さてそれでは

一夜明けて。

いつもの習慣で夜明けと同時ぐらいに目が覚めたカインは、同じテントで寝ているジュリアンとジャンルーカを起こさないようにそっと外へと出た。

森に囲まれた平地なせいか、うっすらとモヤがかかっている。空気は冷たくて深呼吸すると肺がキンと冷えてしっかりと目が覚めた。


「殿下のご友人。はやいですね」

「おはようございます。いつもこのくらいに起きているので、習慣で起きてしまいました」


テントの外には、不寝番の騎士が椅子に座って冷めた果物茶を飲んでいた。昨日焚き火をたいていたあたりをみれば、薪はほぼ燃えきっていてチロチロと小さな残り火が時折赤く光るだけになっていた。アレではもうお湯も沸かせまい。

出しっぱなしの食器類を水魔法で軽くゆすぐと、カップ二つ分の熱々の果物茶を入れた。カインの手はびちゃびちゃである。


「よかったらどうぞ。朝は冷えますね」

「お、ありがとう。殿下のご友人。魔法というのは便利なものですね」


騎士は素直に受け取るとふぅふぅと息を吹きかけてから、そっと一口くちに入れた。ごくんと飲み込むとホッと息をはいて緩んだ顔をした。

カインもふぅふぅと冷ましつつ一口ずつ飲んでいく。


「毎朝ランニングをしているんですが、この辺を走ってきても大丈夫でしょうか?」

「一応、この魔法陣の上には魔獣は出ないということだが、なるべく内側の目の届く範囲なら走ってきても構わないよ」

「ありがとうございます」


だいぶ冷めて飲み頃になった果実茶を一気に飲み込むと、カインはテーブルにカップを置いて軽く準備運動をすると走り出した。

視界の端にテントが入るように気にしながら、いつものペースで走っていく。三月も後半だが、王都より北にある地だからか空気はだいぶ冷えている。走っていくことで体温が上がっていくが、肌を撫でて後方へ流れていく空気が冷たくて気持ちが良かった。

(さて、呪われた土地の調査。そんなの流石に俺には無理だし)

これ以上行けばテントが見えなくなる、というところで円の内側へ方向転換をする。足元を白い線が真っ直ぐに前へと描かれている。

(でも、何もせずに無理ですわ〜とか言っても納得しないだろうしなぁ)

カインは前世で営業職だった。顧客から何か無茶な提案をされた時に、すぐに出来ないとか無理ですとかいうとこじれるということを経験で知っている。一旦持ち帰りますね、とか検討しますねと言って時間を置き、他社で同じものがありましたよ、とか以前同じことをやってダメだった人がいますよ、などと説明すると大概の人は納得してくれた。

(一応、出来る範囲の調査をして、推測を述べた上でリムートブレイクに助けを求めるよう提案するか?)

この、ユウム人が呪われた土地という場所について他国にバラして良いのかが分からない。ただの留学生であるカインを連れてきたのだから、厳重に管理すべき秘密ということでもないハズではあるが。

(あと、魔女ってなんなんだ。ド魔学には魔女なんて出てこなかったはずだぞ。だいたい、ディアーナが闇属性魔法を使うんだから、魔女ってあだ名付けていじめるとかいう展開があっても不思議じゃない。あのディアーナをいかに陰険にざまぁするかに心血を注いでいた開発会社が、魔女なんていう美味しい設定を漏らすなんて考えられないだろ)

テント前まで戻ってきた。不寝番の騎士に会釈をして通り過ぎる。

(ティルノーア先生に手紙で魔女について聞いてみるか?歴史に残っているのならイアニス先生でもいいか…。それも、聞いていいかをジュリアンに確認しないとまずいよなぁ…)


カインは、悶々と考え事をしながら走っていた。

何周かわからなくなりつつも走っていたら、ジュリアンからどなられた。


「いつまで走っているつもりだ!朝ごはんだぞ!」


ジュリアンは、王族らしさを出したいためかわざとらしく芝居がかった物言いを普段しているが、時々素がでる。お腹が空いているんだろうなとカインは走るのをやめてテントの周りを三周ほどゆっくりと歩いてジュリアンとジャンルーカの元へと戻った。


「おはようございます。ジュリアン様、ジャンルーカ様」

「うむ。おはようカイン」

「おはようございます。カイン」


朝ごはんは、改めておこされた焚き火であぶられた丸パンと昨日の残りの肉を薄く切って焼いたものだった。薄切り肉は燻製もしていないし乾燥もさせていないのでベーコン風にパンと食べる…というわけにはいかなかった。


「ジュリアン様。今日の予定はどんな感じなのでしょうか?最初に三日と言われていたので、もう一泊するんですよね?」

「うむ。騎士たちは引き続き、魔獣の出没地域や種類について調査をする事になる。合わせて、私達はこの魔法陣と周辺の調査をする。期待しておるぞカイン」

(あーやっぱり)

「魔法の調査をしながらで良いので、また魔法を教えて下さいカイン」

「ええ、喜んで。ジャンルーカ様」


カインが食後に果物茶を入れようとしたところ、ジュリアンが丼のようなボウルのような道具を持ってきてこっちに入れろと言ってきた。

カインがボウルに湯を入れると、ジャンルーカが瓶からはちみつ漬けの果物をボウルに入れてかき混ぜてからカップに分けた。

お湯はテーブルにこぼれなかった。


「ジュリアン様。魔女というのはどういう存在なのでしょうか?」

「魔法を使える存在だと聞いておる。女性ばかりだったとも言うな。ただ、恐ろしい存在だったと聞いておる」

「恐ろしいとは、例えばどんな?」

「知らぬ」

「は?」


騎士たちは交代で食事を取っているため、カイン達はその間ゆっくりと食後のお茶を楽しんでいた。話題は今回の視察の情報交換がおもだった。


「あまり資料が残っていないのです。ただ、恐ろしかったという伝承と、この草も生えない土地が残っていることから、魔女は恐ろしいとか呪われているとか言われているのです」

「うぅーん」


カインは、腕を組んで眉間にシワを寄せた。この手の話は大体胡散臭いとカインは思っている。魔女が呪われているとか恐ろしかったというのは頭から信じないほうが良いかもしれない。


「ジュリアン様。魔女は国の機密事項ですか?」

「うん?」

「この魔法陣について、私にできる限りは調べてみます。けれど、おそらくご期待に添えるような結論は出せないと思うんです。リムートブレイクの魔法は呪文を唱えて発動させますが、魔法陣は使いません。魔法陣については全然全くこれっぽっちも詳しくないんです」

「…全然全くこれっぽっちも」

「ですので、リムートブレイクの魔法の師匠に手紙で教えを乞うことが可能であれば、知恵を借りようと思うのです。でも、国外持ち出し禁止の情報だとすれば、そういうわけにも行かないかと思いまして」


国を出る前に、大人を頼れ!と言われたのでここで頼ることにしたカインである。努力をした攻略対象というチート性能を持つカインであるが、これは女の子から惚れられて女の子を守るのに必要十分である程度でしかない。国家レベルで歴史レベルの問題解決など、出来るわけがないのだ。


「魔女の存在については、積極的に宣伝しているわけではないが秘密にしているわけでもない。近い国の年寄りなどは知っておるだろうしな。この土地についてもそうだ。隠しているわけではない。魔法の師匠に手紙で問うぐらいは構わぬ」

「ありがとうございます」


果物茶を飲み終えた頃、騎士が森へ探索に行く事をジュリアンに報告しに来たのだった。

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