ジュリアンは笑い上戸

誤字報告、感想いつもありがとうございます。

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バァン!!

激しい音を立てて部屋のドアが開いた。その音に肩を跳ねさせたジュリアンが入り口を振り向くと、息も荒く憤怒の形相で立っているカインが見えた。

勢いよく開けられたドアが壁に跳ね返り、開いたのよりはゆっくりとした速度で閉まっていった。

パタン


「え。怖ぁ……。今の、カイン?」


閉まったドアを見つめながら、ジュリアンは背筋に走った寒気に思わず自分の腕を強くさすった。

自分の身を抱くように両腕を手でさすりながらドアを見つめていると、今度はゆっくりと開いていった。

ドアノブを握り、ドアを開いたのはやはりカインだった。するりと室内へと入ってくると音もなくジュリアンへと近づいた。


「カイン。ジャンルーカの家庭教師ご苦労であったな。……なにか、王宮で嫌なことでもあったのっぐふっ」


怖い顔をして近づいてくるカインに、ねぎらいと心配の言葉をかけようとしたジュリアンは言葉が続けられなくなった。カインに胸倉をつかまれて、持ち上げられてしまったのだ。


「うぐぅ。カイン、どうした? 私でなければ、不敬であると怒鳴られるところであるぞ」

「王族だからって、なんでも思い通りになると思うなよクソが」


カインに持ち上げられ、つま先立ちになって苦し気な顔を浮かべるジュリアンがカインの汚い言葉に驚いて目を見開いたが、すぐに目を細めて楽しそうな表情になった。


「ふっ。ふふっ。うげっっふ。ジャンルーカから聞いたのだな? ディアーナ嬢へ婚約の打診をしたこと。ふふっ。うぐぅ」


胸倉をつかまれて若干首が閉まり、息苦しくもなりつつもジュリアンはなぜか楽しそうな顔だ。

それを見て、カインはカチンとしてさらに腕に力が入る。ぐぇっとジュリアンの口から絞るような声が漏れた。


「何が楽しいんだっ。僕はずっと兄妹はいないと言っていたはずだ。一人っ子だと」

「あれだけ頻繁に手紙をやり取りして、それを読む顔があれだけにやけておれば何かあると思うであろうが。それでちょぉーっと調べただけだ。後ろ暗い事もない、普通にリムートブレイクの外交省に問い合わせをしただけだ!」

「妹がいることを知ったとして、それで婚約を申し込む意味が分からない! 会ったこともない、見たこともない相手に婚約を申し込むなんて何を考えているんだ!? 愛のない結婚なんて絶対に認めないぞ! ディアーナは幸せになるんだ! 不幸な結婚なんて絶対に認めない!」

「うぐぐっ。私の第二妃になるのが不幸だと断言するなどひどいではないか。婚約から相互理解を深め、結婚に向けて愛をはぐくむという事だってあるではないか。貴族の結婚とはおおよそそうであろう」

「おっぱい星人のお前にそんなの期待できるわけがないだろうが! この女好きが!」


カインは叫び、ジュリアンをベッドへと突き飛ばした。

ベッドの上にボフンと跳ねるように落っこちたジュリアンは、襟で絞められていた首をさするとケホケホと空咳をいくつかすると腹を抱えて笑い出した。


「あっはっはっはっは。あーっ。はははははは。安心するがよい、カイン。婚約はすでに御母堂から断られておる!」

「断られている……」


ジュリアンはベッドの上で笑い続け、カインはそんなジュリアンを呆然と見つめていた。


しばらくの間そうしていると、ようやく笑いが引いてきたジュリアンがベッドの上で身を起こした。

腹を抱えて、頭を布団に突っ伏して笑っていたので髪が乱れている。

ジュリアンが乱れた長い髪の間からちらりとカインの手首をみれば、魔法封じのブレスレットが付きっぱなしになっていた。


「命拾いしたな」

「何が?」


ジュリアンは「よっこらしょ」と若者らしくない声をだしながら立ち上がると、机の引き出しから一通の手紙を取り出した。


「そもそも、カインの友人として略式……非公式にお伺いを立てただけなのだ。それで色よい返事がきたとしてもその後に父上や宮廷管理部を通した正式な手続きが必要であろう? 夏休み期間中に婚約が調うなどあるはずがなかろう」


ジュリアンは、そういいつつ手紙をカインに手渡した。


「婚約を申し込んだという事実そのものが、罪深いと言っているんですよ……」


カインは、少し気まずそうな顔をしながらそう言って手紙を受け取った。すでに封が開いているその封筒から便箋を取り出すと、開いて目を通し始めた。


手紙には、見覚えのある母の字で

カインと友誼を深めてくれている事を感謝している事、公爵が不在のため夫人から返事をする事の謝辞、婚約は同じ歳の王太子の婚約が調っていないので今は受けられない事、いきなり国家間の正式な申し込みをしてこなかった事への感謝。

そして、この事がバレたらカインが激怒するから気を付けるように、という警告が記されていた。


便箋をめくる手と、カインの目線からだいたい読み終わった事を察したジュリアンがポンポンとカインの肩をたたいて大きくため息をついた。


「隣国といえども王族からの打診となれば、筆頭公爵家といえども断ることはできない」

「カインの友人として、将来縁を繋げないかとおたずねした程度の話だ。私ではなく、ジャンルーカの配偶者でも良いと思うておるから、はっきり私との婚儀を整えようとしたわけでもない」


カインが手紙を封筒に戻し、あらためて見れば割れている封蝋の欠片にはエルグランダーク家の紋章が見て取れた。母エリゼの字と、封蝋の紋章。間違いなく、本物の母からの手紙であるとわかる。


「いやぁ。シャツが伸びてしまったではないか。いつものカインからは想像もできない乱暴っぷりであったぞ。……ぶふっ。ようやく、紫色にゆらぐお前の瞳を見る事ができたな。……うふっ」

「笑いながら言うのやめてくれませんか、ジュリアン様」


カインは手紙をジュリアンに返すと自分の学習机の椅子へと座った。背もたれをまたぐようにして座り、背もたれの上で組んだ腕にあごをのせようとしてブレスレットがシャラリと揺れたのに気が付いた。


「あ。外さずにつけたまま帰ってきてしまいました」

「ああ、それで私は命拾いをしたな。ほら、外してやろう。腕をだすがよい」


手紙には、溺愛する妹に関して下手にちょっかいをかけるとカインは激怒する。魔力の暴走に気を付けるようにと書いてあったのだ。以前、ジャンルーカが言っていた「カインは威力の強い魔法を使おうとすると瞳の色が変わる」というのをいつか見てみたいと思っていたが、それが今叶ったわけだが、魔法封じのブレスレットがなければその「目の色が変わるほどの威力の魔法」をぶつけられていた可能性を考えれば背筋が薄ら寒くなった。

エルグランダーク公爵夫人が忠告してくれるような『魔力の暴走』が過去に何かあったのだろうと思われるが、何があったのかを聞くのはやめておこうとジュリアンは思った。


「妹がこちらの国に嫁いでくれば、それを溺愛している兄もおまけでついてくるかと思うたのだがな。まさか、兄を介さずに打診すれば逆に敵対されるなんて思いもしないであろう?」

「ディアーナが本当に望んだ結婚で、それで真の幸せが得られるのであれば敵対なんかしません」


そういうカインの顔が、すねるように歪んでいるのをみてまたジュリアンは笑った。


「もう、隠す必要はなくなったのだ。こちらの休暇に合わせてディアーナ嬢を遊びに呼ぶが良い」

「嫌ですよ。ディアーナは見世物じゃないんですよ」

「カインの母君は『今は受けられない』と言うたのだ。リムートブレイクの王太子……アルンディラーノ殿下だったか? 彼に婚約者ができれば、受けてもらえる可能性はあるのだぞ?」


ジュリアンの言葉にカインの眉間に深い皺が刻まれた。

その様子を楽しそうに眺めて、ジュリアンは言葉をつづけた。


「婚約など関係ない時分から知り合い、友人として友好を深めておいた方がお互いに幸せが近いと思わぬか?」


その言葉が、自分が言った「会ったこともない、見たこともない相手に婚約を申し込むなんて」という言葉に対する反論だとカインは気が付いて、さらに眉間のしわが深くなった。


「わははははは。カイン、本当に……はははは。本当に、母君のお手紙の通りの反応で……ぶっふぅう」


ジュリアンのディアーナへの婚約が断られたと知って少し落ち着いたカインではあるが、ディアーナに興味津々で構おうとするジュリアンにカインの顔はどんどんと不細工になっていった。

友人になりたい、という申し出を勝手に断るのはディアーナの為にならないという事もちゃんとわかっているカインは、怒ることもできずに顔をしかめるばかりだった。


そんな、いかにも不機嫌であるという態度を隠しもしないカインの姿に、ジュリアンはさらに笑うのだった。

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本年はお世話になりました。

頂く感想にはげまされております。

誤字報告、とても助かっております。

皆様のおかげで本年一年、小説を書き続けることができました。

どうぞ、良いお年をお迎えください。

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