深夜にお手紙を届けるお仕事

カインの後ろからひょこっと頭を出したジュリアンの手には、いつのまにか剣が握られていた。


「カインの知り合いか?」

「ええ、私の侍従のイルヴァレーノです」


ジュリアンとカインが会話する間に、イルヴァレーノはフードを後ろにおしやり、口元を覆っていた覆面を首まで下げて顔を出していた。


「《どうしたの? は! ディアーナに何かあった!?》」

「《ディアーナ様はまだ拗ねてるけど、元気だから安心していい》はじめまして、イルヴァレーノです。我が主、カイン様がお世話になっております」


リムートブレイク語で会話を始めたカインとイルヴァレーノだが、カインの後ろからジュリアンが出てきたのを見て、イルヴァレーノがサイリユウム語で挨拶を述べて頭を下げた。


「おお、サイリユウム語ができるのだな。優秀な従者ではないかカイン。イルヴァレーノ、はじめましてではないぞ。夏休み開始前に馬車止め近くで会っておる。息災そうでなによりだ」


ジュリアンがイルヴァレーノに挨拶を返すが、カインの斜め後ろに立ったまま前に出ようとはしなかった。時間と相手に対する王族の距離感なのだろう。


「しかし、警備はどうした? 仮にも国中の貴族の子どもを預かっておるのだ。それなりの予算をかけて騎士を巡回させているのだぞ」

「はい。とても厳重に、しっかりと警備されておりました。何事も見逃さぬようにと強い視線、強い意志をもって巡回しておりましたので、その気配を避けて参りました」


イルヴァレーノの言葉に、ジュリアンは「あちゃー」と王子らしからぬ声を出しながら片手で顔を覆って天井を仰いだ。

警備にあたっている騎士がまじめで勤勉であるからこそ、人の気配を読むのに長けているイルヴァレーノはそれを避けることができたというのだ。皮肉なことである。

威圧感を出して騎士がうろつく事自体は防犯効果が見込めるため、決して悪いことではない。

実際、カインは学内アルバイト仲間である先輩諸氏から「夜中に町に抜け出そうとしたが、おっかない気配を漂わせた騎士が見回っていたので怖くてあきらめた」等といった話を聞いたことがある。

貴族の子息令嬢が集まっているのだから金目のものがあるだろうという軽い気持ちで泥棒に入ろうとする輩には十分効果を発揮しているはずだ。


「気配を消して待機し、気配を読んで侵入者を捕縛するタイプの警備についても検討することにしよう」


ジュリアンはため息交じりにそういうと、手に持っていた剣をポイっと自分のベッドに投げ捨てた。


「しかし、イルヴァレーノよ。身内からの緊急の連絡であれば、寮監に申し出れば夜間でも面会は可能である。次からはこのように忍び込むのはやめよ」

「寛大なお言葉ですね?」


一応眉間にしわを寄せて厳しい顔をしつつ、あきれたような声でジュリアンが注意したのに対して、イルヴァレーノではなくカインが問い返す。


「悪意を持ってこの部屋に忍び込めば、必ずハッセが飛んでくる。来ないという事はそういうことであろう。カインの従者ということであるし、厳しくとがめはせぬ。ただ、バレれば明日からハッセがうっとおしくなるからこのことは他言無用とすること。よいな?」


ジュリアンの言葉にカインとイルヴァレーノの二人は大きくうなずいた。



「まずは、これをお渡しします」


イルヴァレーノは懐から一枚の封筒を取り出してカインに手渡した。封もされていない真っ白い封筒から手紙を出すと、カインはさっと目を通した。


「上がエルグランダーク家サディス別邸の住所で、下が現在滞在中の宿の住所です。奥様が『我に返ったカインが慌てて別邸の住所を突き止めて夜中にやってくるかもしれないから、まだ宿にいると伝えてきて』と」

「あれ? 家具付き使用人付きの家を買ったんじゃなかったっけ?」

「そうだけど、主家不在の期間が長かったんで手入れが行き届いていないところがあったのを何とかするのと、前住人の置き土産が無いかの調査をするのに少し時間がかかるらしい」


前住人の置き土産という言葉に、カインは真っ先に「盗聴器」「隠しカメラ」という道具を思いついた。しかしこの世界に「盗聴器」といったハイテクグッズがあるとは思えない上にサイリユウムは魔法使いがほぼいない国なので、類似の魔道具が仕掛けられているとも思えない。少し考えてみたが、カインはほかに置き土産というものが思いつかず首を傾げた。


「家具付き使用人付きだからであろうな。例えば、倉庫や宝物庫などに盗品が所蔵されておったとしよう。それらの存在が引っ越し完了後に発覚すれば、それはエルグランダーク家の罪となってしまう可能性が高い。前からあったものか、引っ越し後に持ち込んだものかなど、後々では判別できるものではないからな」

「な、なるほど」


ジュリアンの言葉に、そういう事かとカインは納得した。前回の遷都は百年前なので、家を売った者が新興の貴族でないのであれば三代か四代はこちらの家に住んでいた可能性がある。であれば、現在の当主が良い人だったとしても先代や先々代が残した『厄介な荷物』が存在する可能性はあるといえる。処分に困っていたそれらを、家と一緒に押し付けちゃえ! という発想がないとは言い切れない。


「使用人たちの身元調査も含まれています」

「な、なるほど?」


さらに、イルヴァレーノが付け足した。前住人の置き土産。確かに、使用人込みで譲り受けるのであればその人たちも置き土産と言えないことも無いだろう。

使用人込みで家を譲る、という事になれば前住人である貴族家から紹介状をつけられているようなものであり、ある程度は信用できるはずである。が、引っ越しのどさくさに紛れて間諜のような仕事を請け負った人物が紛れていないともわからないし、うがった見方をすれば隣国の筆頭公爵家を探るために家を譲ったまであり得るといえばありえそうである。



「我が国には魔法はほとんどないが、呪いはあるでな。呪われた家具や道具などを残されていないかというのを確認するのも必要かもしれぬな」

「呪いですか?」

「魔女の村があったという言い伝えだってあるのだ、不思議ではなかろう」

「屋敷の残置物確認の立会人もそのようなことを言ってましたね」


そして、呪いときた。カインはもう苦笑するしかない。ゲーム大好きだった前世の記憶を持って生まれたこの世界、ステータスオープンもシステムウィンドウ表示もできない世界で一度はがっかりしたものの、魔法があると知って狂喜乱舞したカインである。

ティルノーア先生に師事して魔法を学び、かなりの量の魔導書も読み込んでいる。そのカインの知識と理解から言えば『呪いはあり得ない』というのが結論だった。

しかし、ジュリアンは『呪いはある』というし、イルヴァレーノも『立会人がそう言っていた』という。であれば、呪いは魔法の延長ではなく、まったく別の理屈で存在している事になる。

カインとしては、半信半疑であいまいな笑みを浮かべるにとどめた。


「過去には、隠し部屋に隠し子が残されていたこともあるそうだぞ。貴族税を払うのが嫌で末っ子を隠して育てていたそうだがな、使用人任せにし過ぎて子どもがいることもすっかり忘れていたと弁解していたらしい。忘れていて残したにせよ、捨てるつもりで置いて行ったにせよ気分の悪い話であるがな」

「そんなことが? 養子に出すなりすればいいだけの話じゃないですか。そもそも、貴族税がかかるのは成人してからですよね?」

「貴族学校に通わせるのに金がかかるであろう?」

「金のない貴族の為に、もろもろ免除される制度や学内アルバイト斡旋があるんじゃないんですか?」

「費用の免除を申請したり、学内で我が子がアルバイトをしなければならぬという事にプライドが傷つけられると考える貴族もおるという事だ。筆頭公爵家の嫡男なのにアルバイトをしているカインが珍しいのだよ」

「……大人ってしょうもないなぁ」


衝撃の『置き土産』のたとえ話に、カインはため息をつきつつもイルヴァレーノへ視線を飛ばした。カインと一緒にジュリアンの話を聞いていたイルヴァレーノだが、カインの視線を感じて振り向くと小さく横に首を振った


「今のところ、子どもが見つかったという話は聞いてない」

「なら、良かったよ」


とにかく、そう言ったもろもろの『置き土産』がないかどうかを立会人を入れて確認し終わってからの入居となるそうで、その日が来るまでは遊びに来るなら宿に来るように、という母の伝言をイルヴァレーノは持ってきたのだった。


「他に、何かある? ディアーナは元気にしてる? 僕の事何か言っていた? 何で急に怒ったのか聞いた? ディアーナの部屋はちゃんと鍵がかかる部屋にしてもらってる? あ、これから抜け出して宿に行くというのは……」

「カイン様、ディアーナ様はまだ拗ねてます。なんでディアーナ様が拗ねているのかわからないウチに会いに行っても怒らせるだけだと思いますよ」

「そんな……」


カインの肩がしょんぼりと下がり、心なしか背中に垂らした三つ編みもしおしおになって垂れている。

置き土産について語らっているウチに、ジュリアンは自分のベッドに腰を掛け、カインは椅子に座ってイルヴァレーノは机に腰を預けて立っているという状態になっていた。


寮の応接室でのカインの妹溺愛ぶりと、玄関近くの廊下での「おにいさまなんてしらない」発言の現場に居合わせたジュリアンは、なんとなくディアーナの拗ねている原因に心当たりがあり、ニヤニヤと意地悪そうな顔で笑いながらカインの様子を眺めていた。

しばらくの間、ぶつぶつと独り言を言いながらディアーナが拗ねた原因を思いつくままに検討していたカイン。

ふと、何かに気が付いたような顔をして立ち上がるとイルヴァレーノの前に立った。


「どうしました? カイン様」


イルヴァレーノは相変わらずカインの勉強机に腰で寄りかかっており、目の前に立ったカインより少し頭の位置が低くなっていた。

カインはイルヴァレーノに覆いかぶさるようにして両手を机につけると、至近距離からイルヴァレーノの顔を覗き込んだ。

まじめな、ここぞというキメ顔で迫ると目を細めて小さく口角を上げた。


「イルヴァレーノ。ディアーナの機嫌を直すヒントを……教えてくれるかい?」

「なっ。 んなっ!」


イルヴァレーノは顔が真っ赤になり、言葉に詰まってしまう。わなわなと肩が震え、眉尻が吊り上がったその時。


「顔面の威力で押し通そうとするな!」

「ぐふぅっ」


イルヴァレーノは叫びながらカインの腹にこぶしをめり込ませた。至近距離から、不意打ちでもろに腹を殴られたカインはつぶれたカエルのような声を上げると、両手で腹を抑えながらうずくまってしまった。


「六年ぶり二回目! 二度とするな!」


うずくまっている、自分の主であるカインを真っ赤なままの顔で見下ろしたイルヴァレーノは、そう吐き捨てるとフードと覆面で顔を隠し、窓際へと素早く移動した。

大きな声を出してしまったので、早々に退散することにしたのだ。用件はもう済んでいる。


「ジュリアン第一王子殿下。今夜は失礼いたしました。奥様から、引っ越しが終わりましたら是非遊びにいらしてください、と言付かっております」

「うむ。ではありがたくお邪魔させていただく、と返事をしておいてくれ」


短い挨拶を交わすと、入ってきた窓からするりとイルヴァレーノは出て行った。ゆっくりと窓辺に近づき、ジュリアンがその下を覗き込めばそこにはもう誰もいなかった。

窓から出て行ったあと、屋根の方へと上がったのかもしれないと上を見上げたが、やはりイルヴァレーノの姿は見つからなかった。


ジュリアンが静かに窓をしめ、室内へと振り向けばまだ床にうずくまっているカインが居た。

大袈裟にしているが、いたずらに迫ったカインをどけようとしただけでさほどの威力はなかったようにジュリアンには見えていた。

イルヴァレーノに迫ったカインの顔は、ジュリアンからは死角となって見えなかったのだが、いつか窓辺で光を浴びて手紙を読んでいたカインの、女神のような美貌を思い出せばイルヴァレーノの動揺っぷりも納得できるというものだった。


「ほんっとうに、残念美形であるな。カインは」


うずくまるカインの背を通りすがりにポンポンと軽くたたいたジュリアンは、そのまま自分の布団に潜り込んで目をつぶったのだった。

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