収穫休暇

  ―――――――――――――――  

サイリユウム貴族学校では、秋が深まってきたころに『収穫休暇』という一週間ほどの休みがある。

春の『花祭り休暇』と違って王都でイベント事があるという事もなく、実家へ帰省する学生も少ない。


ジュリアン曰く、

「種まきと違い収穫時期は各地方や作物によってバラバラであろう? 家業の手伝いとして帰省せねばならぬ学生はさほどおらぬのだ」

とのことだった。実際にそうなのかをほかの友人に聞いてみれば、

「うちの領地も、春の種まき時期に植えたやつは夏に収穫済みだしね。夏休みのうちに収穫も冬向け作物の種まきもやってきたから、収穫休みは帰らないよ」

とアルゥアラットが朗らかに笑い、

「妹が生まれたらしくて、しかも双子だから構ってられないから帰ってくるなって言われた……」

とディンディラナがさみしそうに笑った。ジェラトーニは、

「僕も、今回は残ろうかな。勉強しないと学年末の試験がまずいかもしれない……。家? 家業が忙しいのは冬だよ」

と難しい顔を作って腕組みをしていた。


「どちらかといえば、王宮の税務部が徴税するための期間ですわね。文官総出で各領地へ行って収穫量や人口を確認しに行きますけど、貴族学校の教師には本業は文官という方もいらっしゃいますから」

「非常勤教師の方たちのほとんどがいなくなってしまうので、学校が休みになるという事ですわね」

シルリィレーアとユールフィリスが、そう言って一週間も休みになる理由をカインに教えてくれた。


各地の収穫が一通り終わったこの時期に、税務部の役人文官たちが各地へ赴きサイロや穀物倉庫の視察をしたり領主館で帳簿のチェックをしたりするらしい。

もちろん、アルゥアラットの領地のようにこの秋以降にも収穫があったり、ジェラトーニの領地のように農業ではなく酪農が主要産業であったりすればこの時期で一区切りということはない。

しかし、大多数の領地がこの時期には収穫も終わっているということで、徴税のための調査がこの時期に行われることになっているということだった。


「領地を持たない貴族については、主に貴族税の確認になるな。各家の持っている爵位の確認や出生者・死亡者の確認などが役人文官によって行われるのだ。それゆえ、貴族名鑑の最新版は年明けに発売されるのであるな」

ジュリアンが腕組みをしながら、ついでのように付け足した。

「秋の終わりに確認して、発売が年明けなんですか?」

前世と違って印刷技術がさほど進んでいないこの世界では、本を作って世に出すまでに時間がかかる。しかし、秋の終盤とは言えまだ冬にもなっていないこの時期から、冬の終わりである年明けまでとなると時間が空きすぎている気がして、カインは聞き返した。


「内容確認と、写本のチェックが大変厳しいのだと聞いておりますわ」

「第一夫人と第二夫人の記載を間違えて大変な騒動になったことがございましたね」

「あの時は、出版書店が三軒ほどつぶれそうになり、税務部と記録部の役人が何人か死にそうになったのであったな……。慎重に確認するよう決まりが厳しくなり、貴族名鑑は写本を作るのに許可が必要になったのだ。それで一般に販売されるようになるまで時間がかかる」

アルゥアラット達は首をかしげて「自分たちも知らない」という顔をしていたのだが、

シルリィレーアとユールフィリス、ジュリアンの三人は理由を知っていたようで答えてくれた。意外としょうもない理由だった。


三人は生まれてからずっと王都で暮らしている上、王子とその婚約者とその乳兄弟なのでそういった事情に詳しいのかもしれない。


「平民の中でも、貴族を相手に商売をしている富裕層は貴族名鑑を購入するらしいのですけど、王都の西端にある雑貨店で売りに出される『似顔絵付き貴族名鑑』が毎年人気らしいですわ」

「え!? 似顔絵付き? そんなのあるんだね。僕それほしいなぁ」


貴族学校には、貴族名鑑を暗記するという授業もある。暗記が苦手な生徒なら、確かに似顔絵付きの方が覚えやすいかもしれない。しかし、問題はその似顔絵がちゃんと似ているかどうかじゃなかろうかと、カインは詳しい店の場所を聞き出そうとしているジェラトーニの様子を見ながら苦笑いした。


「で、明日からの収穫休暇だけど。アルゥとジェラは帰らないとして、カイン様やジュリアン様はどうするんです?」


脱線していた話を、ディンディラナが元に戻した。

寮の食堂で、皆で夕飯を食べている所である。


「わたくしとユールフィリスは明日、帰宅する予定ですわね」

「ええ、シルリィレーア様。そうは言っても、私たちは王都内ですから気軽なものですわね」

シルリィレーアとユールフィリスは帰るという。ユールフィリスの言う通り、シルリィレーアの家はすぐそこである。花祭りでカインが日々アルバイトに通えていたような距離なので、特に荷造りという事もないようだ。

「カイン様は? 一週間だと帰国は難しいよね」

ディンディラナが食べ終わった食器を自分の前で重ねながら、カインに水を向けてきた。カインは最後に残っていた果物にフォークを差しながら、肩を小さくすくめた。

「飛竜も、国境は越えられないらしいからね。国境まで半日でたどり着けても、そこからリムートブレイク王都まで四日かかるし、今回は泣く泣くあきらめるよ。……花祭りと一緒で二週間の休みだったら帰れたんだけどな」


王族から請け負っているだけあって、ジャンルーカの家庭教師は報酬が破格だった。飛竜を一往復分借りるぐらいのお金はたまったのだが、いざ借り方などを調べてみたところで問題が浮かび上がってきた。

飛竜は、国防の観点から他国に乗り入れることはできないというのだ。確かに、ガントリークレーンほどもある竜が突然飛来したら驚くだろう。相手国からしたら、飛竜が乗り込んでくれば侵略か!?と思っても仕方がない。

そんな事情もあり、飛竜での移動は国内に制限されているのだ。サイリユウム王都からリムートブレイクとの国境まで馬車で三日の旅程を半日に縮めることができるが、国境からリムートブレイク王都までの馬車で四日の旅程は今のところどうやっても縮まらないのだ。


「まぁ、私が王となりカインがかの国で筆頭公爵となった暁には、飛竜による移動や輸送について取り決めを定め、行き来を楽にしようではないか」

「かなり未来の話ですね」

「未来を語るのは若者の特権であるからな」


ジュリアンはそういうとカラカラと楽しそうに笑った。



収穫休暇中も、カインは一日置きに王宮へと通ってジャンルーカにリムートブレイク語を教えていた。

といっても、授業中はリムートブレイク語のみを使って話す、キールズから送ってもらった絵本を音読する、ディアーナとエリゼ、イルヴァレーノあての手紙を書いてカインがチェックする。といった事をのんびりやっている感じなので、お仕事半分遊び半分と言ったところだった。


ジャンルーカも時々呼ばれて席を外すこともあったし、カインは勝手に図書室の本を読んだり飛び級するための勉強をしたりして過ごしていた。

時々、二人の王女も顔を出すこともあったが、彼女たちも何やら忙しいようで最初の頃程は邪魔をしに来ることはなかった。



「お、いたいた。カイン。キリが良いようであれば休憩をせぬか?」

「ジュリアン様?」

「兄上?」


一週間の休暇も残りわずかという日、カインとジャンルーカがお互いもくもくと図書室で本を読んでいたところにジュリアンがひょっこりと顔を出してきた。

その後ろからハッセも一緒に顔をのぞかせている。

ジャンルーカは嬉しそうに破顔すると、ぴょんと椅子から飛び降りるとパタパタとジュリアンの傍へと駆け寄った。


「兄上、建国祭の服ですか?」

「うむ。仮縫いが上がってきたのでな。着たままぐるりと城を一周歩いていたところなのだ」


ジャンルーカの声に返事をしつつ、ジュリアンは腕を広げてくるりとその場で回って見せた。本人が言う通りに、ジュリアンは騎士制服のようなデザインの白い詰襟の服を着ており、藍色の太めの糸で袖や裾などが縫われていた。

後ろに立っているハッセも同じような状態の服を着ている。


「ジャンルーカの物もできていると言っていたから、後ほど衣装室へと一緒に行くとしよう」

「はいっ!」


すでにジャンルーカが休憩する気満々なので、カインも苦笑いをしつつ読んでいた本を閉じて立ち上がった。

  ―――――――――――――――  

つなぎのお話です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る