学校行事
サイリユウム貴族学校一年生は、夏休み明けすぐに討伐訓練という名の課外授業がある。
「貴族たるもの、有事の際には前線に立ち、領民をそして国民を守る必要があります」
というのは課外授業について説明をした担任教師の言葉である。
その内容は、二泊三日で山にキャンプに行きますよという行事であり、そのキャンプには魔獣が出ることもありますよ、という話であった。
「貴族の子息を連れていくにはちょっと危なくないですか」
「ちゃんと騎士が随伴するから大丈夫だ。危なくなるまで手を貸してはくれぬが、命の危険ともなればきちんと守ってくれることになっておる」
入学して半年、そして一月半の夏休み明けという状況でいきなり魔獣も出るような場所に野営させるというのはなかなか思い切った行事だなぁとカインは苦笑した。
担任の指示により、グループ分けをするように指示されたとたん、カインの周りに人だかりができた。
「カイン様! 僕たちと一緒のグループになりましょう!」
「カイン様ぁ~。 俺と同じグループになってくださいよぉ~」
「か、カイン様! 私たちと一緒にキャンプいたしませんこと?」
王子様より王子様とひそかに呼ばれ、クラスの紳士としてある程度一目置かれていたカインではあるがここまで熱狂的にモテた事はなかった。驚き、若干の挙動不審になっているカインの後ろにジュリアンがそっと近づいてきた。
「皆の者、落ち着かんか。言っておくが、討伐訓練中はカインに魔封じのブレスレットをつけることになっておる。よくよく考えてグループ分けをするがよい」
ジュリアンが良く通る声でそう伝えると、
「あ、カイン様と一緒とかちょっと恐れ多かったかもしれません……」
「俺も、人数多くなりすぎるかも……」
「ジュリアン様とカイン様の仲を裂くわけにはいきませんでしたね……」
潮が引くようにカインの周りから人が居なくなっていった。
「えぇー……」
「討伐訓練の野営では、火起こしや水汲みも自分でやることになるんだよ。魔法が使えるカイン様が居たら楽できるなーってみんな考えたんだろうな」
困惑顔のカインの肩を叩き、アルゥアラットが笑いをこらえながら声をかけた。
振り向けば、ディンディラナやジェラトーニもにやにやと笑っていたし、ユールフィリスも小さな手で口を覆って肩を震わせていた。
「便利屋扱い……」
カインが頬を膨らませてわざとらしく拗ねて見せるが、ユールフィリスの背中をさすっていたシルリィレーアがニコリと笑ってカインの顔を見た。
「騎士や医師が随行するとはいえ、危険な訓練であることには変わらないのです。魔法が使えるとなれば、遠距離攻撃ができるという事ですもの。皆、カイン様を頼りたくなってしまっても仕方のない事ですわ」
「夏休み前の授業には、特に戦闘行為に関する授業はなかったと思うのですが、いきなりこのような行事に取り組んで大丈夫なものですか?」
ちゃんと戦力として頼られていたのだと、シルリィレーアにはげまされたカインはそういえばと思って問い返した。戦闘に関する授業がなかったのにいきなり実践訓練というのはちょっと考えられないと思ったのだ。
「一年生の行先は、サディスから馬車で半日程のところにある森だからな。そもそも角ウサギや牙狸ぐらいしかおらぬ。シルリィレーアが言うほどに危険があるわけではない。獣を狩って自らさばき、食す。薪を拾い火をおこし、水源を確保して水をくむ。そう言った貴族として過ごすのみであればやらぬ苦労をわざわざさせるための授業であるからな」
「平民の苦労を知っとけみたいな?」
「うむ。この学校が全寮制である事の延長みたいなものであるな」
サイリユウム貴族学校は王族といえども使用人を連れて入寮することはできない事になっている。建前なので、実際には使用人として仕えさせている下級貴族を入学させている者もいるらしいとはカインも聞いているが、少なくとも同じクラスで使用人に世話をさせている学友は見当たらなかった。
実際、ジュリアンも同学年に乳兄弟がいるらしいがカインは会ったことがない。同室で過ごす限り、着替えも風呂もジュリアンは一人でこなしていた。
「だいたい、領地持ちの家の子は狩りだとか害獣退治だとかある程度はできるんだよ。自分の所の畑を守らないといけないしね」
アルゥアラットが弓を引くようなジェスチャーをした。夏休み明けにも芋スティックを大量にお土産として持ってきた。芋畑を守るために、弓で害獣退治をしているのかもしれない。
「家を継ぐ予定のない者で、騎士を目指しているヤツなどは放課後に騎士見習いとして訓練に参加していたりするしね。その辺をバランスよくチーム分けすれば危うい事もないんじゃないかな」
「なるほど?」
「安心するがよいぞ、カイン。魔法を封じられ本領を発揮できないからと言って見捨てたりせぬ。私と同じグループで参加せよ」
「……ありがとうございます」
結局、カインは普段からつるんでいるメンバーで討伐訓練に参加することになった。
討伐訓練は、休息日明けに行われる。
事前準備も生徒たちが自主的におこなう事になっていて、グループ分けが済むとそれぞれで買い出しや打ち合わせをやる姿があちこちでみられた。
アルゥアラットは実家に手紙を書いて愛用の弓を送ってもらうそうだ。
「夏休み明けにあるってわかっていたのなら、帰省から戻ってくるときに持って帰ってくればよかったんじゃないか?」
カインの疑問には、シルリィレーアが答えてくれた。
「毎年、時期が異なるんですのよ。季節が違えば出没する魔獣の種類が変わりますし、現地調達できる物資や持っていかねばならない装備も異なりますでしょう? 兄や姉のいる者もおりますけど、条件が異なれば助言もあまりあてにできませんでしょう。自分たちで調べて準備する事が重要ですので、行事の直前に告知されるのが常ですのよ」
あくまで自分たちで考えさせるために、兄弟チートを使わせない為のランダムイベントということらしい。
しかし
「季節なんて大雑把には四つしかありませんし、兄姉が居なくても該当する季節に当たっていた先輩に聞いてしまえば情報は得られますよね?」
サイリユウムは北に長い土地なので北に行けば寒い地域もあるが、現在の王都であるサディスはリムートブレイク王都と季節感はさほど変わらない。春夏秋冬がまんべんなくある感じである。
「兄姉ではない他人の先輩に情報を聞きに行くのならば、それはそれで構わぬのだ。年上だったり爵位が違ったり、親の派閥が違ったりする相手に話を聞きに行くのはそれはそれで技術であろう?」
「それこそ、放課後の騎士訓練で一緒になったり校内バイトで一緒になった先輩と情報交換するというのもありだよね。縁をつないで人脈作れっていうのも貴族学校の意義の一つだもんね」
放課後の学食で、同じグループになったみんなと作戦会議中である。
情報取得の交渉術すら、この討伐訓練の一環であるとジュリアンは言う。そしてディンディラナのいう通り、カインも校内アルバイトで一緒になった事のある先輩であれば話を聞きに行くのは苦ではなさそうだと頷いた。
「なるほど、兄姉に聞くんでは人脈広がらないですもんね」
「まぁ、たまたま兄姉と季節が被る事もあろうがのう。攻略法は一つではないし、準備はグループ皆でやるものであるからな」
「兄姉が意地悪をして嘘を教えるって事もあるみたいよー。兄弟だからこその遠慮のなさからなのか、もともと仲が悪いからなのか知らないけどさ」
「シルリィレーア様のお兄様は、お優しいですし親切に教えてくださりそうですよね。お兄様の訓練はいつだったのでしょう?」
「あやつは意外と意地が悪いぞ。シルリィレーアを外部から守るという意味ではやさしいかもしれぬがな。妹としてからかったり良くしておるぞ。なぁ? ……いてっ」
机の下で、ジュリアンがシルリィレーアに太ももをつねられていた。
いつものメンバー……
ジュリアン、カイン、アルゥアラット、ジェラトーニ、ディンディラナ、シルリィレーア、ユールフィリスの七人で、二泊三日の魔獣退治キャンプへ行くための準備を始めたのだった。
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