教えてくれた魔力制御の練習方法だそうで、一定の時間、一定の大きさで炎を維持し続ける事で魔力の放出量を調整できるようになるのだそうだ。

 カインも一緒にやってみたが、大きさの維持が難しく、どうしても炎の大きさが大きくなって行って最後はボフンと爆発してしまうのだった。魔力が多すぎるんじゃ無い? とコーディリアにあきれられていた。


「だいたい、今のこの国の法律ではコーディリアと結婚したところで『便利道具としての妻』にはならないから意味が無いと思うけどね」


 ジャンルーカの書いた、ディアーナとエリゼ宛ての手紙を添削しているカインが顔を上げずに口を挟んだ。


「どういう意味?」

「この国では、魔力を持っている人は魔力封じのブレスレットをして暮らさなくちゃいけないってルールがあるからね。今、僕とコーディリアは留学生で他国の人間だから免除されているけど、この国の人と結婚してこの国の人間になったなら、魔力を封じられる事になるだろう?」


カインは頭を上げると、手元の便せんをそろえてジャンルーカの前へと差し出した。


「大体問題ありませんでした。リムートブレイク語の記述が上手になってきましたね。何カ所か、口語文になってしまっているところがあったので、そこだけ直しましょうか」

「はい! あと五分、魔力制御の練習を続けてから見直します!」


王都サディスにエルグランダーク邸が出来てから、二人の王女に邪魔されることも無くジャンルーカのリムートブレイク語の授業は順調である。コーディリアが留学してきたことで、魔法の練習をコーディリアとやっている間にカインがリムートブレイク語の授業の添削等が出来るようになり、ジャンルーカの勉強が効率よくなっていた。


「でも、今の私たちみたいに家の中であれば魔力を封じなくても魔法を使っていても罰せられるわけではないのでしょう?」

「魔力は持っていても、魔法の使い方を学ばなければ意味が無いから、家の中と外で付けたり外したりする意味は無いのだけどね。・・・・・・確かに、魔法が使えるのであれば家の中で生活に便利な魔法を使うのは可能かもしれないね」

「やっぱり、あの二人と結婚なんかしたら家の中に閉じ込められて便利な生活道具として使われるんだわ!」

「ディンディラナは良い奴なんだけどな。昼食は僕たちと食べる事にするかい? コーディリア」

「ありがとう、カイン。でも良いよ。あの二人のおかげ? でクラスの女の子たちが一致団結して仲良くしてくれる様になったの。爵位でごり押しされる様なことがあったら助けてね。今のところはそんなこと無いんだけど」


 カインは公爵家の嫡男で、コーディリアはその従姉妹ではあるが、立場としては『子爵家の令嬢』である。学びの場では平等と言われてはいるものの、声かけは高位の者から、挨拶は低位の者から、といった礼儀作法などについてまで撤廃されるわけでは無い。万が一、爵位を盾にごり押しされればコーディリアの立場は弱い。ディンディラナの家は侯爵家なのだ。


「五分経ったね。魔力制御の練習をとめて一旦休憩しましょうか」


そう言ってカインが振り返ると、イルヴァレーノとカディナが頷いてお茶の用意をし始める。テーブルへと向き直ったカインは、まだ魔力制御の練習の炎を手の上にともしているジャンルーカを目にした。その目は真剣そのものだったが、魔力制御に集中していると言うよりも、魔法の炎を見ながら何か深く考え事をしている様だった。


「ジャンルーカ様? 休憩しましょう。根を詰めると疲れてしまいますよ」


カインがテーブルの上に身を乗り出して、肩を優しくたたく。ハッと顔を上げたジャンルーカは、照れたように笑うと魔法の炎を消して両手をグッと握りしめた。


「大丈夫ですか? ジャンルーカ様」

「大丈夫。ありがとう」


カインの優しい声に、ジャンルーカもにこりと笑って答えた。三人の前にお茶の入ったカップが置かれ、カインが茶請けの菓子とお茶を一口ずつ飲んでジャンルーカへ頷いて見せた。

 そこから、カインやコーディリアが学校の話をしたり、ジャンルーカが読んだ本の話や今日学んだ魔法について質問し、それに回答しつつ、それにつられて思い出したカインやコーディリアの魔法初心者時代の失敗談などを披露して盛り上がった。

 魔法の先生が二人になり、リムートブレイク語での話し相手も増えたことで、ジャンルーカの語学と魔法の実力がぐんぐんと伸びていくのであった。


また、この日以降。ジャンルーカは魔法の練習をしながら時折考え事に集中している事が増えた。

カインやコーディリアが席を外した時などに、イルヴァレーノやカディナに積極的に話しかけ、魔法がある国での使用人の仕事の仕方や、待遇などをそれとなく聞いたりして、また考え込むといった事を繰り返していた。

 コーディリアの「魔法使いを家に囲って便利道具として使う」という言葉について、ジャンルーカにも思うところがあったようで、色々と考えているらしかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る