嫌う勇気と嫌われる覚悟

サイリユウム王国の城にある図書室。

そのすみっこ、書棚と壁とはしごの間にカインとジャンルーカはこそこそと隠れていた。


「あら。今日はカインの来る日だと思っていたのだけれど」

「いませんわね、お姉さま」

「せっかく、お母様とのお茶会に誘ってあげようと思ったのに」

「運がわるいですわね! カインは」


本棚の向こうから、二人の王女の会話が聞こえてくるが、カインとジャンルーカはお互いの顔を見合わせて、口の前に人差し指を立ててお互いに「シー」と声を出さない合図を送りあっていた。


二人の王女の母親ということは、この国の王様の側妃ということだ。カインとしては冗談じゃなかった。これ以上王族の知り合いなど増やしても面倒なばっかりでいい事などない。


先日の魔物討伐訓練で、魔法で窮地を乗り切ったことが友人知人に知れ渡り、次の長期休暇には領地に遊びに来ないかなどとちょこちょこ誘われるようになっていた。

それまでは、魔法で湯を沸かすだとか風呂掃除が楽になるだとか「魔法の便利さ」をその程度だと思っていた学生たちの認識が変わったのである。

隣国からの留学生という事で魔力を封じることを免れている魔法使いを囲い込もうという思惑が透けて見えている。


側妃に同じような理由で囲い込まれないとは限らない。カインは絶対に三年でディアーナの元へ帰りたい。隣国の王族になど必要以上に好かれても良い事なんか何もないのだ。


王宮に滞在している間はカインも魔力を封じられているので無力である。

王女たちから逃げるためには、こうやってコソコソとかくれんぼをするしかないのであった。


カインとジャンルーカがいつも勉強しているテーブルの周りをぐるりとまわり、姿が見えない事にあきらめてくれたようで、二人の王女はしばらくしたら図書室から出て行った。

出ていくときに、部屋の前に立っている護衛の騎士にさんざん文句を言っていたのが聞こえて、ちょっと申し訳ない気持ちになったカインであった。


「はぁ。やっと行ってくれましたね」

「姉と妹がごめんね、カイン。邪魔ばっかりして」

「ジャンルーカ様が謝る事ではありませんよ」

「でも、あれでも僕の姉と妹だから……」


そういって、書棚の隙間から出ようとするジャンルーカを袖を引いてカインが留めた。

一旦浮かせた腰をストンと床に落として、驚いた顔でカインを見上げてくるジャンルーカに、カインがにやりと笑った。


「ちょうどいいので、今日はちょっと悪だくみをしましょう」

「悪だくみ?」


狭い隙間に、カインとジャンルーカがぴったりとくっついて挟まっている。

高い位置の本を取るためのはしごが目の前に置いてあり、よくよく探さないと二人の姿は見えにくくなっている。

他の利用者が居ない状態での王宮内の図書室では、特に声を潜める必要はない。けれど、カインは「悪だくみ」と言った通りに少し悪い顔で笑いながらこそこそとした声でジャンルーカに話しかけた。


「あの二人の王女を、きちんと嫌いになりましょう」

「……僕はもう、あの二人の事は嫌いだよ」

「今、二人の為に私に謝りましたよね。それは、あの二人を庇ったという事です。私にあの二人を嫌いになってほしくないって心が、ほんのわずかでもあったのではないですか?」

「うーん?」


フィールリドルとファルーティアは、ジャンルーカに意地悪をする。「魔力持ちのはずれっ子」と魔力を持って生まれたことを揶揄するようなことを言うし、言い返すと平手でぶってくることもある。

ジャンルーカはそんな二人の事を愚痴ったりさけたりするけれど、ぶってくるときには避けずにおとなしくぶたれていたりする。


「本当なら、みんな仲良しな方が良いのは大前提として」

「そうだよね? みんなと仲良しの方がいいよね?」

「はい。本当はみんなで仲良くできた方が良いに決まってます。そうすれば、争いもないしケンカもありません。世の中平和です。でも、人はみんな違う考え方をしていますし、人が何を考えているかなんて誰にも分かりません。馬が合わないとかそりが合わないとか趣味が合わないとか、理由はないけどなんか嫌いとかというのは、どうしたってあるんです。これはもう、どうしようもない事で避けようがない場合もあるんです。でも、相手を傷つけてはいけないからと我慢して相手に合わせているとどんどんストレスが溜まってしまって自分が壊れてしまいます」

「ストレス?」

「えーっと。精神的苦痛? 精神的疲労? とにかく、どうしたって合わない人に合わせていると、自分が疲れちゃうってことです」


カインの言葉に、ジャンルーカが真剣な顔で一生懸命に考えている。

ジュリアンも言っていたが、それでもあの二人の王女は半分血のつながった姉妹なのである。会うたびに意地悪なことを言われたからと言って嫌いになれるかというと難しい話だとはカインも思っている。

勉強の邪魔ばかりをする二人の王女ではあるが、一緒に本を読んでいると時々ジャンルーカと普通に話をしている時もあるのだ。

おそらく、ジャンルーカは二人の母親である側妃は本当に苦手っぽいのだが、二人の王女とは楽しそうにしている瞬間もない事はないのである。


「それでも、あの二人は姉妹だから」

「家族だからって、分かり合えるとは限りませんよ?」

「でも、王族内でいがみ合っては兄上に迷惑がかかってしまうから」

「そうですね。人を嫌いになるには勇気が必要なんです」

「勇気?」


狭い隙間にぴったりとくっつきながら並んで座っているカインとジャンルーカ。

秋も深まり日が入って来ない隙間だとくっついてお互いの体温を感じるぐらいでちょうど良い気温になっている。


「人を嫌いになるなんて、自分が嫌なヤツっぽいじゃないですか。自ら進んで嫌なヤツになろうとするんだから、勇気がいるんですよ」

「人を嫌いになる勇気……」

「あと、人を嫌いになるには、人から嫌われる覚悟も必要です」

「覚悟?」

「人を嫌いになっておいて、自分は相手から好かれたままでいたいなんて都合がいいですからね。でも、人から嫌われるなんて嫌じゃないですか。だから、人を嫌いになるなら相手から嫌われる覚悟が必要なんです。さらに、嫌いな人の友人から嫌われる可能性もありますね」

「……そうだね。言われてみると、僕はフィールリドルとファルーティアが嫌いなのに、嫌われたくないって思っているのかもしれないね」


それはそうだろう。嫌われたくないから、我慢して平手打ちをあえて避けないしあまり言い返さないでいるのだろう。

同じ兄を慕う者同士。できれば仲良くしたいとは思っているに違いない。


「いったん、嫌われる覚悟を持って嫌いになりましょう。そして、彼女たちに今までの借りを返しましょう」

「借りを返す?」

「今までの意地悪をやり返すんです。嫌いになれないからやられっぱなしでしたけど、嫌いな人相手なら仕返しができるでしょう?」


本当に嫌いになる必要はない。けど、嫌いな相手だって思えばやり返すことができるかもしれない。

カインの狙いはそこにある。



「でも、僕は意地悪なんてできないよ」

「意地悪っていうのは、悪口を言ったり叩いたりすることばっかりじゃないんですよ」

「え?」

「貴族的に行きましょう」


そう言って、カインはにやりと笑う。

戸惑う顔で隣に座るカインを見上げるジャンルーカは、書棚の陰で薄暗くなっているカインの青い目に引き付けられる。


「ほめ殺し作戦です」


青い目を細めて、カインはそうささやいた。

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