魔法は万能じゃないし弱点もある
「延焼せよ!」
「極滅の業火!」
「氾濫の激流!」
「ふははっははははは」
カインは、興奮していた。
公爵家でティルノーアに教わっていた魔法は、実践する時には威力を抑え目にして放っていた。公爵家に特別な訓練場があるわけではないので、実践するときは自室や中庭、邸のルーフバルコニーなどで行っていたので思いっきり魔法を撃つことはなかったのだ。
貴族の嗜みとして学ぶ魔法であれば、きちんと制御できることが第一なのでそれで良かったのではあるが。
カインは生前、ゲーム実況系動画配信者であった。ゲームが好きで、薄給だが定時に上がれて土日が休める会社に入社したし、ゲームでお小遣いが稼げないかと考えて実況配信を始めたぐらい、ゲームが好きなのだ。
カインとして、公爵家嫡男として十二年生きてきた。すっかり貴族の令息らしい態度も身についている。
しかし、しっかり前世の記憶が残っているのだ。そして、魔獣が出没する森。住民や民家などなにもない深い森の奥。
何も遠慮をすることがないこの状況で、興奮しないわけがなかった。
各属性の最大魔法を三発打って魔力切れで倒れてから成長もしているし、自分の魔力残量にも気を配れるようになっている。カインは遠慮なく魔法を撃てる状況にタガが外れてしまっていた。
「ちょっと、ちょっと!カイン君!カイン君!」
「響激の雷轟!」
空気をビリビリと響かせて、大きめの牛のような魔獣に雷のような電撃が襲いかかる。ビリビリと体を痙攣させつつ、内臓が焼けただれたのか舌を出して白目を向いたままその場で倒れてしまった。
「カイン君ってば」
センシュールに肩を掴まれて、ようやくカインは手をおろした。
「やりすぎ。っていうか、ジャンルーカ殿下の練習になりませんから。もっとジャンルーカ殿下に獲物を譲ってください」
「あ」
森に入った時にセンシュールが言ったとおり、広場から浅い位置でも魔獣は次々と現れた。
騎士二人が常に剣を構えつつも、相手との距離がある時点ではカインとジャンルーカに攻撃を譲り、背後など至近距離で襲ってくる魔獣には騎士二人が対応する。そんな役割分担で最初は行動していた。途中からカインが暴走しはじめ、魔獣が目に入った瞬間に高威力魔法をぶっ放すという有様になっていた。
振り向けば、移動してきた道すがらに魔獣の死骸が転々と転がっている。
「すみません。我慢せず魔法が使えると思ったらちょっと興奮してしまいました」
「このままだと、枷が必要なのはカイン君ということになってしまいますよ。魔法がきちんと制御出来るというところを見せてください」
「はい。申し訳ないです」
センシュールが苦笑しながら声をかけ、カインが反省する。バレッティはドン引きしている。
「次に魔獣が出てきたら、ジャンルーカ様が攻撃しましょう。万が一外しても僕も居ますし、センシュール殿もバレッティ殿もいますから、遠慮なくいきましょう」
「はい。がんばります!」
カインが照れ隠しに咳払いをしつつ、次はジャンルーカにと話をふれば、ジャンルーカは素直に返事をした。
カインは思わずジャンルーカの頭を撫でてしまう。ジャンルーカも金髪のふわふわ頭なので、どうしてもアルンディラーノと同じのりで頭を撫でてしまうのだ。
「カイン…。僕はもう小さな子どもではないので、そんなに頭を撫でられてはこまります」
「ああ。すみません。ジャンルーカ様が素直で頑張り屋さんなので、どうしても褒めたくて。ことばでは足りないのでついつい撫でてしまいます。不敬でしたね」
「褒めているんですか?」
「褒めているんですよ。沢山魔獣を倒したので、ジャンルーカ様も僕を褒めてくれても良いんですよ?」
そういって、カインがしゃがんで自分のあたまをジャンルーカに向ける。ジャンルーカは、戸惑うように手を上げ下げし、センシュールとバレッティの顔色を伺った。センシュールは苦笑いするばかりで、バレッティはグッシャグシャにしてやれと口パクとジャスチャーで言っている。
ジャンルーカは、改めてしゃがんでいるカインに向き直ると、恐る恐るといった様子でそっと頭に手を置くとゆっくりと毛の流れに沿って手を動かした。
「カインは、沢山魔獣を倒して偉いですね」
「ありがとうございます」
ジャンルーカの手が離れると、カインは立ち上がってにっこり笑った。
「褒めて頂いて元気がでました。さぁ、バリバリやっていきましょう」
「はい!」
カインとジャンルーカが張り切って魔獣に向かって魔法を放ち、倒しきれなかった魔獣を騎士二人が剣で仕留めていく。サクサクと連携をとってやっていたところで、ジャンルーカが眠そうに目をこすっているのにカインが気がついた。
「ジャンルーカ様。そろそろ魔力が切れそうなのではないですか?」
「カイン?ちょっと集中力が切れてきたかもしれないですけど、まだ大丈夫だと思います」
「集中力が切れてきたのなら、魔法の制御も雑になってしまいます。魔力は精神力に近いので、少なくなってくると眠くなるんですよ」
「そうなの?」
「そうなんですよ。僕も昔、魔力が空っぽになってしまって気絶してしまったことがあります」
「ふふふふ。たおれちゃったんだね」
礼儀正しく、丁寧な口調で話していたジャンルーカの口調がすこし幼くなってきていた。魔力の残りが少なくなってきているのだろう。魔法を封印されていて、殆ど使ったことがなければ魔力ぎれの兆候もわからないのは当然だった。カインは優しくジャンルーカの頭を撫でると、にっこりと笑った。
「頑張りましたね。魔力が少なくなるまでちゃんと魔法が制御できていましたよ。きちんと集中力を切らさずにやりきって偉いですね」
「えへへ。ほめられました」
カインはジャンルーカの手を取ると、つないで騎士の方へと歩いていった。
「センシュール殿、バレッティ殿。そろそろ戻りましょう。ジャンルーカ様の魔力が切れそうです」
「…。殿下はなんだか眠そうだな」
カインに手を引かれて目をしばしばさせながらついて歩いてくるジャンルーカを見て、センシュールが眉をよせた。
「魔力が切れそうになるとそうなります。集中力が落ちて当たらなくなりますし、完全に魔力が切れると意識を失います」
「魔法って意外と不便なところがあるんだな」
「剣は刃こぼれしてもぶん殴れば相手は倒せるからなぁ」
カインが解説すれば、騎士二人は肩をすくめながらそういった。
「じゃあ、一旦もどるか。……ところで、カイン君や」
「なんでしょうか?センシュール殿」
センシュールは後ろを振り返り、これまで進んできた道すがらに落ちている魔獣の死骸を指差した。
「魔獣の死骸を圧縮して格納できる便利な空間魔法とか、浮かせて移動できる重力魔法みたいなものはないもんかね?」
「残念ながら、僕は使えません。もしかしたら何処かにあるかもしれませんけれど、僕は聞いたことがないです」
「そりゃあ、残念だ …バレッティ、お前頭の方を持て。俺が足の方を持つから」
「え!?頭の方が重いじゃないですか!」
今回の視察は生態調査も兼ねている。倒した魔獣を野営地まで持って帰らねばならない。食べる分だけ持ち帰るというわけにはいかないのだった。
「ジャンルーカ様。僕たちはあの角の生えたうさぎとか牙の生えたたぬきを持っていきましょうね」
「うん」
眠そうなジャンルーカの手にうさぎを持たせ、自分はたぬきをもって、手をつないで広場の方へと戻っていった。
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