遷都の意義
昼食後、騎士たちは魔獣達の討伐数や種類を地図に書き込んで行き、その中で魔獣の発生が少なく記録されている方向に向かってより深く探索しに行くという。
魔獣の発生が少ない場所を街道として整備していくための調査だという。
カインはジャンルーカと魔法の練習をしていた。
ジュリアンはカインをここに連れてきたのは魔法陣について調査させるためのように言ってはいたが、花祭りの最中にジャンルーカの話を聞いてやってほしいとも言ってた。ここがその機会なのだろう。
魔法使いがほとんどいない国。魔力を持って生まれて来る人間がほとんどいない国で、魔力を持って生まれてしまったジャンルーカ。その相談相手として連れてこられたんだろうとカインは考えていた。
ここなら、魔法を思い切り使っても誰の目にも止まらない。
一晩一緒に過ごして、一緒に食事をしてわかった事だが、ここに連れてこられている騎士たちはジュリアンに忠誠を誓っている者たちのようだった。
ジャンルーカが枷を外して魔法を使っていたところで誰も何も言わないし、王都に戻ってそれをわざわざ口に出すようなこともしない人たちなんだろう。
だったら遠慮はしなくてよかろうとばかりに、ジャンルーカと色んな属性の魔法にチャレンジしていた。
「うぅーん。水はでないですね。カインのように水が出せれば便利そうですし、兄上のお役にたてそうなのに」
「コレばっかりは相性ですからね。次は風魔法をやってみましょうか。風の理論ですが…」
ジュリアンはセンシュールと森の入り口に待機して騎士の報告を受けて地図に書き込んだり書類に書き込んだりをしていた。
「兄上は、父上や国の偉い人たちから旧王都のいずれかへの遷都ですませばよいと言われているんです。実際に、こちらの開発が進まないようなら旧王都への遷都が出来るようにと並行して準備が進められているそうです」
カインが森へ出入りする騎士とやり取りをしているジュリアンを見ていたせいか、ジャンルーカがそう説明する。
「兄上は旧王都では、何処に移動しても既存の貴族のどこかに利益が偏るから嫌だと言っていました。国は広く、国の直轄とされている土地も実際は未開の地であると。王都が遷移することで未開拓地が拓かれ、新たな農業、産業、流通が生まれて国が富むのだと言っていました」
「理想は立派ですね」
「建国記に、森と荒れ地ばかりだったこの国に人の住める場所を増やすのが目的で始まったのが定期的な遷都なのだと記載があるそうですよ。兄上が言っていました」
首都は繁栄するから定期的に首都を移動することで繁栄地を増やそうって話らしい。前世でも、東京と地方の人口格差が大きすぎるから首都移転をしようという話は時々出ていた。
「本来はそういう意図があってのことであれば、旧王都への移動というのは形骸化した伝統って事になってしまいますね」
カインはジャンルーカの言葉に頷きつつそう言った。しかし、建国が何百年前の事なのかまだ歴史の授業で習っていないのでわからないが、出来たばかりの頃と今とでは人口も都市の規模も全然ちがうのだろう。
ホイホイと引っ越せる規模ではなくなってしまっているのではないかとカインは思った。
「難しいとは思うのですけど、僕は兄上を応援したいと思っています。魔法が使えることで兄上のお役に立つのなら沢山魔法を覚えたいと思います。カイン、今日と明日の午前中ぐらいしかありませんがよろしくおねがいします」
「はい。僕もまだ未熟ですが、精一杯がんばります」
カインとジャンルーカで引き続き雑談をしつつ魔法の練習をしていたら、ジュリアンのいる森への入口付近が騒がしくなっていた。
「何かあったのでしょうか?」
「行ってみましょう。ジャンルーカ様」
魔獣の出現が薄いということで騎士たちが深めに探索に行っている森の入り口へ、早足で行ってみると数人の騎士が怪我をして戻ってきていた。色々とセンシュールに報告しつつ、ジュリアンがタオルに水を含ませて騎士の傷口を拭ってやっていた。
「何かあったのですか、兄上」
「ジャンルーカ、カイン。魔獣が群れで出てきたらしい。あぶないからあまり魔法陣の縁にちかよるでないぞ」
「魔獣の群れですか」
カインとジャンルーカは三歩さがってから森の方を見つめた。騎士たちが入っていった森の奥の方からバサバサと鳥の群れが飛び去っていくのが見えた。魔獣の咆哮のようなものは聞こえないが、時々メキメキと木が倒されるような音が聞こえる。
「魔獣の薄いところを選んでいたんではないんですか」
「そのはずだったんだがな、探索範囲を深くしたことでどうやら巣を発見してしまったらしい」
「巣」
魔獣とは、巣を作って暮らすような生き物だったのか。カインは変なところに感心していた。もちろん、巣というのが比喩表現な可能性もある。魔獣についてはわかっていないことが多い。
「騎士たちは無事なんですか」
「深追いするなと言ってある。けが人を先に戻したと言っておるのでな、まもなく全員戻ってくるだろう」
「飛竜に蹴散らしてもらうわけにはいかないんですか?」
あのとても大きな飛竜にひと暴れしてもらえば、魔獣も引っ込むんじゃないかとカインは思ったのだが。
「飛竜はあの体格でいて、とてもおとなしい生きものなのだ。草しか食わぬしな。魔獣に体当たりでもされたら気絶してしまう」
「…そうなんですか。意外ですね」
草食であの体格を維持するのはどれだけ大変なのだろうか。空を飛べるということは実は骨がスカスカだったり筋肉は翼周りだけだったりするのかもしれない。見た目で火ぐらい吹きそうだと思っていたのでカインはちょっとがっかりした。
ちなみに、この新王都予定地に到着後は、飛竜は森のあちこちを好き勝手飛び回っている。草食ということなら森の木の葉をもしゃもしゃ食べているのかもしれない。
魔獣に出会って気絶していなければいいなとカインは思った。
そうこうしているうちに、騎士の最後の数人が魔獣を牽制しながら戻ってきた。勢いよく魔法陣の中に駆け込んできたが、その後を魔獣がうじゃうじゃと追いかけてきていた。
「うわぁ」
「多いですね。魔法陣には入ってこられないと聞いていてもちょっとおっかないですね」
「うーん。今までこんな事はなかったんだが」
大量の魔獣がこんなに魔法陣の至近距離まで迫っていると、別の方角から森に入って調査を続けるといったことも難しい。
魔法陣からでなければ安全とはいえ、大量の魔獣に見つめられる中で食事をしたりテントで寝たりするのは気が気じゃない。
「一日早いが、飛竜を呼んで帰りますか?殿下」
「うーん」
センシュールがジュリアンに帰還について問うが、ジュリアンは唸るばかりだ。カインが先程ジャンルーカに聞いた話からすれば、ジュリアンは少ない機会で成果をあげなければならないようだし、予定より早くもどるのは無念なのだろう。
一歩さがったところからジュリアンとセンシュールのやり取りを眺めていたカインのローブを、くいくいとジャンルーカが引っ張った。
「どうしました、ジャンルーカ様」
「カイン、なんとかなりませんか。何か良い魔法はありませんか?」
「うぅん。魔法は万能ではないんですよ、ジャンルーカ様。聖魔法が使える人がいれば追っ払えるのかもしれませんが…」
カインの脳裏にちらりとゲームパッケージの中央で笑うピンク髪の少女がよぎった。カインはブンブンと頭を横にふると、体をほぐすようにぐるぐると腕を回して「よしっ」と気合を入れた。
ジャンルーカの見上げてくる顔が、困ったことがあって頼ってくる時のディアーナとかぶってしまうのだ。ハの字に下がる眉毛の角度と上目使いに見てくる少し釣り上がった大きな目が同じなのだ。
「ジュリアン様。騎士の皆さんを下がらせてください。何処まで出来るかわかりませんが、魔獣を蹴散らしましょう」
「カイン!ありがとうございます」
「カイン?何をする気だ?」
戻ってきて、肩で息をしていたり休憩とばかりにしゃがみこんでいる騎士の間を縫って歩き、ジュリアンとセンシュールの居る魔法陣の縁まで移動した。
「ジュリアン様。魔法陣の上は安全。これは絶対ですよね?」
「ああ、記録にある限りこの上に魔獣が出たことも入ってきたこともない。…理屈はわかっていないが」
「わかりました。ジャンルーカ様、よく見ていてくださいね。魔法を使いすぎた魔法使いがどうなるのかをお見せします」
カインはローブの間から手をだして、魔獣の群れに向かって突き出すと呪文をとなえる前に目を閉じて瞑想した。体内の魔力を練って密度を上げるのだ。
カインは前世でゲームが大好きだった。RPGやアクション、アドベンチャーゲームが特に好きだった。そして、カインはバフを乗せまくって乗せまくって乗せまくってからの一撃必殺という戦法が好きだった。
最初に防御力をアップして敵の攻撃に耐えられるようにしておき、次に攻撃力や命中率をアップさせていく。回数カンストもしくは数値カンストまであげきったところで、最大威力攻撃をかますのだ。
敵が一掃された勝利画面の気持ちよさは何ものにも代え難かった。
実況動画でも「出た!実況主名物の耐えパターン!!」などとコメントが付けられていた。
「ふふふふふ。ふふふふふ」
カインは笑いをこらえているつもりで堪えられていなかった。
リムートブレイクでは、魔法を覚えても威力を落としながら練習をしていた。王城の魔導師団の訓練場では魔法吸収する壁で出来た訓練場もあるらしかったが、普通の貴族の家にはそんな物はないし、思い切り魔法を使えば壁ぐらいは穴が開く。
カインは一度庭師の作業小屋を壊してパレパントルに怒られた事もある。その時使った魔法は風属性だったが、火属性だったら家が火事になっていた。
今ここは、誰もいない深い森の奥だ。
目の前にいるのは退治しても良い魔獣の群れ。
何かあっても、この国の第一王子と第二王子とその臣下である騎士しかいない。口は硬いだろう。
「炎と風よ 我が指先に集約せよ 目の前の敵すべてを吹きとばせ 烈火爆裂!」
カインの指先に小さな炎とそれを包むようなつむじ風が発生したかと思うと、それがキュウと音をたてて小さな玉の様にかたまり、魔獣の群れの中へと飛び込んでいった。
何が起こったのかと目を細めてそれを眺めていたジュリアンとジャンルーカは、次の瞬間に強烈な爆風で目を開けていられなくなってしまった。
魔獣の群れの真ん中ほどで激しい爆発音が発生したかと思うと魔獣が吹っ飛び、木々はなぎ倒され、強烈な風が魔法陣の上にいたジュリアンや騎士たちにも吹きすさんだ。
とっさにセンシュールがジュリアンとジャンルーカを抱き込んでかばい、その背中で爆風を受けていた。
王子二人を腕の中にかばいながら状況を把握しようと視線を爆心に向けようと横を向いた時、すぐ目の前を吹っ飛んでいくカインの姿があった。
「えぇええ」
センシュールは目を見開いてあんぐりと口を開けてカインの姿を目で追ってしまった。
自分の魔法で起こした爆発の余波でふっとび、ごろごろと転がっていくカインは楽しそうに高笑いをしていたのだ。
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