コーディリアのモテ期
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サイリユウム貴族学校の食堂。昼食の時間なので、カインはジュリアンやアルゥアラットたちと一緒に昼食を食べていた。今日はシルリィレーアやユールフィリスとは別である。
六人掛けの四角いテーブルに三人と二人で分かれて向かい合う形で座っていたのだが、その長方形のテーブルの短辺、誰も座っていない前で騒動が起こっていた。
「コーディリア嬢! 私はもうあなた以外考えられないのです! 今日こそこの心の叫びを聞いて頂きたい!」
「おぉ、コーディリア嬢! 俺は君のことを考えて昨夜も眠れなかったんだ! どうか俺の魂の願いを聞いてくれ!」
カインに助けを求めて早足でやってきたコーディリアだったが、令嬢らしく走らないようにと気を遣っていたせいか、逃げたかったらしい人物にはすぐに追いつかれてしまっていた。そして、カインたちの座るテーブルの前に立ち尽くすコーディリアと、その前にひざまずいて手を差し伸べる男子生徒二人が芝居がかった口調でコーディリアに話を聞けと請うという、よくわからない場面を見せられていた。
「私は次男だが、兄に万が一があれば侯爵を継ぐ可能性だってあります。侯爵家を継がなくとも兄の補佐として領地運営に携わることになるでしょう。なぁに、兄には王都で王へとお仕えすることを勧めれば、領地の実質支配権は私の物です。何も不自由をさせる気はありません。どうか私にあなたを幸せにさせてください」
「俺は三男だが、次男のこいつとは同じ年だ。腕っ節が強いから騎士を目指しているし最終的には騎士伯の称号を取るつもりだし、何ならウチの領地は僻地だから魔獣退治のために領に騎士団を結成させて辺境伯を名乗ったって良いと思っている。そうなれば、領地の実質支配者は俺ってことになる。絶対に幸せで楽しい人生にしてやるから、俺と一緒に生きてくれ!」
「お断りします!」
コーディリアの前に跪き、手を差し伸べて愛を告げる二人の男子学生に対して、コーディリアはこわばった顔をして自分の腕で自分の身を抱いている。はっきりと断りの言葉を告げたというのに、男子生徒二人はちっともショックを受けた様子は無かった。
「コーディリア嬢は照れ屋さんですね」
「コーディリア嬢は素直じゃないな!」
「ねぇ!? あなたたち前向き過ぎなのではなくって?」
悲劇なのか喜劇なのかわからないが、とにかくコーディリアが困っているということはわかったので、カインは椅子から立ち上がるとコーディリアの前を塞ぐように立った。
「カイン! 困ってるの。なるべく、自分で解決しようと思ったんだけどもう全然話をきいてくれなくって」
カインの袖の肘のあたりをぎゅっと握り、眉毛をさげて見上げてくるコーディリアの顔は心細そうだった。肩越しに小さく頷いてみせると、カインは跪く二人の男子学生を見下ろした。
その顔立ちはまだ若干幼いので、おそらくコーディリアと同じ一年生だろう。学内バイトで寮の厨房に居たり図書館にいたり、神出鬼没なカインは貴族学校の生徒たちの顔を大体覚えている。
会話をしたことが無かったり接点が無かったりで名前を知らない人は大勢いるが、顔はなんとなくわかる。まったく見覚えが無いのであれば、新一年生で間違い無い。
「君たちは、誰かな?」
ひとまず、カインは優しく声をかけてみた。男子生徒二人はお互いに顔を見合わせると、立ち上がってカインと対峙した。
「あなたこそ、どなたですか」
「コーディリア嬢の関係者なのか?」
逆に誰何されたカインは、口元に手を当てて思案顔だ。
先ほどのプロポーズまがいの台詞からすると、この二人は侯爵家の次男と三男の兄弟であるらしい事がわかる。侯爵家より上の地位と言えば公爵家と王族しかいない上に、公爵家というのは大体王家からの派生なので数は少ない。その上、今現在貴族学校に在籍している公爵家といえばシルリィレーアをはじめとして女子生徒だけだったとカインは記憶している。
王族であるジュリアンの姿は、姿絵なり行幸やイベント毎の王室挨拶などで顔を見ることもあるだろう事を考えれば、ジュリアンではない男子学生に対して「同等か下位の家格」であると判断してもおかしくは無い。彼らの、無礼では無いが慇懃でもない態度はそういった判断からされたものだろう。
「私は、カイン・エルグランダーク。コーディリアの身内だよ」
カインと対峙しながらも、背中に隠れているコーディリアの様子を見ようと体を左右にずらしてのぞき込もうとする男子生徒に合わせて、カインもコーディリアを背中にぐっとくっつけて視線を塞ぐように体を移動させた。
「あぁ、もしかしてコーディリア嬢のお兄さん? お話は聞いておりますよ。騎士になるために地元の学校に通っていたのでは無かったのですか?」
「コーディリア嬢の兄上か! では俺の兄上ということだな!」
どこまでも前向きな子たちだな、とカインは苦笑した。キールズの存在は知っているようだが、名前までは知らない様子だった。カインとコーディリアは従姉妹ではあるが、髪の色も瞳の色も異なるし、顔つきもあまり似ていない。先輩にリムートブレイクからの留学生がいると知っていれば、兄よりもそちらの方を先に思いつくだろうに、兄であった方が都合が良いからだろうかそう思い込んだようである。
どうしたもんかとカインが考えていると、クツクツと笑いをこらえようとしてこらえ切れていない声が聞こえてくる。チラリとテーブルを見ればジュリアンがうつむいて肩をふるわせていた。面白がっているのだ。そして、向かいに座っていたディンディラナが頭を抱えて机に突っ伏してしまっていた。
「ひとまず、今日の所はお引き取り願えないだろうか。コーディリアも混乱しているし、ここは人目が多い。君たちも、コーディリアに恥をかかせたいわけではないでしょう?」
カインはその場では二人を言いくるめて追い返し、コーディリアを同じテーブルに座らせた。
「コーディリアはもうお昼ご飯は食べた? まだ? じゃあ取ってきてあげるよ、何が良い? 鶏肉ね、わかった。ジュリアン様、コーディリアに手を出したら怒りますよ。アルゥアラット、私が居ない間にコーディリアによってくる奴がいたら追い返しておいて」
カインがテキパキと動いてコーディリアの世話を焼き、それを面白く眺めつつジュリアンが手を上げて近くの席に座っていたシルリィレーアとユールフィリスを呼び寄せた。アルゥアラットとディンディラナが近くの席から椅子を拝借してきて、六人用テーブルに八人座ってようやく落ち着いたのは昼休みが終わる十分ほど前だった。
「申し訳ない。あの二人は僕の弟たちだ。後できつく言っておくよ」
コーディリアが食事を終え、カインの分のデザートを急いで食べようとしていたところで、ディンディラナがそう言い出した。
「ディンの弟だったのか。カイン様の事言ってなかったのか?」
「言っていたよ。隣国から凄い魔法使いが留学してきたって。花祭り休暇と夏休みで帰省した時にね。弟たちは凄い凄い、来年お会いできるのが楽しみだって飛び跳ねていたんだけどなぁ」
どうも、ディンディラナが帰省時にカインの事を色々と話していたらしい。もちろん、第一王子であるジュリアンと同じクラスになったとか、アルゥアラットやジェラトーニといった楽しい友人が出来たということも併せて話してあったという。
「あの二人、最初はクラスの別の女の子に可愛いねとか愛らしいねとか声を掛けていたのですわ。でも、先生が入ってきて皆の自己紹介をするようにおっしゃって。私がリムートブレイクからの留学生だって聞いた途端に、私に言い寄ってくるようになったんですの!」
その場にジュリアンを含む上級生の男子が居て、そして優雅なお嬢様オーラを身にまとったシルリィレーアとユールフィリスに挟まれているという状況で、コーディリアはがんばって身につけてきた令嬢仕草と言葉で一生懸命、丁寧に怒っていた。
「君がいれば夏に冷たい飲み物を飲めるのかい? とか、君がいたら水場の近くでなくても野営が出来るんだろう? とか言うのですのよ! わたしの事を、便利道具としてそばに置きたいだけなのよ!」
プリプリと怒るコーディリアの前に、ディンディラナが申し訳なさそうに自分の分のデザートを差し出していた。
話を聞いてみれば、コーディリアが怒るのも無理は無い。カインたちの目の前ではあなた以外考えられないだの夜も眠れないだの、甘い言葉とも思える台詞を言っていたが、幸せにしてやると言いつつ好きだの愛してるだのという言葉は言っていなかった。
「そういえば、同じ学年ってことはあの二人は双子なんですの?」
コーディリアがディンディラナのデザートに手を付けたことによって文句が途切れたので、シルリィレーアが疑問を口にした。ディンディラナは「あぁ」と今気がついた様に目を開くと、なんてこと無いように肩をすくめると、
「上が第二夫人の子で、下が第三夫人の子なんですよ」
と答えた。ディンディラナの話によれば、三人の夫人はとても仲が良く、結婚当初から仲良く同時に子を産みましょうねなんて言っていたらしい。ただ、跡継ぎ問題が面倒くさくならないように第一夫人の子が一番先になるようにしてくれと祖父母から頼まれたらしく、ディンディラナが一年早く生まれたという事らしかった。
一夫多妻の家庭にも色々あるのだなぁとカインは少し遠い目をした。
ディンディラナが弟たちをたしなめる事を約束し、シルリィレーアとユールフィリスも仲の良い家門の令嬢たちにコーディリアを気に掛けてあげてほしいとお願いしてくれる事になった。
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