嵐が去った
―――――――――――――――
翌日。朝食を皆で取った後、馬車で邸を後にした。門まで見送りに来た使用人一同と、代表して一歩前に出ていた執事のダレンが名残惜しそうに別れの挨拶をしてくれた。
「お嬢様が次に遊びに来るまでに、中庭に新しい遊具をご用意いたしますからね」
とダレンが決意表明していたのが印象深かった。「ね!」という同意を求めるような視線をカインに投げていたので、遊具作りの共犯にさせる気満々のようだった。それでディアーナが喜んでくれるというのであれば、カインに否やは無い。
「リムートブレイクから連れてきた使用人のうち、半分ほどが邸に残っていましたね」
馬車の窓から遠ざかる我が家を眺めながら、カインがそう言うと、
「これからも、サイリユウムに滞在する時に使うのですもの。私たちの好みなどを引き継いでもらう為に残ってもらったのよ。元々魔法が得意でない子なんかは、こちらの方が過ごしやすいみたいな様子だったのもあったのでちょうど良かったわ」
暖房器具など、魔力で動く魔法道具も置いてあるので魔力を持った使用人が残らないと使えないという事情もあった。なるほど、と納得しかけたカインに隣に座っているディアーナが背を伸ばして耳のそばに手をメガホンのようにして口を寄せた。
「あのね、こちらの人を好きになってしまったり、恋人同士になっちゃったから帰らない人もいるのよ」
「へぇ? そうなの?」
執事のダレンが『孫娘がサディスにいるから』という理由で元々の主家について行かなかったという話を事前に聞いていたので、まぁそういうこともあるかもしれないと納得は出来た。しかし、それで生まれ育った国とは別の国に残ろうというのはどれほどの情熱なのだろうかと少し驚いたのだ。
「そうなの! でもね、誰が誰と恋人同士なのかは内緒なのよ。うふふ」
「内緒なの? そこをこっそり教えてよ」
「お兄様でもダメ~。 女同士の秘密なの!」
「秘密を持つ女は美しいっていうもんね。ディアーナはかわいいから仕方がないかぁ」
女同士の秘密というからには、恋人が出来た為に残るのは女性の使用人なのだろう。サディスの邸に残った使用人は十人ほど。そのうち半分は留守宅の警備のために残った騎士たちで、残り半分のうち女性は二人しかいない。ディアーナがここまで言ってしまえばカインには大体誰がそうなのかはわかってしまうが、だからといってそれを暴露するのは野暮という物である。
カインはニコニコしながらディアーナの頭を優しく撫でた。
次に会えるのはまた夏休みだろうか。バイト代も貯まってきたので、花祭り休暇に飛竜を使って帰省できるだろうか。自分がそばにいない間に、アルンディラーノとの婚約が整ってしまわないだろうか。目を離した隙に、両親から甘やかされてわがままな悪役令嬢的な性格に育ってしまわないだろうか。
カインの心配はつきないが、あと少しでお別れしなければならないディアーナには、笑顔のカインを印象づけておきたかった。
何事にも動じない、いつだって余裕のあるかっこいい兄でいたいカインは笑ってディアーナと談笑するように努めていた。
ディアーナは『お兄様は私が困ったことになると頑張りすぎてしまう』ともう気がついているので、なるべく寂しそうな顔をしないように頑張っていろんな楽しい話題をカインに話しかけていた。
気遣い合って、馬車の中は和気藹々としていた為か、馬車はあっという間に目的地へと到着してしまった。
カインたちが馬車から降りると、少し先の広場に飛竜が一匹いるのが見えた。
遠目でもわかるほどに豪華なかごが背中に乗せられた飛竜は、首を下げてもそもそと草を食べていた。馬のいななきに驚いて飛竜が気絶してしまうことがあるらしく、馬車はここより先には行けないという。
「飛竜に乗って帰るんですか?」
かごの豪華さからいえば、この飛竜は竜騎士団の所属では無く民間の輸送業者のものだろう。カインはジュリアンの付き合いで騎士団の飛竜に載せてもらったことはあるが、民間の飛竜には乗ったことが無い。
帰省するのに利用しようと思っていたが、とんでもなく料金が高いのだ。
「馬車で三日かかる距離を、半日でいけるのですもの。乗らない手はないでしょう? こちらに来るときにも乗ったけれど、見晴らしは良いし風は気持ちよいしとても楽しかったの。ディ・・・・・・お父様も、早く帰っておいでってお手紙をくださっているのだもの、奮発して帰りも飛竜を使っちゃうわよ」
つまり、飛竜の代金は父持ちと言うことである。
サクサクと草を踏みながら歩いて行くと、ガントリークレーンほど大きな飛竜の周りに馬より二回りほど大きい、飛竜に比べると大分小さく見える騎竜が数匹いるのが見えてきた。
「騎竜がいますね。あれもお母様が手配したのですか?」
「いいえ? 頼んでいないけれど、何かしら?」
「こっちに来るときは、おっきい飛竜さん一匹だけだったよ」
首をかしげながらも近づいていけば、騎竜の周りにいるのは見覚えのある騎士だった。ジュリアンと旧魔女の森まで飛竜で行ったときに一緒だった騎士のセンシュールである。
「やあ。カイン様お久しぶりです」
カインに気がついたセンシュールが、そばにいた従卒に手綱を預けてカインのそばへと駆け寄ってきた。ニコニコとカインに挨拶の言葉を掛けた後、背筋を伸ばして母エリゼへと向き直った。
「お初にお目に掛かります、エルグランダーク公爵夫人。近衛騎士団飛竜隊のセンシュールと申します。本日は、ジュリアン第一王子殿下より申しつかりまして、国境まで護衛いたします」
「はじめまして、センシュール殿。ジュリアン殿下のお心遣い、ありがたくお受けいたしますわ」
母のエリゼが驚きつつも、素直に護衛を受け入れる事にしたようだった。
どうやら、飛竜は母エリゼがお金を出して手配した物のようだが、それを国境まで護衛しながら送り届けるためにジュリアンが騎士を送り出してくれたらしい。
しかし、センシュールの言葉を聞いてカインが首をかしげた。
「騎竜の方は、さほど高度がとれないのではなかったのではないでしょうか? 飛竜と並んで飛ぶことは出来ませんよね」
「よく覚えていましたね。カイン様のおっしゃるとおり、騎竜は飛竜ほど高くは飛べません。ただ、下から来る脅威に備えることは出来ますし、体が軽いのでスピードは飛竜にもひけを取りません。ただ、飛竜はありとあらゆる障害物の上を飛ぶことが出来るのでさらに速いというだけです」
飛竜と騎竜ではスピードはさほど変わらないが、障害物を無視してまっすぐ目的地に向かえる分飛竜の方が速いという事らしい。
今回は、お見送りも兼ねてということで飛竜の方がある程度道にそって飛ぶらしい。それでも国境までの到着時間はさほど変わらないという。
「では、そろそろ出発いたしましょうか。公爵夫人、お嬢様、どうぞお乗りください」
伏せをしている姿勢の飛竜の胴体にタラップが寄せられ、かごへと乗れるようになっていた。飛竜の御者らしい男性が手招きをしていた。
「良いですか、ディアーナ様。今度は絶対に絶対にぜえぇええったいに、安全ベルトを外してはいけません。飛竜が飛んでいる間に立ってはいけませんからね」
「イル君。そんなに念を押さなくてもわかってるよ」
「落ちそうになっても、今度は僕はいないんですからね」
「飛竜さんの足につかまれて飛ぶの、ちょっと面白かったね」
「ディアーナ様・・・・・・」
飛竜の前で、ディアーナとイルヴァレーノがそんな会話をしている。それを聞いたカインは色々と突っ込み所がありすぎて慌てた。
「ちょっとまって。色々、聞き捨てならない事があるんだけど、ディアーナ飛竜から落ちそうになったの? 掴まれて飛んだってなに? っていうかイルヴァレーノは飛竜に乗らないの?」
カインはあわあわと両手を上げ下げしながら、視線をディアーナとイルヴァレーノの間を行ったり来たりさせた。
「来るときにね、川の向こうで手を振ってるキー君とコーディがいるよってお母様が言ったときに、ディからは手すりで見えなかったからちょっと立ち上がっただけなんだけど」
「ディアーナ様が、かごの端で立ち上がって身を乗り出して手を振ろうとして転がり落ちたんですよ」
「イル君すごかったんだよ! 飛び出して空中でディの事キャッチしたら、ベルト外して飛竜さんの爪に引っかけてぶらさがったのよ! その後、飛竜さんの反対の足に掴まれちゃって、飛竜さんが降りられるところまでそのまんま飛んだの。景色がよく見えて楽しかったのよ!」
ディアーナはあまり反省していないようで、飛竜から落ちたときのことを思い出しているのか興奮したように早口気味に話しだした。
「ディ、ディアーナ。帰りはちゃんと座っていてね」
「はい!」
ディアーナはいつだって返事だけは良い。さすがにもう九歳なのでわかってくれていると思いたいが、楽しさを優先してしまうところはまだあるのでちょっと不安を感じるカインである。
「で、帰りはイルヴァレーノは飛竜に乗らないの? 馬車組?」
カインがイルヴァレーノを振り返って小首をかしげた。飛竜には定員があるため、ほとんどの使用人たちは馬車で帰国することになっている。エリゼたち飛竜組は国境まで飛竜で帰り、ネルグランディ城で使用人たちを待ってから一緒に王都まで帰る事になっている。
「僕はこちらに残ります。カイン様の侍従ですので」
「え?」
イルヴァレーノの思わぬ言葉に、カインが目を丸くした。
「貴族学校の寮が、使用人の連れ込み禁止ということで入学時にはついてくることが出来ませんでしたが、今はお屋敷がございますから」
なんてこと無い顔でイルヴァレーノがそういう。カインは目を丸くしたまま、今度はエリゼの顔を伺った。
「カインはしっかりしているように見えて、意外と抜けているところがあるのよね。イル君に助けてもらって、何が何でも最短で帰ってきなさいね」
「イル君、お兄様の事お手紙で沢山教えてね」
エリゼもディアーナも承知の上のようだ。
「でも、ディアーナの事を見ててもらわないと」
カインも、イルヴァレーノが残ってくれるのはうれしい。カインのいないところでイルヴァレーノがヒロインと遭遇してしまったり、何かのきっかけで闇堕ちしたりしても困るし、何よりカインがイルヴァレーノがそばにいると気が休まるのだ。
「でも、ディアーナの面倒を見てもらわないと」
イルヴァレーノはカインの腹心といっても良い。六歳の時に裏庭で拾ってから一生懸命構い倒した成果か、イルヴァレーノはカインが信頼に値する存在となっている。三年もそばにいられないディアーナを任せられるのはイルヴァレーノしかいないとカインは思っていた。
「ディアーナ様には、専属侍女のサッシャがいます」
「おおおおお、お、おまかせください。わ、わたくしが、ディアーナ様をおまもりいたします。たとえかえりのひ、ひひひ、飛竜から再び落ちそうになったとしても、こんどは、わわわ、わたくしがきっとおたすけししして、み、みせますから」
イルヴァレーノに話を振られたサッシャは、ガタガタとみてわかるほどに身を震わせながら、それでも顔はキリッと引き締めた状態で請け負った。
「サッシャ・・・・・・。飛竜が怖いなら、馬車でも良いのよ?」
「いえ! わわわ、私はお嬢様の侍女ですから! イルヴァレーノが居なくてもバッチリやり遂げられるところを、おみせします!」
エリゼにまで心配されるサッシャだが、決意は固いようだった。サッシャは、前からイルヴァレーノをライバル視しているところがあった。
カインがイルヴァレーノに視線を戻せば、
「この一年、ウェインズさんから色々と学びました。サイリユウムでもきっとお役に立って見せます」
イルヴァレーノは頼もしくうなずいて見せたのだった。
「お兄様! 私もまた遊びに来ますけど、お兄様もお休みがあれば帰ってきてくださいね!」
飛竜の背中から、ディアーナが大きく手を振っている。その背中にしがみつくようにサッシャがディアーナを支えていた。
「ディアーナ、気をつけて帰ってね! キールズやコーディリアにもよろしく! ついでにお父様にも! お母様もお気をつけて!」
「ついでみたいな挨拶ね」
「イル君お兄様をよろしくねー!!」
飛竜がその大きな翼を羽ばたかせ、地上から飛び立つ。そばに立っていたカインとイルヴァレーノは風圧に飛ばされないように足を踏ん張りながら、手を振って飛んでいく飛竜を見上げた。
大きな飛竜と、王家からの差し向けられた一人乗りの騎竜と呼ばれる三匹が並んで飛んでいくのを、カインとイルヴァレーノが手を振って見送る。笑顔で見送ろうと思っていたカインだったが、最後は涙が止まらなかった。
飛竜に乗って手を振るディアーナに涙を流しながら手を振り返すカイン。一匹の大きな飛竜と三匹の小さな騎竜が編隊を組んで飛んでいくのを、見えなくなるまで見送った。
―――――――――――――――
誤字報告いつもありがとうございます。
ディアーナ帰っちゃった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます