褒め殺し大作戦

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「フィールリドルお姉さま。今日はいつもと違うリボンをつけていらっしゃいますね。とてもお似合いですよ」

「え。そ、そう? ……まあ、私はかわいいんですもの! 当然ですわ!」

「ファルーティアもおそろいのリボンなのだね、君にもとっても似合っているよ」

「わ、私もかわいいんですもの! 当然なのだわ!」


廊下でジャンルーカの姿を見かけ、またからかってやろうと早足で近づいてきた二人の王女に、ジャンルーカが先制して声をかけた。

ジャンルーカの方から先に声をかけてくることなど今までなかったものだから、二人の王女は驚いて一瞬たじろいだ。そして、誉められたのだと気が付くと大いに胸を張って偉そうに仁王立ちをした。

ふんっと鼻を鳴らし、何か言いそうになったところをすかさず、ジャンルーカの隣に立っていたカインがフォローする。


「フィールリドル王女殿下、ファルーティア王女殿下。そんな風に胸を張っては気が強そうに見えてしまいます。せっかくの可憐なお姿がもったいないですよ」

「あ、あら。カイン、そうかしら。おほほほ」

「可憐!? そうかしら。うふふふ」


胸を張り、あごを上げて頑張って自分よりわずかに背の高いジャンルーカを見下ろそうとしていた二人の王女は、カインの言葉に頬を桃色にすると手を腰から下ろし、肩幅に広げていた足もかかとをそろえて立ち直した。


「さすがサイリユウムの王女殿下たちですね、とても美しい立ち姿です」

「姉上もファルーティアもとても素敵です」


立ち方を変え姿勢を正した二人の王女を、カインとジャンルーカの二人がかりで畳みかけるようにほめたたえる。

いつもとは違うカインとジャンルーカの様子に、二人の王女は怪しさは感じつつも褒められれば悪い気はしないようで、おすまし顔をしつつも口の端がぴくぴくと上がりそうになっている。


「新しいリボンをつけているのを、お母様にもお見せしてくるわ!」

「今日はこれで失礼するわ!」


二人はそう言い残して、駆け足で廊下の向こうへと去って行った。

バタバタと足音を立てて走る姿には、可憐さはみじんもなかった。


「ふふっ。うふふふっ。カイン! 見た!? あの二人、僕に何も文句を言わずに行ってしまった!」

「ええ、ジャンルーカ様が上手に褒めたので、上機嫌になっていましたね」


廊下の先を曲がり、二人の足音も聞こえなくなった頃にジャンルーカはこみあげる笑いをこらえられずにこぼした。

今日は、「魔力持ちのはずれっ子」とさげすまれることも無く、「生意気よ!」と頬を叩かれることも無かった。

さらに、ジャンルーカとしては目についたリボンを褒めただけなのに、大喜びしていて自分が「かわいい」と言われたと勝手に勘違いしている二人の姿がおかしかった。


「僕はあの二人が嫌いなのに、するすると誉め言葉が出てきたよ。嫌いなんだから嫌われても良いやって思ったら、緊張せずに考えておいたことがちゃんと話せたよ!」


横に立っているカインを見上げて、喜びでいっぱいの顔をしたジャンルーカが興奮気味に話してくる。カインは目を合わせるようにジャンルーカを見下ろし、にこりと微笑んだ。


「相手に嫌われたくない、嫌われないようにしよう。そう思うと、言葉が出てこなくなったりするもんです。これを言ったら嫌われるかも。あれを言ったら嫌がられるかも。人の心なんてわからないのにね。ジャンルーカ様は、あの二人をちゃんと嫌いになるし、あの二人から嫌われる覚悟をきめましたからね。なんでも思い通りに話せるようになったんですね」


「カインが、誉め方を教えてくれたからだよ。リボンやボタン、レースを褒める。髪型や服の色や靴を褒める。笑い方を褒める。歩き方を褒める。カインが教えてくれたから、嫌いなのにちゃんと二人のどこを褒めればいいのか分かったんだ」


「全部いっぺんに使ってしまうとネタ切れになりますからね。少しずつ小出しにしてくださいね」


「うんっ!」


「それと、忘れないでくださいね。コツは?」


「先制攻撃!」


「そうです。相手に先に嫌なことを言われたりされたりすると、こちらも嫌な気持ちになって褒めようという気持ちがなくなってしまいますからね。二人に意地悪なことを言われる前に、先制攻撃して褒め殺しです」


「先制攻撃で、褒め殺し!」


「さ、今日の勉強をはじめましょう」

「はい! カイン先生!」


その日は、カインとジャンルーカが図書室で勉強をする間に二人の王女が邪魔をしにやってくることはなかった。



その後も、カインと一緒にいる時も一人でいる時も、ジャンルーカは「先制攻撃で褒め殺し」作戦を実行していった。

図書室で勉強をしている最中にやってきても、先制して褒め言葉をかけると二人は上機嫌になり、おだてて誘導してやれば邪魔をするのではなく一緒に勉強をするようになった。

十歳と八歳の女の子らしく、おしゃべりなのは変わらないのだが、その内容はジャンルーカを揶揄したりからかったりするものではなく、本を読んでわからない事をカインに質問したり、二人の王女とジャンルーカの間で教えあったり、ようやく届いたリムートブレイク語の絵本を読んだ感想を言いあったり、それに関して脱線したおしゃべりをしたりというものだった。


そんなこんなで一月ほど経った頃、カインが王宮の廊下を図書室に向って歩いている時にハッセと顔を合わせることがあった。


「カイン様、ごきげんよう」

「ハセルディナンドアルディカル殿。ごきげんよう」

「……。良く覚えておられましたね。前にも言いましたが、ハッセで結構です。敬称も不要」

「では、ハッセと呼ばせていただきます。そういえば、ジュリアン様の側近のあなたと王宮で会うのは初めてですね」

「……。卒業まで接近禁止を言い渡されているのは、学校の中だけではないのです。ジャンルーカ殿下の語学授業の日は、ジュリアン様も帰城されている事が多いのですれ違っていたのでしょう」

「あぁ、過保護過ぎてってヤツですね」


カインの言葉に、ハッセは眉間にしわを寄せた。顔が怖い。


「ところでカイン様。ジャンルーカ殿下……というより、フィールリドル王女殿下とファルーティア王女殿下に何かされましたか?」

「何か、とは?」


ジャンルーカと一緒になって褒め殺し作戦をしている。が、ハッセの言う何かがそれとは限らないので、いったんとぼけるカインである。


「最近、お二方のお人柄が穏やかになったと評判なのです。かく言う私も、以前は丈夫だからと後ろから飛び蹴りされたり体当たりされたりしていたのですが、最近はスカートをつまんで『ごきげんよう』とにこやかに挨拶をしてくるようになったのです。……まぁ、三回に一回はまだ体当たりされるのですが」

「ああ、なるほど」


褒め殺し作戦は、功を奏しているようだ。

二人の王女はカインとジャンルーカに服装や振る舞いを褒められると、それを他の人にも褒められるために見せびらかしに行く。そうしてそこでも足をそろえて立っていたり口を小さく開けて笑ったりすることで、さらに褒められる。

今までが今までだったために、ちょっとおとなしい様子を見せるだけで褒められるのだから、調子に乗ってますますおしとやかなをするようになる。

そうするとまた褒められる。その繰り返しで、二人の王女の淑女のはだんだんと板についたものになって行っているのであろう。


「ジャンルーカ様のお心を守るために、ちょっとした工夫をしただけです。良ければハッセも、二人の王女殿下がかわいい仕草をして見せた時には、誉めてあげてくださいね」

「はぁ」


ハッセは首をかしげて不思議そうな顔をしつつも、小さく頷いて了承した。そうして、用事がありますのでと言ってハッセは王宮の奥へと去って行った。


ハッセとの立ち話によって五分ほど遅刻して図書室へとたどり着いたカインは、いつも勉強している机に座って本を読んでいるジャンルーカへと声をかけた。


「遅くなりました。本日は、二人の王女はまだ来られていないのですね」

「フィールリドルとファルーティアは今日は彼女たちの母上とお茶会だそうだよ。久しぶりに静かに勉強ができそうだね」


そういってニコリと笑ったジャンルーカは読みかけの本をパタンと閉じた。

ジャンルーカの向かいの席へと座り、届いたばかりのディアーナやイルヴァレーノからの手紙をカバンから取り出そうとしたカイン。ジャンルーカが、それを手で制した。


「カイン、今日は勉強をする前にちょっと相談があるんだ」

「はい。なんでしょうか、ジャンルーカ様」


カバンを開けようとしていた手を戻し、カインは背筋を伸ばして椅子に座りなおした。ジャンルーカも閉じた本の上にそっと手を乗せながらも、まっすぐにカインの顔をみつめている。


「覚悟を決めて、嫌いになった人でも……やっぱり嫌いじゃないかもって思っても良いものだろうか」


ジャンルーカの口からこぼれたその言葉に、カインは「あぁやっぱり」と思った。


「やっぱり、ジャンルーカ様はとてもお優しい。素直な良い子ですね」


自然と目が細くなり、口角が上がってしまう。心に湧き上がってくるうれしさに、顔が自然に緩んでしまった。カインのそのこぼれるような優しい笑顔に、ジャンルーカは思わず頬を赤くしてしまった。


「嫌いになった人を、ずっと嫌いでいなければならないなんてことはありません。逆に、好きになった人をずっと好きでいなければならないなんて事もありません」


「本当に? 大っ嫌い! って思っていたし、嫌いだからこそ思ってもいない誉め言葉を言っても心が痛まなかったのに、僕の言葉で浮かれたり動揺したりしてる姿を、後でこっそり笑ったりしていたのに、今更、本当は嫌いじゃないかもって思ってもいいの?」


「人は変わります。嫌いな人の嫌いな部分がなくなって、好きな部分が増えてきたのなら好きになったっていいんですよ。逆に、大好きだったのに好ましいと思っていたところが無くなってしまって、嫌な部分ばかりになってしまった人を、いつまでも好きでいなくてもいいんです」


「人は変わる……。そうだね、フィールリドルとファルーティアは変わったよね。僕を「はずれっ子」って指ささなくなったし、ぶたなくなった。読みかけの本からしおりを抜いてどこまで読んだかわからなくしたりもしなくなった。僕のティーカップの持ち手にはちみつを塗っておいて手をべたべたにする意地悪もしなくなったし、剣術の訓練をわざわざ見学に来て「弱虫!」って笑わなくなった。むしろ「がんばってるわね!」って言ってくれるようになったんだ。二人は変わったよね」


ジャンルーカの言葉に、カインは思わず眉をしかめた。はずれっ子と頬をぶっている場面は見たことがあったが、そのほかの意地悪が意外とせこかった。せこいが、執拗にやられるとイライラが|募(つの)っていくタイプの嫌がらせだ。

しかし、それらが無くなったというのであれば「褒め殺し作戦」は成果を上げているのだろう。


「先ほど、廊下でハッセに会いました。ハッセも、二人の王女殿下が最近変わったようだと言っていましたよ。お二人は変わられたのでしょうね」

「僕、今の二人とならちゃんと仲の良い兄弟になれると思うんだ。一度「嫌いになる!」って心に決めたのに、やっぱやめたって言うのはダメなのかなって思って」


「人を見下したり馬鹿にしたり、そして相手がそれに傷つくところを見たりするのは、とても気持ちのいい事なのだそうです」

「? そうなの?」

「はい。人を見下したり馬鹿にしたりすれば、自分はその人より尊いとかえらいとか思えるでしょう? そして、それに相手が傷ついたり泣いたりすれば、やっぱり相手を傷つける事ができる自分は偉いのだって思ってしまうのだそうです。だから、とても気分が良くなってしまうんです」

「……そんなの、やだな」

「ええ。いやですね。でも、その気持ちよさに抗えずに繰り返していくと、どんどんやめられなくなっていってしまうんだそうです。でも、人に褒められたりおだてられたりするのも、気持ちがよいでしょう?」

「うん。勉強ができた時に、カインに褒められるとうれしいし、剣術を頑張った時に兄上におほめ頂くと誇らしいよ」


ジュリアンに褒められた時の事を思い出したのか、渋い顔をしていたジャンルーカが、ニパッと笑った。その顔をみて、カインもつられたように笑ってゆっくりと頷いて見せた。


「きっと二人の王女をジャンルーカ様がほめ続けたので、フィールリドル王女殿下とファルーティア王女殿下は意地悪しなくても気持ちよくなれる事を知ったんですよ。だから、意地悪しなくなったんです」

「じゃあ、これからも先制攻撃で褒め続ければ、仲良くなっていけるのかな……あっ」


カインの言葉に、一度は明るい希望をみつけたジャンルーカだが、自分の言葉の途中で何かに気が付いたように口をつぐんだ。

カインは、静かに続きの言葉を待ってみた。

ジャンルーカが何かを一生懸命考えている顔をしていたので、邪魔をしないように口をつぐみ、うつむくジャンルーカのつむじを眺めながら待った。


「作戦のつもりで、意地悪のつもりで褒めていたのに、これからも褒め続けるのは嫌いの延長にならないかな?」


待った先で、出てきた言葉はこれだった。

カインは、うれしくて泣きそうになった。やっぱり、子どもは可能性の塊だ。


「ジャンルーカ様。覚えておいてくださいね、紳士が女性を褒める事はとても自然なことで当たり前の事なんですよ。この一月ほど、ジャンルーカ様が二人の王女に対してやってきたことは、当たり前の事であって、意地悪でもなんでもないんです。自信をもってこれからも褒めてあげてください」


カインの言葉にいったんは首を傾げたジャンルーカだが、何か思い当たる事でもあったのか最後は納得した顔をして頷いた。


「じゃあ、これからも二人の事を褒める事にする! それと、母上やシルリィレーア姉さまやユールフィリス嬢の事も褒める!」

「そうしてください」


ニコニコとほほえましい物をみるまなざしで、カインは意気揚々と女性を褒める宣言をしているジャンルーカを見つめていた。


「いつかお会いしたら、カインのお母様やディアーナ嬢の事もお褒めするね!」

「それはちょっと待ってください」


カインの顔が真顔になった。

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お待たせしました。

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