可愛いは正義大作戦(サイドA)
--コンコン
控えめだが、力強いノックの音が部屋に響いた。追いかけるように「王太子殿下がおいでです」と声がかかる。
それを聞いた王妃殿下が、そばに居た侍女にむかって一つ頷いてみせれば侍女がドアまで足を運んでドアを開けた。
「王妃殿下。ご機嫌いかがですか」
廊下に立っている近衛騎士から室内へと視線を移して、アルンディラーノが声をかけた。ふんわりとした笑顔を顔にうかべながら部屋へと入り、王妃殿下とテーブルを挟んで向かい側のソファーへと腰を下ろした。
侍女が茶器棚へと向かうのを見て、アルンディラーノは「朝食食べたばかりだから必要ないよ」と声をかけて茶の用意をやめさせた。
侍女は、一礼すると部屋の壁際へとさがるとイスに座って刺繍を始めたのだった。
「王妃殿下、今って私は夏季休暇ということでいいのですよね?」
「そうですね。私の療養に付き添う形で、夏季休暇という事になっています」
「では、今はプライベートですね?」
「? そうね」
なぜそんなことを聞くのか、不思議におもった王妃は頬に指先をそえて小さく首をかしげた。
大きな窓から静かに風が入りレースで軽く作られたカーテンが小さく揺れた。足元のカーテンレースの薄い影がゆれるのを見ていたアルンディラーノが、頭をあげて少し困ったような顔を王妃に向けた。
「では、ここでは『お母様』とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
心細いような、怒られたらどうしようという少しのおびえのような気配をにじませた顔で。すこし猫背にすることで王妃よりも頭の位置を低くすることで、上目遣いにして覗き込むようにしてそう問いかけた。
「はぅっ」
王妃は両手で胸の飾りをつかみ、急に激しくなった動悸をなだめるように胸を抑えつけた。
壁際の侍女がイスから半分腰を浮かせたが、王妃が手でそれを留めた。病気ではないのが判っているからだ。
「お母様? 大丈夫ですか、どこかお体が悪いのですか?」
「大丈夫よ。ちょっと不意打ちで母性本能を刺激されただけだから」
「?」
あせったような顔で声をかけるアルンディラーノに、王妃は胸を押さえてうつむいたままそう答えたが、アルンディラーノは不思議そうな顔をするばかりだった。
ようやく息を整えて背筋を伸ばした王妃は、扇子を開いて口元を隠し目を細めて笑顔を作った。
「許可します。この城にいる間は『お母様』と呼ぶこと、許しましょう」
「ありがとうございます! お母様」
パァッと花のつぼみが開く様にアルンディラーノの顔に喜びの笑顔が開いた。王妃の扇子を持つ手が震え、目がますます細くなっているがアルンディラーノは気がついていない。
この部屋は元々王族が視察などで訪問した時の為に用意されている部屋なので調度品などがほかの部屋より豪華になっている。
そして、面会や談話などが必要な際には別に応接室やサロン、ティールームがあるので、この部屋は本当に滞在中のプライベートルームとして使うことになる。
現在、王妃は座面の長く広いソファに座っているが、これはごろりと横になってもいいように座面の奥行きが広めになっている上、片方のひじ置きは低めで幅広く、ゆったりとしたカーブを描いている。枕として頭を乗せて使えるようにデザインされているのだ。
ソファーに横になるというのは人前でするにはだらしない姿ではあるが、プライベートな場所で侍女に傅かれながらリラックスする分には問題ない。
アルンディラーノは、そんな長いソファとテーブルを挟んで向かいに置かれている一人用のソファーに座っていた。
「お母様。もう一つお願いがあるんです」
「なにかしら」
「隣にすわってもいいですか?」
少しもじもじしながら、頬を赤らめて恥ずかしそうに聞くアルンディラーノ。その姿を見た王妃は、扇子の上から出ている目を静かに閉じた。その姿は穏やかで、思い残すことなく大往生したかのように満足気だった。
「ティアニアは、陛下がリベルティと浮気をしてできた子なのですか?」
王妃の隣にすこしななめ気味に座り、顔をまっすぐと見てそうアルンディラーノがそう言った。王妃は、開いていた扇子を片手でパチンと閉じると困ったわねという顔をして小さく息を吐いた。
「そうね。あなたたちに説明した内容だけでは、そう思ってしまうわよね」
「違うのですか? でも、ティアニアの瞳は綺麗な明るい緑色でした。陛下の瞳の色と同じですよ?」
アルンディラーノも、カインから『質問するたび、答えるたびに表情の変化に注意するように』と言われている。なので、大きな目をさらに大きくクリクリさせてジッと王妃の顔に注目している。
太陽が透けている若葉のような綺麗な緑色の瞳をみて、フッと目を細めて微笑んだ。
「あなたの瞳と同じ色ですよ。金色の髪に緑の瞳。ティアニアはあなたにそっくりだわ、アルンディラーノ」
「ぼくと?」
「髪はすこしティアニアの方が色が薄いかしらね」
そういいながら、王妃は優しくアルンディラーノの髪を梳くようになでてやる。やわらかくてふわふわした髪の毛はさわり心地がいい。
こうやって頭をなでてやるのはいつ振りだろうか、こんな手触りだったのかと驚いた自分に王妃は少し反省した。
アルンディラーノは、カインから『ティアニアは陛下の子ではありえない』と聞いている。ティアニアと初めて会った時から一週間たっているが、その間にアルンディラーノもリベルティと色々とおしゃべりをしたことで陛下の子ではありえないと思っている。
王妃はアルンディラーノからの質問に微妙な返答をした。どちらとも取れるような回答で、重ねて問えばさらに微妙に話題をそらしてくる。
カインから、深追いしなくて良いと言われている。その代わりいろんな質問をして反応をうかがうようにと言われていた。なので、別の質問をする。
「リベルティ嬢を、下賜すると言っていましたよね。ティアニアを庶子として発表できないからお母様の子として発表するのだとして・・・・・・。リベルティ嬢をティアニアの乳母としてそばに置くわけにはいかないのですか? 赤ん坊と引き離すのはかわいそうです」
「そうね。母と名乗らないのを条件に、そばに置くという方法も確かに検討されたのよ。私も陛下も心が無いわけではないのですからね。でも・・・・・・」
王妃は、髪を梳いていた手を頬へと滑らせてすべすべのほっぺたをぷにぷにとなでていた。アルンディラーノはくすぐったそうに肩をすくめているが「まじめなお話ですよ!」というアピールの為に一生懸命まじめな顔を作っていた。
それがまた、王妃の目にはかわいらしくうつるのでやさしくつまんでみたり、ぷにぷにとつついたりしている。
「でも?」
ほっぺたをつつかれる指を押し返すように口に空気をいれてぷくっとほっぺたを膨らませつつ、王妃のせりふの先を促した。
その様子がまたおかしくて、王妃はくすくすと笑う。
「でもね、リベルティは似すぎているのよ。乳母としてそばに置くには似すぎているの」
「ティアニアにですか?」
それは、母と子ならもちろん似るだろう。でも、似すぎているというにはまだティアニアは赤ん坊すぎるんじゃないかと、アルンディラーノは思った。まだふわふわの産毛ぐらいしか生えていない髪の毛は金とも銀とも言える色で、瞳は緑だ。リベルティはきれいな銀髪なので髪の毛は似ているといえば似ているかも知れないが、瞳の色は紫色だった。瞳の色が違うと、だいぶ印象が違う。だから、アルンディラーノはリベルティとティアニアが似すぎていると言うのには違和感を感じたのだ。
アルンディラーノの返しに、やはり王妃は微笑むだけだった。
どうしようかな。何を聞いてもあまり深くは回答を得られそうにない。カインの言う通り質問を沢山して広く浅く情報を取っていくしかないか、とアルンディラーノは軽く目をつぶった。
そのまま、コテンと隣に座る王妃の肩に頭を乗せるように身を寄せた。
「あら。今日のアルンディラーノは甘えん坊ね」
「お母様と一緒にいるの、公務でご一緒するときが多いですから。人前に出る時、ぼくは立派な王太子に見えるようにとっても頑張っているんですよ」
「あらあら。じゃあ、うんと褒めてあげなくてはね」
そういって、王妃は肩に乗っていたアルンディラーノの頭をそっと手でささえると自分の膝の上にのせた。そうして、肩と頭をゆっくりと撫でていく。
アルンディラーノは少し驚いたように目をひらいたが、すぐに嬉しそうに目をつむった。
「お母様のお膝はあたたかいですね」
「アルンディラーノも、こんなに重たくなっていたのね。……そうね、せっかく堂々とお仕事をおやすみできるのですものね。ちゃんと、親子らしく過ごしてみましょうか……」
アルンディラーノはカインからも色々と『可愛らしさ』について言われていたが、素直に甘えただけで王妃はメロメロになっていた。
カインの策略によって朝食と夕食ぐらいは一緒に取るようになっていたが、それではまだ愛情のやり取りには足りていなかったようだ。
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