仮縫い
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勤労学生にとって、長期休暇というのは稼ぎ時である。
貴族長男だが将来は家を出て平民の恋人と結婚し、街で食堂をやるという目標のある三年生のマディは、寮の食堂で皆に有料で食事を作っている。昼も恋人の家である街の食堂で働いているらしい。
その他にも、領地を持たない貴族であまり裕福でない家の学生たちは図書館司書の手伝いや授業がある時には整理できない教員室の整理整頓などに駆り出されて小遣い稼ぎをしていたりする。そのほか、平民向け図書館や孤児院などへ出向いて読み書き計算の家庭教師のような事をしている者もいた。そう言った仕事の報酬は一部の高位貴族家から出されるそうだ。
カインも、ジャンルーカの家庭教師として毎日のように城に通っていた。
キールズから送られてきたリムートブレイク語の絵本をジャンルーカに音読させたり、ディアーナやイルヴァレーノから届いた手紙を読んで返事を書いたり、罰ゲーム付きサイリユウム語禁止時間を作って庭を散歩したりと、アルバイトにしては楽しい時間を過ごしていた。
冬になり、年を越せば進級試験が待っている。何がなんでも三年で国に帰るつもりのカインは、ジャンルーカに言葉を教えつつも自分の勉強を進めていた。
一週間の収穫休暇もあとわずかというある日、図書室でいつものようにジャンルーカとカインが勉強をしている所へ、ひょっこりとジュリアンが顔を出した。
「やっておるな。進み具合はどうなっているのだ?」
「《こんにちは、お兄様。カインのおかげで、だいぶ話すことができるようになりました》」
「おおすごいな。流暢ではないか、ジャンルーカ。《えらい。よくやった》」
「はい!」
図書室の、窓際に座るジャンルーカとカインに近づきつつ話しかけるジュリアンに、ジャンルーカがリムートブレイク語で返事をしてみせれば、ジュリアンは嬉しそうに褒めてみせた。その言葉がうれしかったのか、ジャンルーカはニコニコである。
「ジュリアン様の方がちょっとカタコトじゃないですか」
「良いのだ。ジャンルーカがしゃべれるのであれば、私は相手の言う事が理解できる程度で構わない。適材適所だな。すべてを自分でやる必要はないであろう」
「はいっ! きっと兄上のお役に立って見せますから!」
「期待しておるぞ」
ジャンルーカのすぐそばまで来たジュリアンはそう言ってジャンルーカの頭をやさしくなでてやった。
いつかカインが「甘えてほしければ甘やかせ」と言って以来、ジュリアンは良くジャンルーカの頭をなでているようだった。ジャンルーカが時々「頭をなでていただいた」とカインに報告してくるのである。嬉しそうに。
「ところで、その服装はなんですか?」
「ん?これか?」
カインはジュリアンの服装を指さした。ジュリアンは白い詰襟の騎士の制服とよく似たデザインの服を着ているのだが、襟や袖、裾などが青くて太い糸でざっくりと縫われているのだ。縫い目が見えるように縫われているそれは、まるで仮縫い中の服のようだ。
「建国祭で着る礼服の仮縫いが出来上がってきたのでな、動きに支障がないか城内を一周回っていたところなのだ」
そう言って腕を上げたジュリアンはその場でくるりと回って見せた。その時に大きく回った腕が後ろに立っている人物に当たりそうになったのだが、スッと静かによけられていた。
「ハッセは接触禁止令が出ていたのでは?」
カインはジュリアンの後ろに立っている人物に視線を向け、苦笑いをする。静かに立っているハッセも、白い騎士制服風の服がざくざくとした青い糸で縫われている状態だった。
「ハッセはもともと私の側近兼護衛だからな、建国祭の打ち合わせなどをせぬわけにはいかぬであろう。ちゃんと用事があれば顔も合わせるし話もするさ。学園生活で過保護に世話をされては適わぬというだけの話である」
「過保護なつもりはないのですが……」
「自立と成長を促すための学園寮生活なのだ、歯磨きも入浴も手伝おうとするのは過保護だというのだ。ハッセは私を靴紐も結べぬまま成人させるつもりか?」
「そんなつもりは……」
恐縮して頭を掻くハッセから視線をもどし、ジュリアンが優しい顔でジャンルーカを見た。
「ジャンルーカの服も仮縫いが上がってきておる。服の馴染みを確認するついでに呼びに来たのだ」
「僕のも!」
「カインも来るがよい。菓子と茶の用意があるでな。ジャンルーカの雄姿を一緒に見ようではないか」
「カイン! 僕が騎士制服を着た所みせたいです!」
ジュリアンに頭をなでられたままの状態で、ぐりっと頭をカインに向き直したジャンルーカが期待を込めた顔でカインを見上げてくる。
カインは、子どもに期待されると弱い。
「では、お勉強は一旦休憩ですね。お茶をいただきましょう」
カインが頷いたことで、ジャンルーカのお勉強タイムは一旦休憩となったのだった。
先を歩くジュリアンとハッセに続き、ジャンルーカと並んで歩くカインは真っ白い服に青い糸が縫われている二人の服を眺めていた。
詰襟で袖は大きく折り返してあり、裾は太ももの中ほどまでと長い。つくりはこの国の騎士の制服に似ているが、仮縫い用の糸以外の装飾が何もついていないのでだいぶあっさりとして見える。
「建国祭の為ということですが、何かイベントがあるんですか?」
隣を歩くジャンルーカにそっと聞いてみると、大きく頷いたジャンルーカは前を向いたまま説明してくれた。
「サイリユウムは建国の王が騎士だという事もあって、建国祭では騎士が王都の中を行進……パレードして歩くんだ。総騎士団長として陛下が先頭を行き、近衛騎士団、王宮騎士団、王都警備団と各領地の騎士団と続いていくんだけど、その後に騎士見習いやちびっこ騎士団行列なんかも続くんだ」
「ちびっこ騎士団行列」
カインの頭の中に、前世の祭りで町内を練り歩いておばちゃんたちから飴を貰っている子ども神輿の姿が浮かんで消えた。
「兄上やハッセは、見習い騎士団行列に参加して、僕はちびっこ騎士団行列の先頭を歩くんだよ。……ちびっこって名前が不満だけどね。そのための衣装を作ってもらってるんだ。一年前に比べたら僕も背が大きくなりましたから!」
建国祭の説明をしつつ、最後には自分の成長を自慢するジャンルーカ。ドヤ顔をする九歳の姿にカインは思わずディアーナの姿を重ねてしまった。夏休みから数カ月たっている。ディアーナもどれだけ大きくなったことだろうか。
「カイン、泣いてるの?」
「泣いてません」
「……泣いてるよ」
「そういう時は、見ないふりをするものですよ」
カインは目頭をぎゅっと片手で強く抑えつつ、頭を振って郷愁を胸に片づけた。年を越して進級試験が終われば、新しい学年が始まるまでにまた長期休暇がある。
その時にはきっと成長しているであろうディアーナを沢山愛でて撫でて可愛がるのだ。そして最短である三年で卒業して帰国する。
そして、それまでにジュリアンの四人の妃枠を埋めるか、ジャンルーカに自信を持たせてなんでもかんでも兄に譲る性格を矯正する。ディアーナの成長を思って泣いている場合ではないのだ。
「なんだカイン。ホームシックか?」
「シーっ! 兄上、こういう時は見ないふりをするものですよ!」
カインの様子がおかしい事に気が付いて振り向いたジュリアンのセリフに、ジャンルーカが教わったばかりの言葉で返すのがおかしくて、泣いていたはずのカインは思わず噴きだしてしまった。
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