情報量が多すぎる
リベルティのおしゃべりは、読みにくかったら流し読みでも大丈夫ですよ
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「ちょっと、ちょっとまってください」
立板に水といった勢いで喋りまくるリベルティに、手のひらを突き出してストップをかけたカイン。イルヴァレーノの過去を知れるのは楽しい気もするが、今知りたいのはそういったほのぼのエピソードではないのだ。
「リベルティ、あなたはどこで陛下と知り合ったんですか?」
カインのやりたいことは最終的にはたった一つだ。「用済みの女性を適当な貴族へ下賜する」という行為を辞めさせること。アルンディラーノに「それはやっても良い行為」だと思わせない事だ。
何か別のやり方がある、と提案するにしても今の所は情報が足りなすぎる。それを知るためにリベルティに会うところまでこぎつけたというのに、話を聞きはじめてみればなんだかよくわからない事になってきた。
「へいか? へいかって、陛下? 王様のことかしら」
「そうそう、国王陛下です。どこで知り合ったんですか?」
どこで種仕込まれたんですか? とは流石にカインも聞かない分別はあるのである。
イルヴァレーノと同じ孤児院出身の孤児に、国王陛下と知り合う機会などあるだろうか? ましてや、深い仲になるほど親密に付き合うことなどできるものだろうか?
カインは、まずリベルティと国王陛下との馴れ初めから聞き出すことにしたのだが。
「王様は、建国祭の時にテラスでご挨拶しているのを何度か見たことあるわね。髪の色が似てるから勝手に親近感を持ったのよね。ニコニコしながら手を振っていて、人の良さそうなオジサマだわって思ったわ。でも、王様が本当に良い人だったらもっと孤児院にご飯を分けてくださってもいいのにねって皆で話していたのよ。その頃に、私より上の兄さん姉さん達が神殿の裏庭に畑を作っちゃおうって花壇を壊して耕し始めたぐらいにはご飯が少なくてね。その時は神殿長にめちゃくちゃ怒られたんだけど、植えた人参が収穫できて皆で美味しい美味しいって食べてるのを見たら怒らなくなったのよね」
「ちょっと、ちょっとまってください!」
ちょっとまってプレイバックパート2。カインは勢いよくしゃべるリベルティをまたストップさせた。だんだん話がずれてきているし、最初の一言からして看過できない内容だった。
「国王陛下は、建国祭でのテラスの挨拶を見ただけ? 直接お会いしたことはないんですか?」
「あるわけないわね。南地区の孤児院には王族が視察することもあるって聞いたこと有るけど、私達の孤児院には王族が来たことないと思うわ。貴族の人が呼んでくれた歌手が歌を歌いに来てくれることはあったけど、呼んでくれた貴族本人が来たことなかったと思うし。孤児院を出た後に知ったことなのだけどね、神殿に併設されている孤児院は大丈夫って思われてるみたいなのよね。神様は見守ってくださるばかりでご飯をくれたりはしないのにね。神様がもうちょっとお仕事してくだされば、信者からの寄付も増えたんでしょうけど」
リベルティの言葉に、カインの目が細くなる。リベルティのおしゃべりはまだ続いているが、カインはどういうことだと頭の中が疑問符だらけで話が耳をすり抜けていく。
リベルティは孤児である。その上、国王陛下とは面識がない。
そうであれば、ティアニアは国王陛下の子ではない。さらったり薬を盛ったりといった特殊性癖持ちが国のトップだとは流石に思いたくもない。
ではなぜ、国王陛下と王妃殿下の子として引き取って育てるなんて話になるのか。まったく、話がどうつながってくるのかわからなくなってきた。
「リベルティ姉ちゃん、しゃべりすぎ。カイン様が混乱してるじゃないか」
「イル坊。そうは言ってもね、ここの所ずっとおしゃべりする相手も居ないしなんだか偉そうな女性と一緒に移動することになって緊張するしで我慢の限界だったのよ。おっかない人から助けてもらって王都から連れ出してもらったのはありがたいんだけど、あんなにきれいでお上品なお貴族様と四日間も一緒に旅をするなんて胃の腑がねじ切れちゃうかと思ったわ。馬車は別にしてもらったけど、宿は一緒になるし、道中で休憩取るときには『お茶をご一緒しましょう』とかお上品に誘われちゃうしさ。その前だって、赤ちゃん育てるなんてできるかどうか不安だったし、そもそも産めるかどうかだって怪しかったのに。こっちに来て子育てのプロ! って感じのオバサマが赤ちゃん引き受けてくれて安心感すごいけど、やっぱり貴族のご夫人だって自己紹介されちゃうとウヒーってなるじゃない。気軽におしゃべりなんかできないし、そこにイル坊が来てくれたんだもの。そりゃあ、しゃべるわよ。溜まっていた分しゃべるわ。イル坊だって知っているでしょう? おしゃべりしないと私は死んでしまうのよ」
「黙ってたって死なないよ、リベルティ姉ちゃん……」
カインは、だまって手のひらを前に突き出してストップを掛けた。反対の手で顔を覆ってうつむいている。もう、どうしていいのかわからなくなってきていた。
「情報が……。情報が多すぎる。一体全体何が起こってるんだ」
おっかない人から助けてもらったというのはどういうことだ。
「きれいでお上品なお貴族様」という言い方からして、王都から一緒に来たのが王妃殿下であることに気がついていないのではないか。
自分が王妃で有ることを明かしていないのであれば……。アルディと乳母のノールデン男爵夫人を頼もしい助っ人ぐらいにしか思っていない様子をみるに、養子として取り上げられることを知らないのではないか。
カインは、このおしゃべりな女性から何をどう聞き出せばいいのか悩んだ。
こんな状況になってくると、ティアニアの父親が誰であるかを知るのが解決の近道な気がするのだが、「おっかない人から助けてもらった」という言葉が引っかかって直接的に聞けないでいる。
ティアニアの父親はもしかして『わからない』のではないか? という可能性だ。それを聞くとリベルティの心を傷つけてしまう可能性があると、カインは考えていた。
「盛り上がっているわね。リベルティが楽しそうに元気になってよかったわ」
衝立の後ろからひょこっとアルディが現れた。手にはガラスでできた容器を持っていた。吸のみとか薬のみと言われるような急須みたいな形のものだが、その先端は丸い球状になっていた。
「そろそろ搾乳する頃合いだから、男の子は席を外してちょうだい」
アルディの言葉に、喋りたりなかったらしいリベルティが口をとんがらせた。それを見て、アルディは苦笑しながらポンポンと肩を優しく叩く。
「昔なじみにあって心がほぐれたかしらね。顔色も少し良くなったみたい。また後で時間を作ってイルヴァレーノには来てもらうようにするから、今は私の方に時間をちょうだいな。それに、もう少し休まないとだめよ」
「はぁい」
リベルティは素直に返事をすると、ガラスの容器を受け取っていた。
カインとイルヴァレーノは席を立ってアルディに譲ると、衝立の横まで移動した。
「懐かしい、積もる話もあるでしょうし、イルヴァレーノとまた来ます。どうかご自愛くださいね、リベルティ」
「リベルティ姉ちゃん。また来るから」
小さく手を振って見送るリベルティを残して、二人は部屋を出た。
天蓋の中ではまだ椅子に座ってティアニアを眺め続けているアルンディラーノと、ノールデン男爵夫人の赤ん坊を覗き込んでいるディアーナとコーディリアが居た。
キールズは部屋の隅に座って何やら本を読んでいた。
「イルヴァレーノ。彼女の顔の傷とか、孤児院に居た頃のあれこれ。あとで聞かせてくれないか」
「わかりました……」
隣に立つ人間にだけ聞こえるような小さな声でカインがいえば、やはり小さな声でイルヴァレーノが返事を返した。
「……。……イル坊……。ふふっ」
「! 小さい頃の話ですよ!?」
小さく笑いながらゆりかごに向かって歩くカインの後ろを、顔を赤くしたイルヴァレーノが小さく駆け足で追いかけた。
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