カインの子守唄
昼食が済んで、おなかが落ち着いてきた頃。子ども達はティアニアのいるゆりかごの部屋に集まっていた。
窓の外は真っ白なんじゃないかと錯覚する程に日差しは強く、対照的に室内はすこし暗かった。
外の気温は一日のうちで一番暑い時間帯だが、湿度が高くないせいだろうか風が抜けていく室内は暑いなりにも過ごしやすかった。
赤ん坊たちへの授乳、オムツ替え、ぐずるのを抱っこであやし、身体を拭いてからの着替えと怒涛のお世話時間を乗り越え、一旦落ち着いたところだ。アルディとノールデン夫人は、隣の部屋でリベルティと一緒に昼寝中。
この時間の赤ん坊たちは比較的お昼寝してくれたり起きていても機嫌の良いことが多く、子どもたちが変わりばんこに面倒をみにくる時間でもあるので、夕方の授乳や入浴などの体力仕事や夜泣きに備えているのだ。
あまり人の気配が多すぎても赤ん坊が興奮して昼寝をしないので、子ども達はみんな部屋の中には居るものの、当番じゃない者は部屋のすみで本を読んでいたり夏休みの宿題をやっていたりと赤ん坊から少し距離を取ってのんびり過ごしていた。
夏の一番暑い時間帯なので、それぞれの部屋に居たとしてものんびり過ごす時間帯なのだ。
天井からぶら下がった天蓋の中、ふたつ並んだゆりかごの間においたゆりイスに座るカイン。両側のゆりかごにそれぞれ手をそえてゆっくりと揺らしている。
−− 子うさぎ巣穴でゆめみてる 子うさぎどんなゆめみてる
−− 野山を駆けるゆめみてる ははと駆けるゆめみてる
−− ねんねん ころころ ねんねこよ
−− 小とりが巣箱でゆめみてる 小とりはどんなゆめみてる
−− 大空とんでるゆめみてる ちちと飛んでるゆめみてる
−− ねんねん ころころ ねんねこよ
−− ぼうやはベッドでゆめみてる ぼうやはどんなゆめみてる
−− ぼうやはたのしいゆめみてる わたしとたのしいゆめみてる
−− ねんねん ころころ ねんねこよ
すこし高いボーイソプラノの声で、ゆったりと歌う声が聞こえてくる。超スローテンポで単調な歌は、聴いていると赤ん坊でなくても眠くなってくる。
壁際に置かれた子どもなら四人は座れそうな長いソファの上では、ひざの上に本を広げたままのディアーナとアルンディラーノがウトウトと頭をゆらして半分寝ている。
コーディリアとコーディリアの乳兄弟であるカディナは書き物机につっぷしてペンを握ったまますっかり寝てしまっている。
イルヴァレーノは壁際のイスに座って、腕を組んで目をつぶっていた。
サッシャはイルヴァレーノの隣に座ってレース編みをしていた。
キールズとキールズの乳兄弟であるアルガは国境警備史という本を開きながら、戦術盤の駒をうごかしつつも、時々頭が下がりそうになっては「はっ」と目を開けて頭を振っていた。
「やばい。寝るところだった」
「カイン様の子守唄は破壊力はんぱないね」
キールズはウトウトしながらも指でつまんでいた騎馬隊長の駒をテーブルの上に置いた。そのまま腕を天に向けてあげながら、背中をぐぐっとのばして首をぐるりと回した。
「キールズ様。俺気がついたんスけど、ここ一週間でカイン様の歌った子守唄が全部違うんスよ。やばくないですか」
「子守唄のレパートリーいくつあるんだって話だよな・・・・・・」
ゆりかごを囲う天蓋の周りには、ティルノーアが掛けた魔法の壁がある。
周りの音は内側に向かっては小さくなり、内側の音は周りへ大きく伝わる魔法だ。これは、周りが騒がしくなっても赤ん坊が起きないようにというのと、赤ん坊がぐずったり泣いたりしたらすぐにわかるようにするためである。
つまり、カインが赤ん坊のために歌っている子守唄も、増幅されて部屋中に響いているのだ。
それを聞くと、部屋にいる人は何故か眠くなってしまう。カインは別に子守唄に魔力を載せたり魔法を使ったりはしていない。
カインの声がちょうど眠りに心地が良いのか、そもそも子守唄のリズムと音階が眠りに誘うように作られているのかは不明である。
ディアーナに夜泣きをさせなかったという伝説が(ごくごく一部で)あるカイン。キールズは最初に母からその話を聞いたときには「嘘くせー」と思ったものだった。
伯父の親ばか話を大げさに聞いてきたんだろうと思ったのだ。
それがどうだ。カインに子守の順番が回ってくると二人の赤ん坊は機嫌が良いし、カインが子守唄を歌い始めるとすぐに寝てくれる。
伝説はもしかして本物かもしれないと、キールズはゆりかごと一緒になってゆり椅子を揺らしているカインを眺めた。
カインは、前世で知育玩具メーカーの営業だった。
ある時、地方や家庭独特の子守唄を集めてこいと開発部の人間に言われたことがあった。『全国子守唄図鑑』を作るとか思いつきでいい出して、どうせ営業で外回りするんだからついでだろう! といって丸投げされたのである。
幼稚園や保育園の先生に、出身地別にお話を聞いたり、お迎えに来たお母さんたちから話を聞いたりした。地域別で若干の違いが有るものの、歌の大体の内容は同じものが多かった。
図鑑というからには、そういった少しずつの違いを並べていくんだろうとおもって開発部にレポートを提出したが、「つまらん」の一言でその企画はおじゃんになった。
カインは、その時に色々聞いていた子守唄を思い出しながら歌っているのだった。
地域性というよりも、保育園用に新しく作られた子守唄や、幼児向けアニメの子守唄風エンディングとかそういったものを思い出した順に歌っているだけなのだが、それがどうも赤ん坊たちの波長に合うようだった。
「そろそろ交代……」
足を床につけてゆり椅子の揺れをとめ、部屋の中を振り向いたカインの目に映ったものは。
部屋にいる皆が昼寝をしている姿だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます