由緒がある、伝統があると信じている物も意外と歴史が浅い事はある

放課後、学校の食堂の一画を陣取ってカインと級友達が勉強会を行っていた。


寮の食堂は、放課後になると早めに食事をとる者もいるので勉強会などの食事以外の用途で使っていると邪魔になるので使えない。

貴族学校では人脈づくりも勉学と並んで重要な要素であるということで、学校の食堂は放課後になるとカフェとして開放されている。学校施設なので飲食をせずに利用することも可能である。

ちなみに、飲料は無料だがデザートは有料である。


算術や自然科学、語学、経済は得意なカイン。留学したので歴史や政治、法律、地理がほぼイチからの習得になっている。

カインが得意な科目はカインから級友たちへ、カインの苦手な科目は級友たちからカインへ教え合っている。

もちろん、級友から級友への教え合いもやっている。

カインは今日、歴史について級友に細かいところを質問していたのだが。


「え。上位貴族は複数夫人を迎えられるのってそんなに古くない法律なの?」

「そうだよ。ウチのヒィヒィ爺さんの時は奥さん一人しか居なかったって聞いてるよ」


級友のアルゥアラットが干し芋をかじりながらうなずいている。

アルゥアラットは花祭り期間中は領地組だったので、領地の名産である干し芋をお土産として持ち帰っていた。


「アルゥの家のヒィヒィお祖父様は、すごい大恋愛だったんですよ」

「そうそう。カイン様、本屋さんで『ディヴァン伯爵の初恋』って本見たことありません?」


アルゥアラットの話をうけて、ディンディラナとジェラトーニが身を乗り出して話題に乗ってきた。

カインも、たしかに本屋で『ディヴァン伯爵の初恋』というタイトルの本は見かけたことがあった。というか、何処に行っても平積みで展開されていた。


「もしかして、『ディヴァン伯爵の初恋』が、アルゥアラットのご先祖様の話なの?」

「そうそう。名前も爵位も変えてあるけどね。身分差とか色んな障害を乗り越えて大恋愛のすえ結ばれるっていうあらすじはだいたい本当にあったことがそのまんま書かれてるよ」


初版は『ディヴァン侯爵の初恋』だったが、その後法律で侯爵は第三夫人まで娶る事が決められた為にタイトルが『ディヴァン伯爵の初恋』に変更されたという経緯があるとアルゥアラットが説明している。


「だから、侯爵以上が一夫多妻になったのはヒィヒィ爺さんの結婚より後のハズなんだよ」

「そんなに古くないよね。二百年とか三百年とかそんなもんじゃない?」


アルゥアラットとジェラトーニが引き続きそんな話をしているのを聞きながら、カインは歴史の教科書をパラパラとめくっていく。

二百年から三百年前というのはだいぶざっくりしすぎていて教科書のどの辺に当たるのか目星をつけるのも難しかった。というか三百年は無いだろう。アルゥアラットのヒィヒィ爺さんはどんだけ長生きしたんだって話になってしまう。


「カイン様?」

「わざわざ法律を変えるような、何かがその時にあったってことだよな」

「あー。そういえばそうだね」


カインが二年生の歴史の教科書を最後まで見て、三年生の教科書を手に取ってまたパラパラとめくっていく。

その脇で、ディンディラナがかばんを開けて中を覗き込んでいた。


「カイン様。法律制定時期を先に確認すると良いかも」


そういいながら、法律全書と法律の教科書を机の上に置いた。


「サンキュー」

「さん?ブレイク語ですか?」

「遠い国の古い言葉で、ありがとうって意味だよ」


ディンディラナの法律全書をパラパラとめくり、婚姻関係の法律が記載されているあたりでめくる手をとめて上から順に項目を目で追っていく。

婚姻に関する法律だけでもだいぶいっぱいあってなかなか目的の法律が見つからない。


「そもそも、一夫多妻でお家騒動とか増えなかったのかね」


法律全書をめくりながら、カインが何気なくつぶやくとジェラトーニも頷いている。ふと思いついて、向かいに座っている二人にジェラトーニは声を掛けた。


「ウチは伯爵なんで関係ないですけどね。アルゥとディンは奥さん三人貰う予定なの?」


3つ目の干し芋を口に入れようとしていたアルゥアラットは、スティック状の芋を指先でクルクルと回しながら「うーん」と斜め上に目線を泳がせた。


「父さんと一緒で、第二夫人と第三夫人は仕事仲間として家に入ってもらう感じかなぁ」

「使用人ってこと?」

「どっちかっていうと、共同経営者かな」


会話の内容が興味深い話になってきたので、カインは法律全書から顔を上げて会話に参加した。


「第二夫人と第三夫人は子爵家と男爵家から来てくれたんだけど、すげー優秀な人たちなんだよね。母さまは王都の邸にいるんだけど、第二夫人と第三夫人はずっと領地で頑張ってくれているよ」

「それで、問題ないものなのか?」


学校が始まって二ヶ月ほど。カインは級友たちとはかなり砕けた口調で会話していた。


「なんかねぇ。『結婚、出産だけが女の幸せじゃないわ!』っていう、お仕事したい貴族令嬢たちには憧れみたいだよ。そういう考えで第二夫人以降を娶る侯爵様と公爵様は」


ディンディラナもテーブルの上に広げられている干し芋を一本つまんでかじりながら会話に参加してきた。


「ウチの父さんは、愛情深いタイプでさ。第二夫人も第三夫人も奥さんとして扱ってるよ。なんか、冬には弟か妹が出来るみたい」

「ディンの家、何人目?」

「五人目。まぁ、三人の母さんたちみんな優しいし仲良くやってるから、ウチはうまく行っている方なんじゃない?」


最初からそういうものだと育てられている令嬢なら、もしかして一夫多妻だとしてもそんなものなのかな?とカインは首をひねった。

母親が三人いるのが当たり前の家庭で育てば、おとなになった時に子どももそういうものだしと思って受け入れるのかもしれない。


「でもまぁ、泥沼になっている家も結構あるよな」

「あー。ね。俺もうまくとりなす自信ないし、仕事仲間としての奥さん貰うほうがいいかなーって思ってるんだよね。四年生になったら領地科目取ってる女の子とかに声掛けてみようかなとか思ってる」


侯爵家の長男であるアルゥアラットとディンディラナは、二人目以降の奥さんどうするかで盛り上がっている。

伯爵家で一夫多妻が関係ないジェラトーニは「へー」とか「ホー」とか知らない世界の面白話としてそれを聞いているようだった。

一夫多妻といっても多種多様。雇用枠として利用している貴族もいるのかとカインは感心しながら、干し芋をかじった。

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