ふるさとは遠きにありて思ふもの

「ディアーナに会いたい……」


放課後の寮の部屋。

今日は学内バイトもジャンルーカの家庭教師もないのでカインは自室で勉強をしていた。

学内バイトを通じてできた上の学年の友人たちからもらった二年生の教科書や参考書、三年生の教科書や参考書を使って飛び級の為の予習などをしている所なのだが、どうしても一定時間ごとにため息が漏れてしまう。


「先ほどからなんだというのだ、カインよ。今更ホームシックだとでもいうのか」


自分のベッドの上に寝っ転がって本を読んでいたジュリアンが、何度目かのカインのつぶやきにとうとう突っ込みを入れてきた。

カインのため息交じりの「ディアーナに会いたい」はこれでもう十五回目なのである。


「同じ年頃の、やんごとなき女性を近くで見る機会が最近増えましてね。どうしても比べてしまうんですよ」

「ほほぅ?」

「やっぱり、ディアーナの方が賢いし可愛いし愛らしいなぁって思っちゃうんですよね」

「……そうか、聞かなかったことにしておこう」

「いや、しっかり聞いてくださいジュリアン様。もっと、兄として彼女たちを導いてあげてくださいよ。リムートブレイクから来ている私の前でジャンルーカ様を「魔力持ちのはずれっ子」と揶揄するんですよ。王女という立場でありながらあの発言はまずいと思いますけど」

「……」


カインはチクった。王女たちの王女としてはそぐわない言動と、ジュリアンと国から正式に依頼されているジャンルーカの家庭教師を邪魔しまくる事を。


「ジャンルーカ様は、ジュリアン様の弟君じゃないですか。もっと、守ってあげてください」

「そうは言うがな、フィールリドルとファルーティアもまた私のかわいい妹なのだ。誰かをひいきにするというわけにもいかぬであろう?」

「そうですか」


ジュリアンは、役に立たない。

カインはそう結論付けて勉強を再開することにした。




翌日は、放課後にジュリアンとシルリィレーアとカインで街に出た。古書店でジャンルーカと合流して文具店へと移動する。

カインがジャンルーカに課した「リムートブレイク語で手紙を書く」という宿題で使う便箋と封筒を買う為だ。


「便箋と封筒など、言えば城で用意されるであろうにわざわざ街で買わねばならぬのか?」

「こちらの王家の紋章の透かしの入った便箋と封筒が我が家に届くとか冗談じゃありませんよ」

「あくまで私的なお手紙ですものね。お相手は、カイン様の侍従以外は女性ですもの。可愛らしい物を選びましょうね」

「シルリィレーア義姉さま、いっしょに選んでくださる事を了承してくださってありがとうございます」


そんな会話をしたものの、カインとジャンルーカは文具店につくと二人で手紙用品コーナーに移動した。シルリィレーアとジュリアンを二人きりにさせる為である。


「シルリィレーア義姉さまは、本当にできた方です。ちゃんと、兄上のお嫁さんになってもらわないと困りますからね」

「私としても、ジュリアン様とシルリィレーア様がきちんと相思相愛の恋愛をしてもらわないと困りますからね」


紙製品の並んでいる棚からカインとジャンルーカでぴょこりと頭だけ出し、シルリィレーアとジュリアンが二人でインクを眺めている姿を覗いていた。

もちろん、私服を着て一般人に紛れた護衛の騎士が微妙な位置に立っていたりするので完全に二人きりにできるわけではないのだが、カインとジャンルーカがそばを離れることによって二人がデートしているのに近い状況は作り出せている。

カインとジュリアンとシルリィレーアとジャンルーカの四人で出かける事が増えてからは、良くこうしてジュリアンとシルリィレーアの会話時間を増やすように立ちまわっていた。

この件に関しては、カインとジャンルーカの意見は一致している。


「さて、私たちも私たちで目的をはたしましょう。便箋と封筒選びですね」

「カインの母君と妹君、イルヴァレーノの好みを教えてくれる? カイン」

「ええ、もちろん。ディアーナは色としては青や緑などの寒色系が好きで……」


ジャンルーカとカインで三種類のレターセットを購入し、その後もいくつか店を回って必要なものなどを買い求め、帰路へとついた。


「ジャンルーカ様は、あまり物を欲しがりませんね」


何気ないカインの一言だったが、ジャンルーカはまじめな顔で答えた。


「王子である僕が欲しがるもの、手に入れる物にかかる費用はすべて税金です。まだ王族として働いていない子どもの僕は、無駄なものを欲しがってはいけないんです」

「街にでて、茶をのみ甘味を食べるぐらいは無駄でもなかろう。国民の生活ぶりを知るのも王族の仕事のうちであるしな。子どもであるという事ならば、まだ学生である私も無駄遣いをしてはならぬということになるではないか」


ジャンルーカの言葉に、ジュリアンが腕に抱えている小さな麻袋から小さなリンゴを取り出した。まだ季節には早い、早生リンゴだ。服でごしごしと皮をこするとジュリアンはそのままかじりつき、渋い顔をしている。


「兄上は王都遷都の責任者としてすでに仕事をしているではありませんか」

「だからと言って、無駄遣いしていいわけではありませんのよ、ジュリアン様。早生リンゴは珍しい物ですから値段が高いですけど、まだ甘くはないでしょう? 今年は豊作だったという今が旬で安いぶどうにしておけばよかったのですわ」

「王族として、将来国の役に立つであろう知識や技術を学ぶのも立派に王族の仕事であろうよ。ジャンルーカはカインから隣国の言葉を学んでおるではないか。将来の国交、ひいては平和の為に仕事しているのだと考えたらよかろう」

「そうでしょうか……」


遷都予定地視察で一緒になってから、カインとジャンルーカはこうしてジュリアンとシルリィレーアのデートに付き合う形で一緒に街に出ることが何度もあった。

そのたびに、ジュリアンがジャンルーカに何か買ってやろうかと兄風を吹かそうとするのだがジャンルーカは毎度遠慮するのだ。

ジュリアンが押し切ったりシルリィレーアがなだめたりして押し付けるようにお菓子や玩具を買い与えることはあるが、ジャンルーカはいつも自分からは欲しがらない。


なのに「アレは兄上に合いそうです」とか「これはきっと兄上のお役に立ちます」などと、ジュリアンにはいろいろと提案したりする。


ジュリアンが弟と妹でひいきはできないと言っていたが、おそらく二人の王女はあの様子ではわがまま放題なのだと予想できる。

そうであれば、ジュリアンが平等に接しているつもりでも「我がままを言ってそれが通る王女たち」と「我がままを言わないから何も与えられない王子」という不平等が起こっている可能性は大いにある。


この国では珍しい魔力持ちというのも、封じられている状態なら普通の人と変わらないはずである。なのに、身近な姉妹から「はずれっ子」と言われ続ければ自信を失うのは当たり前である。


アルンディラーノの時は、親子関係の改善につながらないかと期待して金髪追いかけっこや城内化石探しなどで報告書をめちゃくちゃにしてみたりした。

一人きりで食べていた昼食も、カインだけじゃなくゲラントとクリスを巻き込むことでアルンディラーノの孤独を薄れさせるようにしてみたり。


ジュリアンに直接「ジャンルーカをもっと気遣え」というのは意味がない事が分かった。

まだ幼い二人の王女がジャンルーカを馬鹿にするのは、きっと母である側妃様がそういう人である可能性が高い。


「さて、どうするかな」

「カイン?」


カインの独り言に、ジャンルーカが顔を覗き込んでくる。

ディアーナとの婚約を打診されて、兄にスルーパスする第二王子。その未来を回避するためには、ジャンルーカにもう少し強くなってもらわないといけない。

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