母からの厳命

 お別れ会で夕方までお菓子やお茶を楽しんでいたため、その日の夕食は遅めの時間に軽く済ませることになった。


「カインは、もうすぐ進級試験があるのよね」

「はい。この休息日が明けた一週間が準備期間で、再来週が進級試験になります」


 エルグランダーク公爵サディス邸の食堂。温野菜と肉団子のスープのみでメイン料理なしという軽めの食事をエリゼとカインとディアーナの三人で取っていた。

 食事中の軽い会話といった感じでエリゼがカインに話しかけ、カインがそれに答えている。カインは飛び級をするつもりなので、再来週には二年生への進級試験と三年生への進級試験を受けるつもりで申請もすでにしてある。


「お兄様、試験をうけるんですの?」

「そうだよ。ちゃんと一年間勉強してきたことが出来ているかなって確認されるんだよ」

「出来ていなかったらどうなってしまいますの?」

「もう一回一年生をやりなさいって言われてしまうんだ」

「まぁ!」


 ディアーナも家庭教師による授業でテストを受けることがあるので『試験』という言葉とその意味は知っている。しかし、当然ながら家庭教師たちはテストなどしなくても勉強の進捗や理解度については把握しているので、勉強に緊張感を出したり区切りを付ける以外の意味は無い。

 ディアーナにとって試験がうまくいかなかったときのペナルティは宿題が増えたりご褒美がもらえなかったり程度でしか無かったので、進級できないと聞いて驚いたようだった。


「カイン、エルグランダーク公爵家の嫡子として恥ずかしくない結果をだしてちょうだいね」

「もちろんです、お母様」


 自信ありという顔でエリゼに笑いかけ、大きくうなずくカイン。もちろん、本来なら二年生が受ける分の進級テストまで合格するつもりで準備してきているので、一年生の分の進級試験は余裕の成績で通る予定である。

 カインのそんな余裕の顔に、片側の眉を持ち上げるという器用な表情をしたエリゼ。


「当然ですけど、三年生への進級テストの方も落ちるなどもってのほか、ギリギリでの合格なんて許しませんからね」

「げほっ」


 エリゼの言葉に、カインがむせた。壁際に控えていたイルヴァレーノがサッとやってきてカインの口元をナプキンで拭いながら背中をさする。

 『飛び級して三年で卒業するからアンリミテッド魔法学園への編入手続きよろしくね!』という手紙を父に出している為、飛び級すること自体は親にも隠していない。しかし、ディアーナと適切な距離を取らせるための留学だったのだから、親としてはそれを歓迎していないのだとカインは思っていたのだ。

 それなのに母から「飛び級の試験も頑張れ」という言葉を掛けられたので混乱し、むせてしまったカインである。イルヴァレーノに口を拭かれて背中をさすられ、水の入ったコップを手渡されて、と介護されていたカインがようやく落ち着くと、エリゼは頬に手を添えて困ったような顔を作った。


「カインはもう少し落ち着かないといけないわね。貴族の、しかも公爵家の長男としてそんなに感情を表にだしてはいけないわ」

「お兄様、三年生になるための試験を受けるの?」

「受けるのですって。来年は四年生と五年生の進級試験を受けて、再来年は六年生の進級試験と卒業試験を受けるのよ。ねぇ、カイン」

「げふっ」


 ようやく落ち着いてきた所だったのに、さらに話を振られたカインがまたむせた。ぐいぐいとイルヴァレーノに口を拭かれつつ、二回目だったので復活は早かった。


「はぁー・・・・・・ふぅ。もちろん、どちらの試験も恥ずかしくない成績で通るつもりです。でも、お父様やお母様は反対されるかと思っていました」


 落ち着くために飲んでいた水のコップをテーブルに置くと、首をかしげつつ改めて母エリゼの顔を見た。その顔は苦笑いに近い笑顔だった。


「別に、私は反対したりしていないわ。カインがいないと寂しいし、まだ十二歳なのに一人で隣の国にいるなんて心配ですもの。・・・・・・それに、離れている時間がある事で却ってディアーナと再会した時に爆発してしまうようなら、適度に一緒にいた方が良いのかもしれないと思うようになったわ」


 そこまで言って、エリゼはスープを掬って口に入れた。ディアーナもハッとして食事を再開する。カインの食事はほぼ終わっていた。


「反対されていないのであれば、良かったです。来年も再来年も、お母様やお父様のご期待に添える成績が出せるよう頑張ります」

「では、お兄様と一緒に学校に通えるのですね!?」


 最後に残っていたスープを一生懸命に食べ終えたディアーナが、弾むような声で隣に座るカインを見上げてきた。


「うまいこと試験に合格できれば、ね」


 国を跨いでも通じる学問については、カインはド魔学卒業分まで家庭教師の授業で修了済みであり、やるべき事は復習ということになる。この国独特の学問であるサイリユウムの歴史や経済、法律などの勉強については一からの学習となるがこれも今のところは順調にこなすことが出来ている。


「合格できれば、ではなくて合格なさい」

「お母様?」


 珍しい、母の強い口調にカインは違和感を感じてディアーナからエリゼへと視線を移した。母もちょうど食事を終えた所らしく、給仕たちが皿を下げ始めていた。


「サイリユウムの王妃殿下から伺ったのですけどね、ジャンルーカ第二王子殿下が二年後、我が国に留学するかもしれないのですって」

「・・・・・・へぇ、そうなのですね」


 ゲームのシナリオとしてジャンルーカが留学してくることを知っていたカインは、特に驚くことも無く相づちを打った。ディアーナと同じ年のジャンルーカ。ディアーナの入学に間に合うように飛び級すると言うことは、ジャンルーカの留学と同時に帰国すると言うことでもある。


「カインを慕ってくださっている上に、ディアーナとも友誼を深めたということで、留学中の滞在先に我が家が選ばれる可能性があるの」

「はぁ!?」


 カインがガタンと音を立てて立ち上がった。後ろに倒れそうになった椅子をサッとイルヴァレーノが押さえて置き直す。


「なぜですか!? 王子殿下ですよ? アル殿下とも同じ年なのですから、王宮に滞在するべきなのでは無いですか? 我が家が筆頭公爵家といえども、王子殿下をお預かりするとなれば警備やお世話の質でいえばやはり王宮には敵いませんよね? 何より同じ年の男女が一つ屋根の下で暮らすなど言語道断じゃないですか!」


 そんなことになって、ディアーナとジャンルーカ殿下で婚約をなんて話になって、なのにヒロインはジャンルーカルートを進むなんてことになったら目も当てられない。一応、ジャンルーカはディアーナを『自分の友人』として認識し始めているので、ホイホイと兄に譲ったりはしないだろうが、わずかでも可能性がありそうであれば潰しておきたいと思うカインである。


「落ち着きなさい、カイン。可能性よ。まだ、可能性の話。大体、カインの家庭教師ぶりを評価されてのお話なのよ」

「僕の、家庭教師ぶりが?」


 ジャンルーカがヒロインに惚れる原因が、『他国の文化と魔法の授業というなれない環境に戸惑うジャンルーカと、平民だから貴族文化に詳しくないし魔力は多いけど魔法の勉強はこれからだというヒロインの境遇の近さに親近感を持つ』という物なのだ。だからこそ、カインはジャンルーカのリムートブレイク語の家庭教師という立場を利用して、リムートブレイクの文化や貴族のしきたりについても教えていたし、魔法の基礎についても教えたのだ。ヒロインと仲良くなるきっかけを潰すために。

 それなのに、その家庭教師ぶりが評価されてジャンルーカの留学の際の滞在先が寮ではなくエルグランダーク邸になるきっかけになってしまったというのだ。

 もちろん、ジャンルーカが寮住まいにならなければそれだけヒロインとの接触も減る。そういう意味ではフラグ回避に近づいたともいえるのだが。


「そんなに嫌なの? もしかして、ジャンルーカ殿下のことがあまり好きではないのかしら?」

「いえ。ジャンルーカ殿下のことはかわいいと思っていますし、好きですよ」


 ジャンルーカ本人に対して、カインは何も思うところは無い。出会った頃は少し卑屈で自信の無いところがあったが、カインと勉強をしていくウチにだんだんと自信を持ち始めたし、欲しいものを欲しいといえるようになってきた。その成長を間近で見ることが出来たのは単純にうれしいと思っている。

本当に間近で成長を見守りたかったのはディアーナなのだが。


「ジャンルーカ様が、わたしのおうちに来るかもしれないのですか?」


 カインが黙り込んだ隣で、ディアーナがわくわくしたような顔をして母エリゼに問いかける。最初のお茶会でジャンルーカをかばって喧嘩をしたディアーナは、その後サディスの街をジャンルーカに案内してもらったり、騎士行列後には中庭のブランコで一緒に遊んだりして大分仲良くなっているのだ。

 お友達が泊まりに来て、ずっと一緒に遊べるかもしれないという事にわくわくしているようだった。


「そうよ。ディアーナと一緒にアンリミテッド魔法学園に入学する予定なのですって。留学先に、ディアーナの他にカインもいれば心強いものね」

「一緒に学校に通えたら、きっと楽しいですわね!」


 つまり、サイリユウムの王家はカインにジャンルーカの留学先での面倒を見させたいと言うことだろう。ジュリアンの女好きを多少ではあるが控えめにさせ、ジャンルーカの性格を前向きにし、わがままで乱暴な二人の王女を手懐けたカイン。そういった評価になるのは仕方の無いことだった。


「お兄様! 飛び級頑張ってくださいませ! お兄様もジャンルーカ様も一緒に学校に通うことになったら、きっと楽しいですわね!」

「そうだね」


ディアーナのまぶしい笑顔に、カインは心の中はどうであれ、にこりと優しく笑い返す以外に選択肢は無いのであった。

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