第二百五十六回カインをぎゃふんと言わせるぞ会議

サイリユウム王国の現王都サディス。その高位貴族向け宿の最上階の客室にあるディアーナの寝室。

そこに、ディアーナ、サッシャ、イルヴァレーノの三人が集まっていた。


「第二百五十六回! お兄様をぎゃふんと言わせるぞ会議~っ!」


片手を振り上げ、元気よく会議名を宣言したディアーナと、その前に並んで立ってぱちぱちと軽く手をたたいているサッシャとイルヴァレーノ。

第一回のはずの開催回数を適当に大きな数で発表するのはカインの真似である。こう言った言動の端々から、ディアーナは兄からの影響を強く受けているという事がわかる。


ディアーナはすでにサッシャによって入浴と寝間着への着替えが済んでいる状態でベッドのふちに腰かけている。

今回の会議は、良いアイディアが出てくるかディアーナが眠くなるまでが開催時間である。


「ディも、お友だちを沢山作ってお友だち用のお顔で笑ってお兄様をくやしがらせたい!」

「ディアーナ様には、アルンディラーノ王太子殿下やケイティアーノお嬢様などのご友人がすでにいらっしゃるじゃないですか」

「アル殿下も、ケーちゃんもディだけじゃなくてお兄様とも仲良いもん。私とだけ仲良しの、お兄様の知らないお友だちが欲しいの!」


イルヴァレーノがなだめようとするが、即却下されてしまった。

イルヴァレーノは刺繍の会にはついていけないので、帰ってきたディアーナから聞く話でしか友人関係を知らない。

アルンディラーノについてはカインによる王太子誘拐未遂事件やエルグランダーク邸への訪問時などに仲良さそうにケンカする姿を見ていたし、夏休みの領地邸でも一緒になって遊んでいたので名前を出してみた。ケイティアーノという同じ歳の令嬢はたまにエルグランダーク家にお茶を飲みに来ていたし、刺繍の会から帰宅した後に良くディアーナの口から出てくる名前だったので知っていた。それだけである。


イルヴァレーノは今、ディアーナの侍従としてサッシャの手伝いをすることが多いが、本来はカインの侍従である。できればカインの意に添わなそうな方向に話が行くのを防ぎたい。

困ったイルヴァレーノは助けを求めて隣に立つサッシャを見上げた。サッシャは貴族家出身の侍女なので、王宮へ出向く用事の時でもディアーナに付いていけるのだ。

イルヴァレーノよりもディアーナの交友関係に詳しいはずである。


「抜かりなく。お調べしてございます、ディアーナお嬢様」


キランと目の端を光らせて、サッシャはスカートのポケットからメモ帳を取り出すとペラペラとめくりだした。

その姿を見て、イルヴァレーノは今回に関しては味方がいない事を悟り、心の中でカインに謝罪した。せめてディアーナが誰と仲良くなるつもりなのか、この作戦の途中経過などをカインに漏らすことで役に立とうと心に決めた。


「この国には、王女が二人おられます。第一王女殿下が十歳で第二王女殿下が八歳なのでディアーナ様の一つ上と一つ下の年齢になりますね。お友だちとなるのにちょうど良いかと思われます。また、第二王子殿下はディアーナお嬢様と同じ九歳ということですから、こちらも年齢的につり合いがようございますね」

「あ、ジャンルーカ殿下だね! お手紙のやり取りをしているのよ!」

「そうでした! 文通相手に実際に会う……ロマンスの始まる予感すらいたしますね」

「始まったらダメでしょ。カイン様をぎゃふんと言わせるどころか号泣させてしまう」


歌劇好きのサッシャが、シチュエーション萌えで脱線しそうになるのをイルヴァレーノが突っ込んで止める。カインはなぜかディアーナを王族関係者に近づけたがらないので、できれば今サッシャが上げた人たちとは交友を持たせたくないイルヴァレーノである。

かといって、サッシャと違いそう言った人間関係に関する調査は全くやっていなかったイルヴァレーノには出せる手札も無かった。

イルヴァレーノは、購入候補の家の内見時には隠し通路がないか、死角になる通路はないか、人が隠れやすい場所はないかと言った視点でばかり家を見ていたのだが、サッシャは引き続き雇われる予定の使用人たちに「ディアーナにとって有益になりそうな情報」を聞き出していた。

サッシャは魔法学園を優秀な成績で卒業しているくらいなので、サイリユウム語もまぁまぁできるのだ。


「それと、こちらの国ではもうすぐ建国祭があるそうですよ。お祭りでどのような催しがあるのかまでは調べ切れていないのですが、何か参加できそうな物があれば参加してみるのもお友だち作りには有効かもしれませんね」

「お祭り!? サイリユウムって建国の王様が騎士だったんだよね? だったら、騎士に関する催し物もあるかもしれないね!」


お祭りと聞いて、ディアーナがベッドのふちから飛び出す勢いではねた。これまで国の邸からあまり外に出たことの無いディアーナには、お祭りと言えば年末の神渡りが真っ先に頭に浮かんでくる。

沢山の明かりがともされて、夜なのに昼間の様に明るくなっている王宮の庭。沢山並べられているごちそうやデザートはその日ばかりはいくら食べても怒られないし、立ったまま食べても怒られない。そして、大きな鐘を自分の力で鳴らす楽しさ。鐘を鳴らす列で前後になった子どもとその場限りで楽しくおしゃべりして盛り上がって、バイバイ! と別れた楽しい思い出がよみがえる。


「反対! 人出が山ほど予想される祭りに出かけるなんて、危なくて仕方がないだろ。知らない人とその場でお友だちになって遊ぶって事は、人ごみに入るって事だろう? ディアーナ様をそんな危ない所に行かせられない!」


イルヴァレーノが強めの語調で反対した。

カインに拾われてからはほとんどないのだが、孤児院に居た頃は街の祭に院の仲間と出かけることもあった。そしてそういったところに行けばだいたい下の年齢の子は迷子になるし、上の年齢のヤツは誰かと喧嘩して怪我をして帰ってきていた。

自分たちの境遇のせいで、家のある子たちよりつらく当たられている事もわかっていたがそれでも街が賑やかなのに黙って孤児院の中でじっとしている事は出来なかった。

お祭りが楽しいのもわかる。しかし、そこに行く危なさも身に染みているイルヴァレーノは、ディアーナをそんなところに連れていくなんてとんでもないと思った。


「イル君のケチ! 催し事によっては、貴族の子ばかりの集まりだってあるかもしれないもの。私だって、自分が公爵家の令嬢だって自覚はあるんですのよ! ちゃぁんと調べて、ふさわしい催し物を選びますわ!」


令嬢の自覚あり、という事を強調するかのようにわざと淑女しゃべりをして見せるディアーナ。それでも語気が荒くなっているので幼さがにじみ出てしまっている。


「なんにしても、明日は午前中に屋敷の残置物確認の結果報告を兼ねた再内見、午後から奥様は王宮のお茶会に参加するという予定になっております。まずは、奥様のお茶会にお供させていただいて二人の王女殿下と第二王子殿下について偵察いたしませんか? 私も建国祭の催しについてやこの国の貴族構成をもう少しお調べいたしますから」

「それだー! ディ、お母様に明日連れて行ってってお願いしてくる!」


サッシャの提案に、部屋を飛び出そうと駆けだしたディアーナの襟をとっさにイルヴァレーノがつかんで足止めした。ディアーナが一瞬「ぐえ」と令嬢らしからぬ声を出したが、イルヴァレーノは「失礼」と言ってすぐに腰を抱え上げてディアーナを持ち上げ、そのままストンとベッドの端に座らせた。


「もう夜遅いですよ。奥様もお休みになる時間ですから、明日にしましょう。王宮のお茶会は午後からですから、朝のうちにお願いすればきっと大丈夫ですよ」

「この時間にお願いしても、結局使いを出すのは朝になってからになる。明日朝寝坊をしないようにもう寝た方がいいですよ、ディアーナ様」


興奮して元気いっぱいに振舞っているディアーナだが、実はしゃべりながらも時々目が閉じかかっていた。ハッと気がついては元気にふるまっているが、まだ九歳のディアーナの活動限界はもうとっくに過ぎていたのだ。


「うん。もうねて、あしたおかあさまにおねがいする。おうじょさまとおうじさまにごあいさつするからつれてってっていう」


サッシャがディアーナを布団の中へと入れて、優しく肩をなでているウチにディアーナは健やかな寝息を立て始めた。


第二百五十六回カインをぎゃふんと言わせる会議はこうして閉会したのだった。

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