ディアーナの暗躍
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サッシャは2年前に魔法学園を卒業している。
子爵家の三女で、卒業後は行儀見習いと婿探しをかねて王宮へと出仕していた。
婿探しというのを考慮されて騎士棟へ上級メイドとして配属されたが、汗臭い・泥臭い・むさい・うざい・でかくてこわい、という男所帯の現実を見てしまい結婚願望を失ってしまう。
サッシャはそこで将来の夢を方向転換し、可愛いお嬢様のお側にお仕えしてスーパー侍女として人生を全うすることを決意、ちょうど募集があった公爵家長女の侍女募集に応募して今に至る。
読書と観劇が趣味で、女性ばかりの歌劇団のファンクラブに入っている。どうやら、歌劇団の騎士と姫様の悲恋劇のファンらしく、男装の麗人が演じる騎士の姿を夢見ていたのではないかとは学園時代の友人が語っていた。
「というのが、サッシャに関して調べた内容です、ディアーナ様」
「ありがとう!イル君」
イルヴァレーノからのサッシャ調査結果を聞いてディアーナはガッツポーズをする。
人のいる場所ではちゃんと淑女として過ごしているので、イルヴァレーノはひと目のないところでのガッツポーズぐらいはもう何も言わない。
「男装の麗人が演じる騎士がお気に入りなら、女性騎士は大好物だと思わない?」
「大好物という言い方はどうかと思いますけど…まぁ、そういう可能性はあるかもしれませんね」
「少女騎士ニーナのご本を貸して、読んでもらったら味方になってくれないかな?」
「それはちょっと短絡的じゃないですかね…。ディアーナ様は表立って少女騎士を名乗れるわけではありませんし」
「うぅーん」
ディアーナは腕を組んで首を倒しながら唸る。サッシャを味方に引き込むために、淑女なのは世を忍ぶ仮の姿で本当は少女騎士(を目指している)というのをなんとか打ち明けたい。しかし、サイラス先生並に礼儀やマナーに厳しいサッシャだ。
「仮の姿と真の姿を受け入れてもらうためには、もっと仲良くなるとかサッシャの弱みを握るとかしないとダメだよねぇ」
「弱みを握るのはどうでしょうかねぇ。あまりおすすめしません。信頼関係を築きにくいので、いざという時に裏切られる可能性が出てきます」
「弱みを握っているのに?」
「もっと強大な存在に同じ弱みを握られた時にこちらを裏切る可能性がありますよね。もしくは、弱みを解決してやるとそそのかす存在が現れれば、やはりこちらを裏切るでしょう」
「うぅーん。そうしたら、やっぱり仲良くなる方がいいのかな」
「観劇が趣味ということなら、一緒に劇場に行ってみるのはいかがでしょうか?ディアーナ様のお付きとして観劇に行くなら費用は公爵家持ちになりますから、サッシャも喜ぶでしょうし」
観劇はお金のかかる趣味である。一公演あたりのチケット代がそこそこ値が張るのもあるが、劇場のランクによってはドレスコードもあり普段着で行けるというものでもないらしい。観劇が趣味の女性同士で「あらあの人前の公演と同じドレスだわおほほ」「今日の公演は悲劇なので悲しい青色のドレスですのよおほほほ」という観劇とは関係のない見栄はり合戦のようなところでかかる金もあるという。
女性主人の侍女として付添観劇ということであれば、お仕着せのメイド服で観劇していても当たり前だし公爵家の長女が観劇となれば良い席で観ることに為るので、自然と付添の侍女も良い席で観ることになる。
休憩時間のお茶の用意などの主の世話は当然しなければならないが、観劇が趣味であればメリットのほうが多いと言えるだろう。
「ショコクマンユーするゴローコーの劇とかあるかなぁ」
「…どうでしょうね。お調べしてみますが、おそらく無いのではないでしょうか。アレはカイン様のお話ですから」
観劇どころか、カインが話して聞かせた世直し話は本もない。ディアーナとイルヴァレーノはカインの本棚、邸の図書室、王都の図書館を調べてみたが世直し話の本は見つからなかった。ネタ元もない話が観劇の題材に為ることはありえない。
「良いこと考えひらめいたー!!」
ディアーナが目を見開いてそう叫びながら手を叩く。カインが何かアイディアを思いついた時にこれを口にしていたので、ディアーナにも感染ってしまっている。イルヴァレーノは今やディアーナからこのセリフを聞くことのほうが多い。
「一応お伺いします。どんな案ですか?」
「欲しい物がなかったら、作れば良いんだよ!」
「…劇を作るんですか?」
「うん!」
「劇を作るのは難しいのではないでしょうか…」
「だから、まずは本を作るんだよ。お兄様に教えてもらった世を忍ぶ仮の姿のお話を、本にしよう」
そういうと、ディアーナは机の上から勉強用に使っている紙の束を一辺で紐綴じしたものを取り出した。
「お兄様がお話してくれた物語を、まずはちゃんと思い出すのね。そんで、写本用の白本を買ってもらって書き写せば本に出来るよ」
「ああ、なるほど。サッシャに読ませるための一冊だけできれば良いんですね」
「そうだよ!」
イルヴァレーノから賛同を得られたディアーナはニコニコとしながら紙の束を一冊イルヴァレーノに手渡した。
「…嫌な予感がしますが、これは?」
「ゴローコーと遊び人ゴールデンはディが書くから、暴れん坊な王様はイル君が書いてね」
「えぇー…」
紙束を無理やり手に持たされて、仕事を仰せつかったイルヴァレーノは不服そうな顔である。
「白本への清書はディアーナ様がなさるんですよね?」
「イル君は字がきれいだから大丈夫だよ!」
「えぇー…」
「さぁ、そろそろサッシャが帰ってきちゃうよ。片付けて片付けて!お勉強しているふりしなきゃ!」
サッシャは、ディアーナから用事を言いつかって外出している。
スーパー侍女を目指しているだけあって、サッシャはディアーナの礼儀作法にも厳しいが自分の侍女としての役割に対しても厳しい。
ディアーナの欲しいと思うものを先取りして用意したり、その日のディアーナの気分に合わせた服を用意したり、そういった気の利いた事がしたいらしく、良くディアーナの事を観察している。
しかし今の所、ディアーナの「アレ取って」のアレがわかる率はイルヴァレーノが100%でサッシャは40%ほど。そのためにイルヴァレーノはサッシャからライバル視されてしまっている。
ディアーナから外出の用事を言いつかると、サッシャは「言われた用事以外にもこんな用事を済ませてきましたよ」というのを示したいらしく、帰りは若干遅くなる事が多い。
「今日は、サッシャは何をしてきますかね」
「お手紙を出してきてほしいってお願いしたから、次に書く用の便箋を買ってくるかな?」
「カイン様へのお手紙用の香り付きインクが残り少なくなっていましたし、それの買い足しかもしれません」
「あ、そうだった。買ってきてくれたら嬉しいね。沢山お手紙を書くからすぐなくなっちゃうね」
噂をすれば影。ディアーナとイルヴァレーノがサッシャの話をしていると「もどりました」と言ってサッシャが部屋へと帰ってきた。
サッシャは、勉強とお手紙の書き過ぎでペンだこが出来てしまっているディアーナの指のために、ハンドクリームを買ってきた。
ディアーナとイルヴァレーノは「そっちかぁ」と声を出さずに目だけで会話をして、サッシャには「おかえりなさい」と声を出して迎え入れた。
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誤字報告いつも助かっています。
感想、評価ありがとうございます、励みになっています。
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