中庭にある、素敵なもの
翌朝、エリゼとディアーナは客室の居間で朝食を取りながら今日の予定について話した。
「そもそも、ディアーナも連れていく予定でしたよ」
というエリゼの一言で、王宮のお茶会参加希望はあっさりと受理されたのだった。
いち従者の立場でしかないイルヴァレーノでは女主人たるエリゼの決定を覆せるわけもなく、改めて心の中でカインに謝罪をしつつ肩を落とすしかなかった。
イルヴァレーノの隣に立っているサッシャは逆に、うきうきとした気持ちが漏れ出し周りに小花が散っている幻が見えそうなぐらいだった。
ディアーナが王宮という最高の舞台で行われるお茶会へ招待されたということは、最高のおしゃれをさせることができるということだ。専属侍女の腕の見せ所である。
昨夜の、ディアーナの希望に対してすっとメモ帳を出し情報を提示した自分はすごく『優雅なる貴婦人の夕べ』に出てくるわがまま王女の完璧侍女っぽかったのではないかという自画自賛からの興奮がまだ冷めていないところへのお茶会参加決定なので、なおさらポヤポヤ気分が隠しきれていないのだろう。
イルヴァレーノのサッシャとは反対側の隣にエリゼの侍女が控えているのだが、あんまりにも真逆の反応を示しているディアーナの従者二人の姿がおかしく噴き出してしまい、「こほんこほん」空咳をしてごまかしていた。
そんなこんなで朝食の時間は朗らかに過ぎていき、午前中は購入屋敷の再内見である。
外出着に着替えたエリゼとディアーナは御者と護衛一名を宿に残し、連れてきた使用人総出で屋敷へとやってきた。
「お待ちしておりました。邸内の清掃および生活準備、滞りなく完了しております」
「では、荷物を運びこむ段取りをとってちょうだい。こちらの使用人たちと連携をとってお願いね」
屋敷の玄関には、屋敷付きの使用人が勢ぞろいして待っていた。代表であいさつをしたのは今後この屋敷で執事を務めることになる男性で、ダレンという。
エルグランダーク王都邸の執事であるパレパントルよりは歳を取っていて、領地邸の執事であるパーシャルよりは若いという見た目だった。
使用人たちは屋敷の中へと散らばっていき、エリゼとディアーナ、サッシャとイルヴァレーノとエリゼの侍女はダレンと立会人とともに屋敷の中の最終チェックを行うことになった。
来歴の怪しいものや不明なもの、明らかに私物と思われる忘れ物などはすでに前持ち主へと送られており、立会人のお墨付きをもらった邸は掃除も行き届いてすっかりきれいになっていた。
最初の内見で回った時よりは装飾品が減っている所もあったが、新しく自分で飾れる楽しみがあると、エリゼはご機嫌だった。
「さ、お嬢様。あちらもしっかりと強度などを確認いたしました。お話に伺っております、お兄様と一緒にご使用いただいても問題ないとのことでございましたよ」
内見ツアーも最終盤、中庭にたどり着くとダレンが嬉しそうな笑顔でディアーナに振り向いた。
指示された先には、大きな木が堂々と茂っており、一本張り出した太い枝にロープが二本結ばれている。
二本のロープが垂れた先、地面から50センチほど離れた場所に板が結び付けられている。
貴族学校寮の応接室で、ディアーナがカインに言った「内緒の素敵なもの」というのはこのブランコの事だったのだ。
初めての内見時、このブランコを見つけたディアーナは駆け寄り、当時も案内役をしていたダレンに使い方を聞くと目をランランと輝かせて楽しそう! と喜んでいたのだ。
ロープの老朽具合を確認してからじゃないと遊べないと言われて一瞬不満そうな顔を見せたが、そのあとすぐに「じゃあ、お兄様と一緒に遊ぶまでのお楽しみにしておくわ!」とワクワクするような顔で笑ったのだった。
その印象があって、きっと喜ぶだろうと思っていたダレンだったが、振り向いたときに目にしたディアーナの顔は複雑だった。
口の端が上がりそうになりつつも、眉間にはしわが寄っており目も半眼になっている。
「おや。ブランコはもうお嫌いになってしまわれましたか?」
ダレンはちょっと肩を落として、しかしがっかりとした気持ちを顔に出さないようにしてディアーナに声をかけた。
最初の内見の時に、嬉しそうに笑っていたディアーナがとてもかわいかったので、ダレンは再内見までの清掃や設備点検時に、特にこの中庭のブランコを気にして点検をしていた。
最初にブランコを設置してから年月が経っているため、結び目は枝にめりこんで飲み込まれかけている。そのためにロープのかけなおしができなかったので、細いロープを周りに巻いたり編み込んだりしながら強度を上げるという工夫をした。
枝が成長したことで斜めになっていた座面の板も結び目を調整して水平にした。
万が一落ちてもけがをしないようにとブランコ周りに大小転がったり埋まったりしていた石をどけ、柔らかい品種の芝生と白い小さな花が咲くクローバーを一面に敷き詰めるように植えたりもした。
細かいささくれが刺さらないように、ロープのディアーナが握るであろう高さの部分をなめし皮でくるんで縫い付けたりもした。
そこまでやって、喜んでくれるだろうと期待していたのに当の本人の顔が微妙だったのだ。ダレンのがっかり度は大きかった。
そんな様子をみたエリゼは小さく噴き出すと、扇を開いて口元を隠しつつダレンに向かって肩をすくめて見せた。
「ディアーナは昨日、お兄様とケンカしてしまったのよね。せっかく、一緒に遊ぼうと思っていたのにケンカしてしまったものだからつまらない気持ちになってしまったのでしょう?」
ディアーナに話しかけるようにそう言ったエリゼだが、話の内容はダレンに聞かせるためのものであった。その言葉で納得したダレンは大袈裟に頷いた。
「そうでございましたか」
ブランコで遊びたいのに、一緒に遊びたい兄とケンカをしてしまった。先ほどの微妙な顔はその葛藤の表れだったのだとわかってしまえば、ダレンはほほえましい気持ちでいっぱいになり、それが顔に出ている。
ディアーナの前に膝をつき、目線を合わせるとにこりと笑った。目の端にカラスの足跡のようなしわができ、口の端の笑いしわが深くなる。
「このダレンが、せっかく直したブランコでございます。ぜひ、兄上様と仲直りしてくださいませんか」
「……しかたがないから、仲直りしてあげてもいいわ」
「ありがとうございます。お嬢様はお優しい方ですね」
ダレンにも、小さい孫がいる。娘がこの王都に居る商家に嫁いでいるので孫も王都にいる。ダレンが前当主について遷都先の次王都の邸へ移動しなかったのはそのためである。
小さい子は、ケンカした時に自分から折れる事が出来ない生き物であることも、ダレンは知っているのだ。
ダレンの為に、という仲直りの理由を差し出してみれば、ディアーナは少し不貞腐れたような顔をしつつも小さく頷いてくれたのだった。
「でも! 仲直りはおにいさまをぎゃふんと言わせてからですわ!」
良い感じに収まりそうだな、と思ったイルヴァレーノと大人たちだったが、やはりディアーナはディアーナだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます